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04

   腰掛けてから、もう一度貴族の娘を見た。

   前衛職系の装備を身につけているが、どれもアキバ産の一級品だとわかった。戦乙女ヴァルキリーメイルの鎧は冒険者にも人気があって、性能もいい。色も豊富で、細部の組み合わせ次第ではオリジナル性を主張するのにもってこいなのだ。最近では自由都市同盟イースタルに属するマイハマ領の娘がアキバで大演説した時に着ていたらしいとかで、もともとの人気がさらに高くなっている。

   武器は片手剣の突剣レイピア、柄やツバの装飾はいかにも貴族な品物だった。それなりの刀匠の手によるものだろうか。性能も通常のものよりも付与されているようだった。

   「どこから話せばいいのか・・・」

   温かい紅茶を人数分用意したタイチが、それを配り終わってから話し始めた。

   「3日前、彼女がシブヤの街に辿り着いた時は、酷い怪我を負っていました。僕の知り合いの施療神官が見つけて、すぐに治療を施したおかげで最悪の自体は免れました。聞けば、彼女は一人でアキバに向かう途中、冒険者二人に襲われたらしい。もっとも、彼女は神聖皇国の貴族。普通の大地人じゃない。西の貴族が東で何かあったとなれば、事は冒険者と大地人、東と西まで大きくなる可能性があるんです」

   神聖皇国ウェストランデがミナミの冒険者達と連携し、勢力を拡大しているという話はシブヤでも聞く。以前からウェストランデは自由都市同盟イースタルに対し、自分たちこそが正当な古き皇王朝の末裔であり、イースタルはその傘下に在るべきだと主張してきたという。最近の噂話を鵜呑みにするならば、首を縦に振らないイースタルに業を煮やしたウェストランデが、ミナミの冒険者達の協力を得て軍備増強を図っている、らしい。圧倒的な武力をもって、イースタルを傘下に置こうという腹づもりなのだろうか?

   それに、ウェストランデに属する貴族の娘アリッサを、貴族と知ってか知らずか冒険者が襲った。

   実際には、この事自体が大きな問題点でもある。大地人と冒険者、という部分が、だ。冒険者同士のPK行為とは大きく異る。冒険者は死んでも大神殿で蘇るが、大地人は死んだらそれで終わりなのだ。

   「襲われた理由に心当たりがある、というので詳しく話を聞いたんです。その結果として、お二人に協力を要請した次第です」

   「移動中の護衛任務でタイチさんの手札の中から私達を、いえ、ケイさんをチョイスする。それだけでも、非常に面倒で厄介事なのは理解わかっているしてるつもりだけど?」

   マサミの言葉にケイが頷く。

   「襲われた理由と、アキバに赴く理由も同じ、と判断する。その理由とは?」

   ひょい、と口の中にクッキーを放り込んだケイが、紙袋をアリッサに差し出した。

   横から見てる分には、まるで被害者にインタビューするレポーターのような仕草だ。多分そういう意味も含めての行動であろう。もっとも、大地人にそのジェスチャーが通用するはずはないのだが。

   アリッサはその紙袋から1枚、クッキーを取り出して口に運んだ。目が見開いて、言葉にせずとも美味しさを伝えてきた。

   手にしたクッキーの美味しさを楽しんだアリッサは、紅茶を手にしてから話し始めた。

   「大災害、と冒険者の皆様が呼んでいるあの日から、しばらくしてからの事です。我が家の書庫で、一冊の本を見つけました」

   紅茶を横に置いて、古びた本を自分の荷物の中から取り出した。

   「私は確かに貴族ではありますけど、ウェストランデの貴族達の考え方にはついていけませんでした。物心がついた頃から武芸を学んできましたが、それは自分の身を守るためにであって、他者に武力を振るうためではありません。その一方で、毎日のように家の書庫にある本を読んでいました。歴史にとても興味があったので。だから、書庫にある本はよく知っているんです。だって、一冊残らず全部読んだのですから。何度も、何度も読み返したんです。だからわかったんです」

   ケイが、テーブルに置かれた本に視線を落とした。

   古い作りだ。少なくとも作成から100年の月日は経過しているように思えた。

   「ある日突然、書庫にこの本があったのです。毎日通ってて、全部読み尽くしたはずの書庫に、まるで書庫が出来た当初からあったように、私の知らない本がそこにあったんです」

