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シエルとムウロ

「良かったね、ディアナちゃんに会えて。」

ヒースが取っておいたという部屋に備え付けられていたベットの一つに寝転がり、ウトウトと重く落ちてくる瞼と戦いながらシエルは言った。

もう一つのベットの上で寛いでたムウロは、閉じかけていた目を開き、シエルに向ける。

魔族である彼は眠る必要は無かったが、別に眠れないわけではない。せっかく宿屋の部屋に泊るのだから、眠るフリくらいはしてもいいかと考えていた。

予定外過ぎる、予想もしていなかった迷惑極まりない兄と弟の乱入、一切手掛かりを残さずに100年もの間行方知れずになっていた姉のあっさりとした出現、ムウロにとって濃厚過ぎる時間だった。シエルに同行してから色々と慌しい日々ではあったが、これが一番だろう。これからも、こんな心臓に悪い事が絶対に起こるだろうと思うと、怖くもあり、楽しみでもある。

「ちょっと驚いたけど、ディアナちゃんとレイさんが仲直り?出来たみたいだし、本当に良かった。」

言いながら、大きな欠伸を漏らすシエル。

あのレイの様子を間近で見て、良かったねと祝福出来るシエルは本当に大物だな、と色々な感情を押さえ込んで浮かんできた笑いを口元からムウロは零した。


「それにしてもビックリだよね。」


本当にビックリした、ともうほとんど閉じられている目でシエルは呟いた。

話だけで友達となり、姉のように感じていたディアナが、何処にいるのだろうとは思っていた。ムウロの姉だと言われる前から、直接会ってみたいとは思っていた。

だが、まさか神聖皇国なんて場所にいるとは思ってもみなかった。

半吸血鬼ダンピールなのだから、何処か小さな町や村でほのぼのとした暮らしを送っているとばかり考えていたのだ。何故なら、シエルが書物などで知る半吸血鬼ダンピールは正体を隠して、辺境の村とかに住んでいるイメージだったから。ディアナもきっとそうなのだと思っていた。

「神聖皇国には魔族なんて入れないと思ってた。」

そうだというのに、蓋を開けてみれば神聖皇国にいたのだとディアナは言った。

しかも、魔族を殲滅する者だと聞く聖騎士と親しげにしている。

シエルの中で、他に色々あったからこそ口にはしなかったが、ガラガラと神聖皇国と聖騎士のイメージが崩れていった。神聖皇国は魔族の存在を許さない国だと思っていた。聖騎士は魔族の天敵、魔族を見れば聖具を使って殺してしまう人達だと思っていた。なのに、半吸血鬼ダンピールではあるものの大公位の娘であるディアナは平然と暮らしているというし、レイやムウロ、カフカと同じ空間に居合わせても聖騎士達は呆れ顔や困り顔を浮かべてはいても、武器を手にすることなく平然としていた。

もう、シエルには何が何だか分からない状態だった。


「そうでもないよ。カフカの迷宮みたいに、あの国の王に勇者の血筋が入って根付いてしまう以前に造られた迷宮の中でも、幾つかはしぶとく残ってるし…。まぁ、過激な奴等や頭の足りない奴等は頻繁に喧嘩を売ってるけど、それも国の端とかでのことだし。」


シエルの疑問にムウロは答える。

シエルの考えは一般的なものだ。

地上に出入りできる下位の魔族や迷宮に暮らしているもの達も、そう考えているだろう。

だが、大戦当時を知るような魔族や、当時から話を伝え聞いている人間の古い血筋や大国の王族など、真実を知っている者には、一般的と思われる話や知識の中に違う真実のものがあることは知られている。

