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08

   リップルが2本の突剣レイピアの作業を終えた頃には、月が大きく傾いていた。

   夜空を見上げ、ギルド会館の方向へと歩き始めた。


   ケイのエルダー・テイルのプレイ歴は実に15年を数えた。

   通常、それだけのプレイ時間を有するとなれば、サーバーで知らない人などいない。キャラクターレベルも常にカンスト、ランキングにも必ず上位に滞在するほどの実力を兼ね備えているものだ。

   もっとも、時間の過ごし方によっては意味合いが変わってくるところもある。

   ただのんびりと過ごす1年と、寝る間も惜しんでレベル上げに務めた1年では、キャラクターの成長率に大きな差が出るのは明白だ。

   ケイの場合、確かに上位にランキングし、サーバーで少しは名が売れた時期があった。だが、ある時から彼は目立つ行動を避け、ひっそりとゲームを続けてきたのである。

   15年という歳月は、何人もいた仲間達との別れを生み出した。そして彼自身の意思によって表舞台に出ないようにした結果、優秀なプレイヤーでありながら、その実力を知る者がいない存在になったのである。よって、彼には有名税である「二つ名」はない。ただの盗剣士のケイなのである。

   15年という月日を、どれだけの濃さで過ごしてきたのかを知る者は彼以外にはいない。だが、思考の深さや振る舞いからして、ただ時間を消化してきたのではない事はわかる。そして、大災害を経てこの異世界に来てからも、それは変わらない。

   サブ職業の合成士の点だけでも、それは立証される。ただ流される日々であれば、未知数に挑むような真似はしないはずだ。だが、彼はその発想力から、合成士という職業の枠を大きく広げていたのだ。かといって、それを他の人々にわざわざ教えたりはしなかった。もっとも、合成士というサブ職業をレベル90まで上げている冒険者など、ケイくらいのものであろう。


   「どこかで会ったかな?」

   不意に立ち止まり、声をかける。

   もともと人通りの少ない廃墟の路地に入ったところで、ギルド会館まではまだ距離がある。周囲に人影らしきものは見当たらなかった。

   だがそれは、音もなくケイの後方約7メートル先に現れた。

   見た目はまるで古いアメリカ映画に出てくる刑事のような格好だ。帽子を目深に被り、コートの襟を立たせ、両手はポケットに突っ込んだままである。

   「参ったね、追跡者のスキルを見抜く奴には初めて会った」

   太く、低い声が答える。

   「どうせ名前はわかっちまうが名乗っておくか?」

   ケイが視線をやると、ステータス画面に刑事姿の名前が表示された。

   コルト、職業は侍。ギルドには無所属となっている。

   「不完全な街とはいえ、ここで殺り合うほど愚か者じゃないつもりだ」

   街の中での戦闘行為は、治安システムによる衛兵によって鎮圧される。都市機能が不十分なシブヤであっても、衛兵は街が出来た当初から配備されているのだ。ここでの戦闘行為が無意味なことは、コルトにも理解できているらしかった。

   「それで、私に何か御用ですか?」

   「交渉、というやつさ」

   不敵に笑みを浮かべるコルトは、やや大袈裟にそのセリフを口にした。

   「だが、その前にひとつ教えてくれ。どうして俺がいるとわかった?」

   「虫の鳴き声」

   追跡者というサブ職業のスキルには、気配を完全に消し去り、誰にも気付かれる事なく相手を追跡する事を可能とするものがある。これを使えば、対人において発見されることはない。だが、自然を相手にするとなると話は違ってくる。秋の夜長、ヤマトの地には鈴虫やコオロギなどが季節の音色を奏でていて、それはフィールドのみならず、街の中も同様なのである。虫達がコルトの気配にその鳴き声を止めた事が、ケイにその存在を知らせる事になったのだ。

   「なるほど、この世界ならでは、か。納得した」

   コルトは静かにポケットからタバコを取り出し、マッチで火をつけた。

   「次からはその辺も考慮しないといけないのか、やれやれだ。ゲームの頃が懐かしいよ」

   煙を吐き出すコルトを見たまま、ケイは姿勢を変えようとはしない。

   吸うか?と差し出されたタバコに対し、無反応なケイに肩をすくめて、コルトはタバコとマッチをポケットに収めた。

   「あのお嬢ちゃんの持ってる本を渡してほしい。そうすれば、お嬢ちゃんには手を出さない。神に誓って、約束は守るよ」

   「その約束は信じられませんね。初対面の奴に「必ず返すから1万ゴールド貸してくれ」と言われて貸すように見えます?」

   「まあ、おっしゃる通りだな。こっちの狙いはあの本だけだ。本が手に入るなら、お嬢さんには興味はないんだ。欲しいものが手に入れば、それでいい」

   「見返りは?」

   ケイの問いはコルトにとって想定外だったのか、少し驚いたようだった。

   「見返りは・・・そうだな。そちらの望む要求を叶えよう。金でも装備でも、地位でも」

   「なんでも叶えてもらえる?」

   「可能な範囲なら、だ」

   少しの間、沈黙が流れた。

   「・・・そう。答えは「NO」です。仲間に伝えてください。任務達成に障害が発生した、簡単には遂行できそうにない、と」

   ケイは再び、ギルド会館へと向けて歩き始めた。

   吸い終わったタバコを落とし、コルトが足でそれを揉み消す。

   「交渉決裂、か。やれやれだ」

   面倒くさそうなコルトの呟きは、しかしケイには届かなかった。

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