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レイ

魔界の一角を支配する『夜麗大公』領の中心、黒鳥城の中に、回廊を足早に通り抜けようとしているレイの姿があった。

怪我を負ったであろう最愛の姉の事は心残りではあったが、自分が成すべき事があると考えたレイは、早々に形代を捨て去り魔界に眠らせておいた本体へと戻っていた。

厳重な護りを張り巡らせた自室から出たレイが向かう先は、黒鳥城のあらゆる意味で中心にある母の部屋だった。城の主である『夜麗大公』の部屋に入ることが出来るものは少ない。許可の無い者が部屋に近づくだけで、命を落とす術が仕掛けられている。レイは、術を発動させずに近づき、扉を開けて部屋へと入ることが許されている数少ない者の一人だった。息子だからではない。その証拠に、レイの双子の妹であるルージュやカフカ、そして末の弟は術を発動させずに部屋へ辿り着けはするものの、部屋へと入る扉を開けることは出来ない。許されているのは、ディアナにレイ、ムウロの三人の子と、魔王がまだ居らず大公という名が付いていなかった、ただの吸血女王ネージュであった頃から付き従う側近だけだった


そんな部屋には今、勇者によってその身を大きく損ない深く眠るネージュの姿がある。

あまり知られてはいない事ではあったが、時折、眠りの合間に目覚め、言葉を交わすこともある。最近では、その回数も少なくなってきていたが、今なら、レイが尋ねようとしている話にならば、目を覚ましてくれるだろうと、根拠の無い確信がレイにはあった。


そんな、尋ね事の為に、本体へと戻ってすぐネージュの下へと向かっているレイの足を邪魔するものがいた。


真っ赤な装いをした、レイと面差しを同じくする女だった。

部屋へと続く術が仕掛けられている回廊の手前、柱の一つから姿を現した双子の妹の存在に、レイは眉を顰めたが、一応はと足を止めた。


「お帰りなさいませ、お兄様。」


赤い口紅を引いた口元が引き上げられ、レイへと艶やかな笑みが向けられる。

普通ならば、派手や下品とも言える濃い化粧に、豊満な胸元が大きく開き、足はスリットが根元まで切り開かれた真っ赤なドレス。けれど、ルージュに至ってはそれが似合っている、ルージュという女の為にその色はあるのだと評される程にピッタリと合っていた。


「それにしても、どうなされたのですか?」

返事を返さず、顰めた眉も元に戻して表情を失ったレイに、コロコロと鈴の音が鳴るような声でルージュは口を開く。レイの反応はいつものことで、ルージュが気にすることなど何も無かった。

この場にムウロとシエルが居たのならば、驚いたシエルがムウロに問い掛けていることだろう。

ほんの少しだけ会って話しただけの少女がレイの脳裏に過ぎった。

何処か、最愛の姉ディアナに似たところのある少女は、面白い反応をレイへと返し、母や姉、ムウロとカフカなどの極一部にしか興味も抱かないレイにしては珍しく、作りだした訳でもない表情で接していた。その事にレイは自覚があった。あの時は、面白いと自分を笑っていた。そして、レイの反応に驚いていた弟達の反応もまた、レイは面白がっていた。


「ディアナちゃんと話したい時は言ってくれれば、繋ぎます。」


姉の心配をしながらも「帰る」と言ったレイに、シエルはそう申し出た。

そして、何か糸のようなものがレイという存在に植えつけられた感覚を覚えた。

シエルが持つ『勇者の欠片』の力『遠話』だということは分かった。

だが、まさか出会ったばかりの自分にそれを与えるとは、レイは考えてもいなかった。しかも、あのような出会い方をした魔族にだ。

危険を感知する能力に乏しいのだろうな、と思う。そういう存在に二人程、心当たりがあるからこそ、ムウロは苦労しているのだろうと同情する。

何度も顔を合わせたことのある従者のように、それが癖になるんだよな、などとトチ狂った事を言い始めたらどうしようか、とまるで普通の兄のように頭をほんの少しだけ悩ませた。