神聖皇国は、勇者が生まれ育った皇国の後に作られた国で、最初に王位に就いた人間は勇者の血筋ではなかったことは知られてはいない。大戦が全て終わってから『聖女』が産んだ勇者の息子が王位に就いたのは二代目の事。大戦以前にあった皇国と区別する為に神聖皇国と名乗るようになったのは、二代目の時だった。そして、勇者が残した欠片を使って施した仕組みの全てが完全に機能し始めたのも、その時。それまでは、まだ比較的に魔族も好き勝手出来ていた。地上の歴史では、迷宮が出来始めたのは大戦が終わって200年程経ってからなどと言われているが、それは迷宮の出口が地上に出始めたから、そう言われているだけのこと。その逆で、封印がようやく完璧なものになり始めた頃だった。


「それにしても、他の場所ならいざ知らず、よりにもよって中心の皇宮で暮らしてただなんて。」

ムウロは息を吐く。『勇者』の血さえ取り込んでいる姉の事。神聖皇国にいるのではと視野には入れていたのだが、魔族が最も近づくことの出来ない、聖なる護りが強い、『勇者』の血筋が一番多く存在する皇宮に入り込んで、結婚してたなどと誰が考えるというのか。

そう考えていたムウロは、シエルがキョトンと目を開いてムウロを見ている事に気がついた。

「皇宮?」

ベットに寝転んだ姿もまま、ほんの少し身体をムウロの居る側に起き上がらせて首を傾げているシエル。

その姿に、あれ?とムウロは気づいた。

「まさか、シエル…分かってなかったの?」

聖騎士達に敬われていた。シエルを助けよという命令で聖騎士達を送り込んだ。

などと、分かりやすい事この上無かった筈だと、ムウロは唖然としていた。

「えっ、ディアナちゃんは神聖皇国の偉い人のお母さんなのは分かったよ。貴族とか、官僚とか、そういう人でしょ?」

そういえば、息子の名前や立場を明確には口にはしていなかったな、とムウロは思った。

だが、あれで気づかないなんて、とシエルの鈍感さを改めて思い知った。

「聖騎士に命令を下せるのは、神聖皇帝だけだよ。」

『勇者』の血筋の中で実力がある者だけが就くことが出来る聖騎士の立場は、神聖皇帝に次ぐもの。それは、ある意味常識のようなものではあったが、シエルは知らなかった。

「えっ、えぇ!!?」

驚きのあまり、ベットの上に置き上がって座るシエル。

「いい、の、それ?」

どもった言葉を吐き出した。

神聖皇帝なんていう、魔族の天敵中の天敵。その母親ということは、旦那さんがそれだったということで。いくらなんでも、良く反対されて退治されなかったよねぇという話だと、あまり神聖皇国のことを知らないシエルでも思う。

「良くは無いよ。ヘタをしたら、魔界で『夜麗大公』一派が裏切りものなのかって糾弾されるくらい、にね。」

魔界全土を敵に回す。そう言っているというのに、ムウロが笑っていることがシエルには不思議だった。

「でも、まぁ、姉さんだし。」

「ディアナちゃんだから?」

それで大公達は納得するのだとムウロは笑っていた。

「姫と姉さんに、有り得ないは無いからね。それを大公達は良く知ってる。この話も聞いたら爆笑するくらいじゃないかな?」

「何、それ?」

「色々あったんだよ、色々ね。」

ムウロの脳裏に過ぎるのは、姉と姫二人がムウロを無理矢理連れ立って起こした数々の珍騒動。今思えば、そう言って笑える話ばかりだが、当時にはムウロを始めをする関わってしまった者達をどれだけ驚かせ、怯えさせたことか。

例えば、『死人大公』が死体を使ってゴーレムを造ろうとした、その材料の中でぐっすりと眠っていて、あわや材料に使われかけた事など…。あの時は、目を開いたら斧が振り下ろされる寸前だったムウロの悲鳴と、駆けつけてみれば部下が捜索中の三人を殺そうとしている姿を見てしまった『死人大公』の悲鳴が城から遠く離れた場所にまで響き渡ったとムウロは後から聞かされた。

遠い目をして語るムウロに、思わず零しそうになった嘘だぁなんていう感想をシエルは飲み込んだ。


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