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弟から姉へ、届け物を。

魔女大公が周囲に振りまく魅了の効果は、言葉にしてしまえば微妙なものだった。

微妙ながらも、持つ力が大きければ大きいほど、その見の内に抱える闇が深ければ深いほど、彼女の力に少しでも触れた者は逆らう意思を失ってしまった。


彼女には嫌われたくない。


魔王の妹が生まれ持って、魔王に興味を持たせた魅了の力とは、自身の周囲にそう思わせることだった。

それは『魔女大公』と呼ばれる彼女だけが持つ魅了の力。

目や声、匂いなど魅了の力を操る者は何かしら魅了の力を発現する部位を持っている。『魔女大公』の魅了の力は、彼女そのもの、彼女の姿を僅かでも見た者に影響を与えた。

普通なら、魅了の力は使い手よりも力が弱い者にこそ掛かりやすいものだ。だが、彼女の場合は力が強ければ強い程、その力が完全に彼女より上回っている相手でさえも魅了の影響化に置いてしまった。


誰かが『魔女大公』の魅了によって植えつけられるものを『庇護欲』だと言った。

他の魅了によってもたらされるような、執着や狂愛、盲愛では無い。ただ、護りたい、嫌われたくない、そう無性に思うだけ。


「兄上のは、どう見てもそうじゃないだろ?」


ムウロの言葉はカフカへと向けられていた。

この中で唯一、兄が姉に向ける激しいまでの感情の嵐を実感してきたカフカなら、理解出来るだろうと。


「じゃあ、本当に兄上は…」

絶望に肩を落とすカフカの姿に、聖騎士達も、ヒースも同情の眼差しを送った。

魅了の力によってなら、力の影響が無くなれば変わるかも知れない。が、影響を受けていない状態でああならば、変わる事はほとんど無いと言っていい。

相手は敵である魔族とはいえ、そんな兄であり上司が居たら、なんて自分に置き換えて考えれば嫌で仕方が無いというものだった。



「ならば、姉上。解除する方法を試してみて、私は変わりましたか?」

自分の言葉を信じようとしないディアナに向かい、レイを挑むような眼差しを送った。

「…変わらない…。貴方は本当に変わっていないと思ったわ。」

家を出て地上に来たのは、永い時間を生きてきたディアナにとっては僅か100年昔の事。大切な家族の記憶は今でもはっきりと覚えている。その中にいるレイの姿も言動も、何一つ変わっていない。

「でも、解除の方法に効果が無かっただけかも知れないわ。」


貴女が居なければ。居なければレイは誰よりも誇り高く、気高い者として魔界に君臨することだって出来るのに。半吸血鬼のくせに大きな顔で家族面を。力で従わせている卑怯者の癖に。


そんな声がディアナの頭から離れない。

それでディアナは気づいたのだ。

ディアナが『魔女大公』や『魔王』、大公達の血を得る前から愛してくれていた母を除いた、ディアナに優しくしてくれている全ての者達は、自分が取り込んだ魅了の力によって縛られてしまっているだけではないのかと。

中でも、ディアナに関わる時の弟の姿と普段の姿を見比べてみれば、その思いを消える処か増すばかりだった。

だから、ディアナは昔聞いた魅了の解き方を試そうと家を出ることを決意したのだった。


「拒絶の言葉と、魅了が掛からない距離を保つ事。姫姉様は上手くいったと言っていたけれど、私が行なったからといって効くとは限らないもの。」


ディアナの気持ちは頑なだった。


そんな姉の姿に、可愛いと頬を染めながらも、レイはどうしたものかと考える。

元々、姉に会えるとは思っていなかった。

シエルがレイの頼みを聞くとは思ってもみなかったし、ディアナが自らレイの前に出てくるとは思ってもみなかった。

そう思えば、ムウロに怒られようが、この場所を待ち伏せする場所に選んで良かったと考えた。

止めた方が。レイに服従している筈の魔女が濁らしながらも口を出してきた場所では合ったが、やった甲斐があったというものだ。


「陛下にも母上が確認済みです。私は貴女の力の影響など受けてはいません。私の心を否定しないで頂きたい。お願いです、姉上。貴女の弟を、信じて頂きたいのです。」

不安に揺れるディアナの目がチラリとレイを映す。

その反応に揺れ動くディアナの考えを読み取り、希望を見出したレイは強引に押し切る事は止めておこうと考えた。

押し切るのは簡単かも知れない。そういう事はレイは得意だ。口煩い者達や他の大公達などと渡り合うことに比べれば、どうしても弟に対して甘く弱いところが生まれてしまう優しい姉を押し切って丸め込んでしまうことは簡単だった。けれど、それは出来ないと何故か思えてきた。


「分かりました。今は引きましょう。」

あっさりと引くと告げたレイに、ディアナは、ディアナだけでなくムウロやカフカ達も驚きの顔を上げた。

このレイに対して本当に本物か、などと本当に口に出してしまえば命の危険が迫る為、心の中思わず小さな悲鳴を上げたのはムウロとカフカだった

普段のレイならば、ディアナを無理矢理連れ去り、保存していたディアナの私室へと閉じ込めてしまうくらいの事はしただろう。

だが、今は穏やかな顔でディアナを見ているだけ。

一瞬だけ、レイの目がチラリとシエルに向けられたように見えたが、ムウロは見間違いかと首を傾けた。


「シエル。そなたに頼みがある。」


ムウロが見間違いだと判断した視線は、見間違いではなかった。

ディアナから名残惜しそうに手を離し、レイはシエルへと身体を向けた。


「は、はい。」


レイとディアナ、二人の様子を大人しく固唾を呑んで見守っていたシエルは、突然掛けられた声に甲高い焦った声を喉から振り絞った。


「時々でいい。私の手紙を姉上に届けてはくれないか。」


「えっ?」


「姉上が私を信じて下さるまで、姉上が城へお戻りくださるその時まで、私は私の思いを綴った手紙を姉上に渡していきたい。」

もともと、それを頼もうと出てきたのだ。

思いがけなかったシエルの口から出た"ディアナの子供"という言葉に驚いてしまった。そのせいで暴走してしまったが、元々はディアナの声を聞くことが出来ずとも繋がりが欲しいと、そう思っていたのだ。レイが抱える姉への思いのたけを自らペンを彷徨わせて綴った手紙を、迷宮内で届け物をしているのだというシエルに任せ、ディアナへと届けて貰えたのならと思って行動していたのだ。


「お手紙?なんか、物語に出てくる文通みたいで楽しそう。」


見当外れなシエルの言葉は、程好く空間の中の空気を和ました。

「文通っていうより、交換日記並に送り合いそうだけどね。」

頻繁にぶ厚い手紙を渡される光景が目に浮かぶ。

そんな事をムウロが思っているなど露知らず、シエルは大きく頷いてレイに返事を返していた。


「そうか、礼を言う。礼を与えねばならないな。」


手紙を送られるよう方になるディアナの返事は待たない。

レイは全身で喜びを露にして、シエルの手に小さな宝石を手渡した。


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