   家の者も誰もその本を新たに書庫に置いてないとわかり、アリッサは不思議に思いながらその本を開いてみた。いつ、誰が書庫に置いたのか分からないまま、疑問を胸に。作者も題名も書かれていないその本を。

   「見ても?」

   ケイの言葉にアリッサは静かに頷いた。それを確認して、本を手に取って開く。そこには、この国ヤマトの大地人の言葉ではなく、まるで記号のようなものが並んでいる。

   「皇王朝時代の製本らしく、古アルブ族の神聖文字で書かれています」

   「ふむ・・・書かれている内容はわかりますか?」

   ケイの質問にアリッサが顔を横に振った。

   「それを知るために、今のミナミを治める冒険者の・・・ギルド、ですか?そこの幹部の一人にエルフのご老人で学者様がいて、その方に依頼しました。原本ではなく、たまたま我が領地を訪れていた冒険者の方に複写をお願いして、その複写をミナミに送ったのです。森本家の領地からミナミには距離がありますから。ご存知かもしれませんが、ミナミの冒険者の方々はウェストランデの貴族にはとても協力的ですから、深く配慮もせずにお願いしたのです」

   複写した本をミナミに送って数日後、翻訳をお願いしたそのエルフの老人本人が突然、森本家を訪ねてきた。ぜひともこの本を譲ってほしい、という。訳を聞いても理由をはっきりとは言わないのに、何としてでも譲ってほしいと引かなかった。もともと今の神聖皇国ウェストランデの有り様に不満があるアリッサだけに、そのエルフの老人の言動は信用するには足りなかった。むしろ、不安に感じたのである。

   「本能的に、とでもいうでしょうか。この本には何かある、とわかりました。そして、目の前のその老人にだけは絶対に渡してはいけない、とも思いました」

   「エルフの老人。映画とかじゃ老人姿のエルフはあまり出てこないからイメージがしっくりとこないわね」

   「確かに、エルフといえば見目麗しい姿、が定番だからね」

   マサミの感想にケイが付け加えた。

   「それで本を手に自由都市同盟の地へ?」

   「そうなります」

   タイチが答えてケイの紙袋に手を伸ばし、こら!とマサミにその手を叩かれた。

   「翻訳可能なその老人は、同じ内容の本を手にしている。にも関わらず、アリッサの持つ原本を求めてきたとなると、この本でなくてはいけない理由が存在することになる。襲われたのはこの本が原因で、同時に鍵だ。相手はどうあってもこれが欲しい、というわけだ」

   ケイの静かな口調は、妙に優しい響きが篭っていた。それを聞く者に安心感を与えるかのように。

   「あの老人は、何が書かれていたのかを話そうとはしませんでした。古アルブ族の神聖文字となると、翻訳できる人はそうはおりません。ミナミの学者様以外の心当たりは、自由都市同盟イースタルの領地の何処かにいらっしゃるというミラルレイクの賢者様くらいしか・・・」

   「そういった情報となれば、ここよりアキバでしょ?かといって円卓会議を呼びつけるわけにもいかなくてね。何しろヤマトサーバーを代表するような有名所ばかり、信憑性の薄い話では動くのも難しいでしょうから」

   タイチの言い分はもっともである。今やアキバの代表、いや、この東日本のフィールドを代表するような存在である組織なだけに、日常の業務だけでも手一杯なほどだろう。実際にアリッサは瀕死の重症を負っていたが、それが冒険者の手による犯行である、とは彼女の証言のみなのだ。つまり、この依頼自体が、ミナミの仕掛けてきた何かしらの思惑や計画である、とも考えられるのである。

   無論、ぶっちゃけた話でいえば、知ったことじゃない、で決まりだ。

   ミナミとか円卓とか、自分たちが日々生きていくのに密接な関係にあるわけじゃないのだから、政治的意図が張り巡らされた蜘蛛の巣に好んで飛び込む蝶などいるはずがない。面倒事は避ける、それがシブヤで生きる為の鉄則ともいえただろう。円卓会議のお膝元ではないのだから、どこか他人事なのは致し方ないのかもしれない。

   だが、ここにいるケイとマサミには、それがそのまま適用されるわけではないようだった。

   「んー、まずは落ち着いて段取りをつけよう。今だけの情報で動くのは危険度が増すだろうから」

   ケイの言葉に、部屋にいた全員が頷いた。

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