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01

  代わり映えのしない日々の繰り返しにも、季節を感じるのはどちらの世界でも同じである。

  日常の生活費を稼ぐ狩りの際、押し付けるかのようにドロップした南瓜の処理に少し困っていた冒険者達は多かったが、そのイベントもどうやら終わったようだ。

  後ろでひとつにまとめた黒髪が、秋風に少し揺れた。

  見上げたその瞳に、活気は感じられなかった。だが、失望しているという印象もない。

  その髪と同じような黒いトレンチコートの襟を少し直した後、その足を西のゲートへと向けた。

  いつもと変わらない日常の繰り返しになる、はずだった。



  ヤマトサーバーに存在する5つの都市のひとつ、シブヤ。

  アキバで円卓会議が結成された影響で、シブヤの冒険者達のほとんどがアキバへと移動した。それから半年の時が流れようとしている現在、ゆっくりとした変動が見られるようになっていた。

  劇的に減少したはずの冒険者や大地人のシブヤ人口が、再び上昇の傾向を見せ始めていたのである。

  アキバに拠点を置く大手ギルドが、遠征や避暑地的な扱いとしてシブヤに別荘地を確保するのは今はごく当たり前のようになっているが、それとは別に、シブヤを拠点とする冒険者や大地人がまた増え始めていたのだ。

  戻ってきた、或いは活動拠点を移した冒険者達の理由は様々だが、約半数の眼に生気は宿っていなかった。アキバの街の急激な活性化に、いや、この異世界に馴染めなかった冒険者達には、言葉にできない思いがあるのだろう。

  シブヤという街は、あらゆる感情が合わさる混沌とした状況を秘めながら、それら全てを包み込む存在になりつつあった。


  西のゲート付近にある居酒屋「まさみ」は、居酒屋という看板を上げながら定食を中心とした和食のセットを出す、この世界では老舗にあたる飲食店で、シブヤの街では人気のある店のひとつであった。

  ランチタイムのかき入れ時が過ぎて店主であるマサミが一息ついた時、同様に疲れた表情で客が来店した。ギルド『猫乃亭』のギルドマスター、タイチであった。

  マサミもタイチも顔馴染みで、二人共最初からこのシブヤに住み続けている冒険者だ。

  タイチは神祓官カンナギで、少人数の『猫乃亭』のギルド活動は、俗にいう仲介屋である。活動範囲はシブヤからアキバ、果てはススキノまで。相手は冒険者のみならず大地人にも手広く展開しているが、仲介手数料が安価なためか商売繁盛、大忙しの日々を過ごしている。先日まではアキバの街で行われた祭りや運動会の関係で眠る暇もない、とかいう話だったはずだ。もっとも、タイチの人のいい性格も、商売繁盛に一役買っているのは周知の事実である。

  「お疲れのようね」

  「お互い様にね」

  いつもの、と付け加えてタイチが大きく息をついた。

  見た目はほっそりとしたイメージで、眼は糸目という表現が相応しいだろうか。

  ようやく一息つけるよ、と肩を揉みほぐしながらタイチが言った後、きょろきょろと細い目で周囲を見渡した。客は自分しかいない。

  「彼は?」

  「今日は珍しく出かけてるわよ」

  店の奥からマサミの返事が聞こえた。

  「本当に?何か悪い事でも起きなきゃいいけど」

  びっくりした表情でタイチが呟いた。

  しばらくして和風ハンバーグ定食を手にしたマサミが戻ってきた。定食をタイチの前に置きながら

  「いつだって起きるわよ、いいことも。わるいことも」

  そういって微笑んだ。どうやら聞こえていたらしい。

  そうだね、とタイチは答えて箸を手に両手を合わせる。ここの定食を食べる時間が、タイチの少ない楽しみのひとつであった。

  「最近のシブヤはどう?」

  湯気の立つ茶を入れながらマサミが聞く。

  見ない顔の冒険者が増えた事は、客商売をしているマサミにもわかる事だ。

  相変わらずさ、と言いながらタイチはもぐもぐと食事を勤しむ。

  異世界セルデシアに来てからというもの、全てが変わった。

  現実と非現実の交じり合った状態である。当たり前といえばそれまでだがー。

  だいたいさ、とタイチはニンジンを口に放り込む。

  「酒場や猫乃亭うちに入ってくる話だけでもねぇ。やれ、どこぞの領主の娘が喧嘩したとか、新しいモンスターに襲われたとか。なかには、新しい大規模戦闘区域レイドゾーンが実装されてた、とか。どれもこれも眉唾系か、どうでもいいような噂話ばっかり」

  へぇ、と相槌を打つマサミは、両の手で湯のみを包み込むようにして茶を飲む。

  マサミの戦闘系職業は施療神官クレリックであるが、居酒屋経営が多忙な為か、あまりフィールドに出る事がなくなってきていた。今も狩り用の装備ではなく、長袖のシャツにジーンズという普段着そのままである。円卓会議の結成によって安定化を見せ、食材の仕入れなどを外注で賄えるようになったのも、フィールドに足を向けなくなった要因のひとつであろう。円卓会議による影響は、アキバだけに留まるものではないのだ。食事の一件だけでも、この異世界セルデシア全域に影響を与えているといって過言ではない。

   「大規模戦闘区域レイドゾーンの存在に至っては裏付けを取るのが困難な以上、はいそうですか、と信じるわけにはいかないしねぇ」

   ゲームの頃と違い、拠点から離れた場所の狩場へ行くには、それ相応の時間と労力が必要となる。馬で移動したとしても、使用制限時間が存在する為に最低でも数日の時間を費やすような大規模戦闘地域もある。確信がない噂だけで、確かめに行くには手間とコストがかかりすぎるのだ。

   タイチは最後のご飯を口に放り込むと、慌てて飲み込み、右手をこめかみに当てた。どうやら緊急の念話が入ってきたようだった。小声で、やっぱりそうかぁ、とタイチの表情が困り顔になったのがわかる。

   その時、純和風のデザインの引き戸から黒いトレンチコート姿が店内に入ってきたのを見て、タイチの目が輝いた。

   「おかえりなさい、ケイさん」

   マサミが湯のみを両手で包んだまま言った。

   ただいま、と答えた長髪の冒険者はどこから出したのか、紙袋をマサミの前に差し出した。

   「タイチ、久し振り。美味しいチョコチップクッキーを見つけたんで買ってきたんだが、一緒にどうだい?」

   「喜んで、と言いたいところだけど、急ぎの案件があるんだ。君達二人に助けてほしい」

   マサミとケイが顔を見合わせる。

   「助けてほしい、とは穏やかじゃないわね」

   「クッキーを食べる時間も・・・ないみたいだね」

   タイチが食べ終わった食器をカウンターに置きながら、振り向いた。

   「護衛の任務だよ、ある大地人をアキバまで送ってほしい。報酬はいつもの倍」

   「アキバまでの短距離護衛に2倍の報酬とは気前がいい」

   ケイが静かに言った。

   「たまに出かけてみればこれ、か。私達を選ぶということは、それなりの厄介事なようだ」

   マサミは湯のみのお茶を飲み干して席を立った。

   「さて、準備が必要かしら?ランクは?」

   「想定は・・・対人、相手はレベル90以上が二人から三人」

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