「お兄様?聞いていらっしゃる?」


「聞いている。私が何をしようとお前に関係はあるまい。」


ルージュが囀る言葉に興味が持てず、他の事を考えていたレイに、イラついた様子のルージュの声が掛かった。威圧を放ち怒っているように見せているが、他の魔族達に大きな効果があろうと、レイには何の効果も無い。ただ、鬱陶しいと思う程度の事。

レイは淡々と返す。


「まぁ!お忙しくて滅多に城を離れることの無いお兄様の気配が、突然消えたのですもの。妹として心配して当然じゃありませんか。酷い事を仰らないで下さいな。」

確かに、母に代わって執政を担うレイは滅多に城を離れない。用事があれば、ムウロや信頼する側近を向かわせる。それでも手が足りない時にはカフカも使うが、あれは相手を物理的に沈黙させてしまう為に使い勝手は悪い。

心配したと言いながら、爛々と輝くルージュの瞳に、レイは表情には出さず笑いを込み上げていた。

昔から、レイに敵愾心を抱き、何かと張り合ってくる分身が、レイの持つ全てを奪おうとすることは考えれても、心配するなんて姿は想像するもの難しい。


「姉上とお会いする為だ。城を離れるくらいはする。」


「あの人を見つけられたのですか?」


レイよりも嫌う姉の存在が飛び出し、ルージュは目を見開いていた。握り締められたドレスの布があと少しで引き千切れてしまうのではないかといわんばかりに攣っている。


「兄想いの可愛いムウロが手掛かりを見つけてくれた。可愛らしい魔女が間を取り持ち、再会も叶った。」

先程の事を思い出せば、自然とレイの顔は綻ぶ。

実際の事を言えば、ムウロの様子を探らせていた駒の知らせを受けてレイが乗り込んだだけなのだが、そんな事は全てレイの中で良いように改変されていた。

「だから、今の私は機嫌が良い。」

レイは、再会して久しぶりに拝んだ姉の姿を思い出し、噛み締めるように一度目を閉じた。

そして、ゆっくりと瞼を上げ、目の前に立つルージュを鋭く一瞥する。

「余計なことをする前に部屋に戻ったらどうだ、ルージュ。」

ルージュがこんな所でレイを待っていた理由はどうせ、いつも通り嫌味一つでも言って、上手くいけばレイの弱みを握れるかも知れないと考えただけのことだと、レイは考えている。

だが、レイには握られて困るような弱みなどなく、あったとしても血と地位に胡坐をかく馬鹿な妹如きに遅れを取るわけもない。


「あんな女の何が」


静かな空間には、その小さく吐き捨てた言葉さえ反響し、レイの耳にも届く。去っていくルージュの背中を見送り、レイは笑った。

レイに一睨みされただけで顔を引き攣らせる者に何が出来るというのか。


母の後継となるのだと大口を叩いて、手駒を増やしてレイやカフカと張り合っている事は知っているが、レイが撫でる程度に漏らした力に怯えるようで、どうして大公達と張り合えようか。それならばまだ、大公達に可愛がられている半吸血鬼ダンピールの姉ディアナの方が相応しい。

そこまで考え、レイは酷薄とした笑みを、うっとりと恍惚した笑みへと変えた。

ディアナが大公となって、今は誰も座る事なく冷たいままの玉座に座る姿を想像しただけで、レイを喜びが襲った。もちろん、その隣にはしっかりと姉を補助するレイの姿があり、端にはムウロやカフカの姿もある。だが、そこまで考えてハッと息を飲み、レイは正気に戻った。

ディアナが大公になったら、姉の麗しい姿をあらゆる者に晒さなくてはならなくなる、と思い至ったのだ。それは、レイにとってあってはならないことだ。姉に愚かな考えを浮かばせるものもあらわれるかも知れない。姉を害そうとする者も現れるだろう。

何より、ディアナはそれを望まない。


レイは、ルージュの出現によって止めていた足を動かした。


まずは、母に問うことから。

その結果を知らせるという名目でなら、ディアナに連絡も取りやすい。手渡すものがあれば、直接会うことも叶うだろう。

その時には、ユーリスに作らせた特製の菓子を手土産にしよう、とレイは何時になるか分からない未来を考える。


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