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06

   その夜、マサミはアリッサと共に猫乃亭で宿泊することになり、ケイはギルド会館から出た。

   闇夜に紛れてアキバへと向かう方法もあったが、相手の情報や本の事等において不利なまま動きまわるのは得策ではないとして、今夜は安全第一を図る事にしたのである。

   状況は極めて複雑である。

   冒険者と大地人、アリッサの出生からくる東と西の関係、謎の本。

   アリッサの説明や彼女が襲われた事から、正義が此方側にあるように思える。しかし、ひょっとしたら逆にミナミの方こそが正義で、正しい事を実行に移そうとしている可能性もある。

   立つ場所が違えば、見える景色も感想も違ってくるのだ。そういう意味では、正義は人の立つ場所の数だけ存在すると言ってもいい。

   そして今、ケイやマサミの立ち位置が正義かそうでないかを確認する術はないに等しい。

   危うい綱渡りのような状況に巻き込まれたように思えるのだが、それでもケイの表情には緊張の色は見えないでいた。むしろ、どことなく今の状況を楽しんでいる風に見えた。

   ギルド会館からシブヤ・ステーションを抜けて南方面に足を向けた。この辺りは半壊したビルが多く、居住や商売には向いていない。それでも雨宿り程度は出来るからか、あちらこちらに冒険者らしい影が見え隠れしている。

   しばらく歩いてから、大きく傾いたビルに入った。

   細い通路を行き止まりまで行き、右に曲がる。

   外れた木製のドアの奥にあった部屋は、なぜかそこだけが傾かずに地面と平行に存在していた。

   現実世界では夜の世界にネオン煌めく、そういう関係のお店が集まるビルだったのであろう。部屋の中には横に長いカウンターがあり、腰掛け椅子が並んでいる。カウンターの中にある棚には、この世界セルデシアのお酒の瓶が大小様々に陳列されている。外観の耐久性がまともなら、すぐにでも開店できそうなほど整えられていた。

   カウンターの右端の椅子に、一人の男が座っていた。目の前には大きめのショットグラスにガラス瓶に入ったお酒があった。

   「何かいいことでもあったのかい?」

   ケイがひとつ間をあけて座る。

   「ない。今はまだ、な」

   答えながら、左手でグラスをケイに滑らせる。

   流れるような動きで注がれた酒に、お礼を言ってケイが一口で飲み干す。

   「だが、あんたが俺を必要とするくらいの面倒事だ。十分楽しめそうじゃないか」

   「まあ、さすがにマサミさんと一緒と言えども、相手に関しては情報が足りなすぎるからね。信用できて頼れる人材が欲しいんだよ。念には念を入れたいからね」

   「頼れる、ね・・・」

   笑いを堪えながら、その男は呟いた。薄気味悪い印象が強い笑みだ。

   「こっちの世界は性に合ってるみたいでね。壊れる感触が最高なんだ」

   「二つ名には相応しい?」

   「”鮮血の悪医者ブラッディ・ドク”か。気に入っちゃいないがね」

   ほくそ笑みながら空になっているグラスに酒を注ごうとしたが、ケイはやんわりと断った。

   「遭遇した場合、相手側の情報を引き出したいんだ。一人はそれ用に残してくれないか?」

   「残りは?」

   「グラスホッパー、君に任せよう」

   グラスホッパーと呼ばれた男は、最高だ、と呟きながら自分のグラスに酒を注ぎ、それを一気に飲み干した。ケイの返事に込められた意味を正確に把握したらしい。

   「段取りが決定したら念話するよ」

   そう言って、ケイは席を立った。

   ご馳走様を言って部屋を出て行くケイに、グラスホッパーは左手でグラスを掲げて答えとした。

   そのビルを出てから、ケイの足は次にシブヤ・ステーションから伸びる高架下へと向かった。

   黒いトレンチコートのポケットに両手を突っ込み、少し寒そうにしている。実際には、寒さを感じてはいないはずなのだ。冒険者の身体はそういう面でも優秀らしい。ではなぜケイが寒そうにしているのかといえば、単に季節的に寒そうだからという思考的理由からである。

   高架下には、雑貨屋が並んでいた。個人所有されたスペースもあって、そういう場所にはいろいろなお店が開かれている。屋台のような神出鬼没ではなく、常にそこに常設されているので、シブヤの住人の使用頻度は割りと高い。スペースのサイズもお店をやるには手頃であるのも、雑貨屋が並ぶ理由のひとつである。

   ケイが足を止め、見上げた先には落書き風に書きなぐった文字で「鍛冶屋」と書かれていた。

   数少ない刀匠の一人が出している店で、ケイの馴染みでもある彼女を訪ねるのは、狩りなどに出かける前に行われる通例行事となっている。ここで装備品を調整したり、修理して狩りに備える為だ。

   陳列してある武器は結界プロテクトがつけてあって、盗難防止に努めている。どれも一級品であるのは一目瞭然で、中には譲渡可能な幻想級のものまである。もちろん、気軽に買い求める事が出来る安価な物も用意はしてあるが、その手の武器は逆に乱雑にまとまられ、「500ゴールド均一」などと値段が書かれている。店の奥が作業場になっていて、今もそこから彼女の叫び声が聞こえてきたのだが、それも毎度の事である。

   ケイが覗きこんだ顔のすぐ横の壁に、出来たばかりらしい槍が見事に突き刺さった。

   

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