02
物騒な話ね、とマサミが言葉ではなく表情で示した。
ケイの反応は、その表情からは読み取れない。むしろ、手にした紙袋を残念そうにゆらゆらさせているあたり、チョコチップクッキーをすぐに食べられなかった方を気にしていたのかもしれない。保存剤がないこの世界では、消費期限が短いからというのもあるのだろう。だからこそ、食品を扱う飲食店は毎日賑やかさを欠かさないのだ。
二人の反応を知ってか知らずか、タイチは少し乱暴に料金をテーブルの上に置く。
「詳しい経緯を説明するから、準備が出来たら猫乃亭のホールに」
そう言い残すと、タイチは大急ぎで店を出ていった。
ふう、と息をついてから、ケイは手近にあった椅子に座った。
「お店じゃなくて、密閉空間のギルドホールじゃないと話せない、となると・・・」
ぼんやりと宙を見つめながらケイが呟いた。
アキバの冒険者達は、レベル50未満の冒険者達に対するPK行為を禁止されているが、この軸には日本人ならではのモラルや道徳心があるように思われた。ゲーム時代的に言えば、格好わるい、ガキか?、という感じのニュアンスになるだろうか。この禁止行為はあくまでアキバの街を拠点とする冒険者に対して、であったのだが、このシブヤにおいても円卓会議が発足して以降、PK行為が見られなくなっていったのである。つまり、アキバの街の当たり前は、他の街でもそれに習うような部分が多く見受けられるのだ。もっとも、それぞれの街にしかない特色もまた、時間の経過と共にはっきりとしてきている。街に限らず、西と東というだけでもなのだが。
それが喜ばれる形であれ、悪しき形であれ。
「誰が敵になるかもわからない、か・・・」
ぼんやりとした表情はそのままに、どうやら色々と思考を巡らせたようだ。再びケイが呟いた時、身支度を済ませたらしいマサミが奥から現れた。とはいえ、着替えをしたわけではないらしい。
「猫乃亭に行く前に、銀行に寄らせてね。売上を預けておきたいから」
もぞもぞと魔法の鞄に押し込んだのは、売上が入った革袋である。留守にする時間が読めない以上、売上はギルド会館にある銀行に預けておくのが一番なのだ。
そのマサミの前に、ケイが小さなメモ帳のようなものを差し出した。
「これは?まさかお店の帳簿に使ってくれ、なんて落ちはないんでしょ?」
ケイは軽く笑ってから、それはない、と否定した。
「街の外に出たら、ちょっとこれを試してほしいんだ」
「ああ、いつものあれ?可能性の確証実験、とかいう」
受け取ってから、改めてメモ帳のようなものを見た。なんとなく小さくなった魔法書のような作りであったが、マサミはどことなく見覚えがあるように思えた。縁取りや材質の手触り、この型の品物特有の雰囲気は、マサミにそれを思い浮かばせた。
「これって、スキルの巻物っぽい感じね」
「さすがマサミさん、ご明察。ちょっと思いついたから合わせてみた」
「なるほど。で、そのついでがクッキーだったのね」
少し残念そうに言った言葉に深い意味がないのは、口元に浮かんだ微笑みでわかった。
二人で店の外に出た時には、すでに太陽が夕日に変化し始めていた頃だった。
軽く吹き抜けた風に、ケイは目を細めた。
「秋も終わりね」
マサミは風の中に何かを感じた。
現実世界でも感じていたはずのそれを明確なイメージで思い出せないのは、あまりにも美しいこの世界に慣れ親しんでしまったからなのか。それが正しい事なのか、悪い事なのか。その判断が出来ないままでいる自分は、現実世界の自分と同じなのか、違うのか。
そして、この思考の迷路に明確な回答が示される時がくるのか、こないのか。
どれだけ足掻こうと先の見えない堂々巡りの考えに囚われるのを避けるように、マサミはギルド会館の方向へ足を向けた。
それに続き、ケイも歩き出す。
「石焼き芋が一番美味しいタイミングだ」
それがさっきのマサミの独り言に対する答えだと思いついて、マサミがくすくす笑った。