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03

   一時期シブヤからアキバへと冒険者達が移動した大きな理由は、シブヤが街としての機能を保持していないことであった。ギルド会館などの建物は存在しているのだが、ゲーム時代から機能が生きているのは大神殿のみであり、それ以外の銀行といった施設が稼働するのは後日のアップデートによって行われる予定だったからだ。

   だが、最近のシブヤの人口増加に伴い、供贄一族の好意によって簡易式ではあるが銀行設備が開設されたのである。だが、24時間対応しているアキバの銀行とは違い、あくまで供贄一族の親切からなる施設のために、現実世界の銀行のように夕方には業務を終了してしまうのだが、それでもシブヤに済む冒険者達は喜んで活用している。

   銀行で売上を預け、貸金庫から必要になりそうなアイテムを選び出すと、魔法マジックバックの鞄にセットしていく。

   何しろ状況設定はレベル90相手の対人、つまりはPKプレイヤー・キラーだ。施療神官クレリックという戦闘系職業では、行動が極端に制限されてしまう。仲間のHPヒットポイントを回復し助ける為の職業だ。相手のHPを削り、倒す為の他の前衛職とは違うのだ。しかも詳しい話はまだ聞いてないのだから、相手に関する情報はレベル以外ない。仮に全ての情報がわかっていたとしても、どのみち出来る事は少ないのだが。

   あれは使えるかな、などと考えながらの準備だけに時間がかかるマサミを尻目に、ケイは先ほど食べそこねたチョコチップクッキーを紙袋の上から眺めている。ケイの準備はすでに終わっているらしい。

   マサミは、とりあえず目についた役立ちそうなアイテムを鞄に入れて振り向いた。

   ケイの口には1枚の小さなクッキーが挟まっていた。右手にはもう1枚クッキーがあって、それをマサミに差し出している。どうにも我慢ができなかったらしい。

   「ごくろうさま」

   「こんなの、ランチタイムの注文地獄に比べれば」

   準備にそれなりに時間はかかったはずだが、大変さを言えば日々の暮らしのほうが面倒らしい。

   差し出されたクッキーを直接口で受け取ったマサミが、その甘さに舌鼓を打った。

   「美味しい!これ、シブヤ産?」

   「いあ、アキバ産。スイートハニー、てお店。今度はバタークッキーも買ってこよう」

   ケイの趣味である美味しい物探しは、マサミにとっても至福の効果をもたらす。おこぼれ的な差し入れにありつき、その甘さによって日々の疲れを癒やすのだ。

   二人が猫乃亭のギルドホールに辿り着いたのはそれからすぐ、時間はもう夕食時であった。

   ドアノブに手をかけて開く。入室許可は下りているらしい。

   中に入ると、見慣れない冒険者が現れた。

   名前はxxテルミーxx、小柄なドワーフの守護騎士ガーディアンで、どうも受付嬢らしかった。二人に対して軽く会釈をして、受付嬢としては満点の笑みを浮かべる。

   「いらっしゃいませ!ギルド猫乃亭へようこそ!私はテルミーと申します。どんなご用件でしょうか?」

   「あー、ギルドマスターのタイチさんに呼ばれてきたんだ。私はケイ、こちらがマサミ」

   二人の名前を聞いて、テルミー(xx~xx、は発音しないらしい)は、あ!という表情を見せる。

   「失礼いたしました!お話は伺っております!どうぞこちらへ!」

   元気のいい発声を残し、ホールの奥にあるギルドマスターの部屋へと案内する。

   何度となく訪れたホールではあるが、改めて案内されるとなると、いつもとは違った感じになる。

   ギルド猫乃亭は、実はまだ設立されて日が浅い。

   大災害以降、落ち着きを見せ始めた夏、タイチが友人の数名と立ち上げた。主なギルド活動は仕事や任務の橋渡し、ハローワークのような活動だ。大地人や他の冒険者・ギルドなどから請け負った仕事をここシブヤで下請けの冒険者達に出している。手数料を差し引いた報酬も、闇雲に狩りをして得られる金額よりも多いとあって。シブヤを拠点にしている冒険者達に喜ばれている。

   仕事や任務の内容も様々だ。アキバの飲食店を経営するギルドからの食材調達や七つ滝攻略遠征参加、大地人の商人キャラバンの護衛から尋ね人に捜し物まで、用途も内容も様々だ。

   利用者は登録制で自分の冒険者情報を提供、仕事を終わらせた結果報告(求められたアイテムの確保など)を経て報酬が受け渡される。勿論、シブヤから発注される時もあるし、報酬がゴールドではなくアイテムな時もある。需要と供給の間にある猫乃亭は、日々大忙しとなっている。新しいメンバーが増えたという話は聞いてなかったが、正直あと10人はいないと負担が減る事はないだろう。

   一番奥の突き当りのドアが開き、中からタイチが顔を出した。

  「テルミーさんは仕事に戻って大丈夫、二人はこっちへ」

   案内ありがとう、とケイが言うと、テルミーは少し頬を紅く染めて会釈をし、ホールの入り口の方へと戻っていった。背中に4の数字が入った小さな身体が揺れているのを見送ると、マサミがタイチに言った。

   「新しい人が入ったのね」

   ああ、とタイチが頷いた。

   「この間の天秤祭でアキバに行った時に、仕事を手伝ってもらって。猫乃亭うちの事情を知って一緒に手伝いたいと言ってくれまして。先日シブヤに引っ越してきたばかりなんですよ」

   部屋の中に入ったケイとマサミは、そこにタイチ以外の人物が居る事に気がついた。

   「早速で悪いんですけど、こちらの大地人さんの護衛をお願いしたいんです」

   そういって、大地人を見た。

   細身、銀色の髪をしたまだ若い女性で、しかも美しい。一目見て、育ちのいい雰囲気が感じ取れる。街で見かける大地人とは違うな、とマサミにも直感でわかる。

   「こちらはノースラウンド地方の領主、森本家のご息女です」

   「こんばんわ。私はアリッサ・ファミリア・森本と申します」

   貴族の娘、だけでタイチが難しい顔はしない。

   自由都市同盟イースタルの各地の領主から仕事は舞い込んでくるし、どれもそつなくこなしてきているのだ。貴族の依頼という理由だけでは、ケイとマサミに協力を要請するはずがないのだ。

   「・・・あまり聞かない名前ですね。モリモト、森本、か。確か名前に漢字が使われるのは神聖皇国ウェストランデに属する貴族だったと思ったけど・・・」

   「はい、そのとおりです」

   アリッサは誤魔化すこともなく、明確に答えた。

   「なんでウェストランデの貴族が・・・それにPKとなると・・・」

   「話が長くなるから、どうぞ」

   タイチは難しい表情のまま、二人を応接用の長椅子へと誘導した。

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