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弟の主張

『姉上、姉上が食べてみたいと仰っていた果物を手に入れてまいりました。』

『まぁ、ありがとう。嬉しい。…でも、あの時にレイは居なかったわよね?』


『お前のような下賤の身が私の姉上に触れるなど…』

『兄上!それは新しく入った、姉上の侍女の一人です。危害を加えたりしたら姉上に怒られると思います。』


『母上も陛下も、どうして私ではなくお前を姫君と姉上の下に置くのか。私の方が姉上をしっかりとお守り出来るというのに。』

『あ、兄上?ちょ、怖い、怖いよ!』


『腕の良い絵師がいると聞いた。姉上の絵を一枚…』

『これ以上、姉上の絵増やしてどうするんですか。』




「姉上。そのような事を思って…あぁ、私の事を思って姿を隠くされていたのですか…。この私の事を思って…。姉上、それは本当に嬉しいことです。ですが、ご安心下さい。私は姉上の力の影響を受けている訳ではありません。私の真実の心で、心の奥底から姉上を敬慕しているのです。ですから、姉上。そのような顔をなさらないで下さい。」


驚きの表情を浮かべたレイに誰もが、自分が魅了の力によって支配されていた事に知り驚いているのかと思った。けれど、ゆっくりと姉に向かい手を伸ばし、ディアナの手を自然な動きで持ち上げたレイは、恍惚とした喜びの笑みを浮かべ、目からはハラハラと涙を流して、ディアナの手の甲へ口付けを落とした。


今度はディアナが信じられないと息を飲む番だった。

それまでは、弟に真実を突きつけなくてはいけないと決意を固め、そして誇り高い弟に何をされても仕方が無いと覚悟を決めて強張っていた、目の前で見ているレイに言わせれば泣きそうな顔が、目を見開いた驚きの顔に変わった。

「…今、なんて…レイ、貴方…知っていたの?自分が『魔女の魅了』の影響を受けているって…」

「私は影響など受けていませんよ、姉上。ですから、安心して戻ってきて下さい。」



「安心出来ないと思うんだけど…」


成行きを見守っていたシエルの不安を隠し切れない言葉に、ムウロはそっと目を逸らすことで明言をさけた。けれど、ディアナと向かい合い、意識を集中しているレイには聞こえていないだろうと思ったのか、はっきりと口に出して、ムウロに縋るような目を向けていた。

「うん。安心出来ない…。二の兄上。そうだと言って下さいよぉ。一の兄上は魅了の力で操られているだけですよね。そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ…」

カフカは、レイの命令を受けて引き篭もりの癖に外に出てくるくらいには、兄を慕っている。けれど、そんなレイのディアナに対する行いや考えには慣れることは無かった。むしろ、どうにかならないかと思っている。

先程のディアナの言葉は、レイの行動の数々に大きく納得出来る理由があったのだと、何故かカフカが救われた気分にさえなっていた。

そんな言葉は、ムウロによってすぐに否定され、レイ本人さえ否定した。

ムウロに言われて、『魔女大公』の魅了を受けていた従者達や、受けていたと言われている魔族達の姿を思い出して、その否定が正しいのだと分かっていても、魅了されていたのだと言って貰いたかった。そう涙ながらに語るカフカからも、ムウロは目を逸らした。ムウロだって、兄の奇行に悩まされたのだ。そういう事にしておきたかったが、姉と兄のどちらの味方をしたとしても面倒臭いことに巻き込まれるのは決まっている。なら、あとは流れに身を任せておくに限る。ムウロは傍観と、色々と聞きたそうにしているシエルの説明係に徹することにした。

チラリと、カフカとは目を合わせないようにシエルを見れば、シエルの顔と目には「どういう事なのかな?」と大きく書いてあるような、とても分かりやすい顔をしていた。


「レイさんってディアナちゃんに何をしたの?」


ほら、やっぱり。

ムウロは予想通りだと笑い、そしてディアナが家出をする前にレイが起こした所業の数々を思い出し、シエルに教えた。


ディアナが他人と話していると機嫌を悪くする。

ディアナが目の前にいるかいないかで表情も態度も違いすぎる。

ディアナと気安く話をしたと侍女を辞めさせた。

ディアナの腕に不要に触れたと侍従が行方不明になった。

ディアナがムウロなどの限られた相手とだけ話した内容を知っていた。

魔王と母の命を受けて、『魔女大公』とディアナと共に離宮で暮らしていたムウロを殺そうとした。

城にあるレイの私室の一つは部屋全体に家族の絵が飾られ、その半分以上がディアナの絵。

ディアナの暮らしていた部屋を様々な術を施して当時のままに留め、自分以外を入れようとしない。


などなど…。

聞いている内にシエルは何とも言えない思いに襲われていった。

聞いているだけで「うわぁ」と思うような数々。そんな事をする弟を、ちょっと困ったところがある可愛い弟と言えるディアナを純粋に凄いと感じた。

そして、少しだけ。

なんだか、父ジークの母に対するものに少しだけ重なるところがあるような気がして、父親の顔が脳裏にチラつき、そちらを考えても何とも言えない気分を感じていた。


「魔界はやはり野蛮ね。そのようなものはうちの国では取り締まりの対象です。」


女聖騎士ナナリーの言葉が、シエルの何とも言えない気分を不安へと変えた。

取り締まるという事は、犯罪者ということで。

えっ、もしかして、お父さん捕まるの?なんて、不安はドンドンと大きくなっていく。


「あれが取り締まる側だから。」

ナナリーの言葉に返されたムウロの諦めさえ感じさせる声。

確かに、『夜麗大公』に変わって吸血鬼族を仕切り、大公の領土を治めているレイは、領内の騒動や大公のが定める法に背く行いを取り締まり、裁く立場になる。

誰も、レイを取り締まろうという者は領内には居なかった。



「大変ですね。」

ヒースの言葉は重かった。

一国の宰相という役目を負っているヒースには、自分の上司である王がそのような行動を取り始めたらと考えるだけで胃が痛い。多分、ヒースならすぐに計画と整えて王位を簒奪するだろう。

弟達がそれをせずに居るということは、それだけレイが力を持っているからなのか。

「まぁ。でも、姉さんが関わらなければ他の大公達にも肩を並べるくらいに有能な人だから…」

大公達による侵攻を許さず、領内の不正や不穏な動きを許さず、冷たく厳しく、領民の声をしっかりと聞いて母の代わりを務める姿は、ムウロやカフカも敬愛している。

ディアナの手を掴んだまま、ディアナの顔を真っ直ぐに見上げているレイを見る。

「本当に、ディアナちゃんの力でああなっちゃったんじゃないの?」

うっとりと姉を見つめる姿は、シエルにはどう見てもムウロの言うような人には見えない。

カフカが影響を受けているのだと必死に言うのも分かる気がした。


「姉さんが取り込んだのは『魔女大公』の力だからね。姫の魅了の力がどういったものだったか考えれば、兄上みたいな状態にはならないんだよね。」

だから絶対に違うんだよ。

確固とした確信があるムウロの声に、カフカから絶望が篭った息が吐き出された。


『魔女大公』の魅了の力は、本来の魔女が持っているものとは違う。彼女特有の物で、それは魔王陛下の妹だからこそ得た力。

魅了の力を操る種族はそれなりに居る。吸血鬼に淫魔、種族としてではなく個として取得するものもいる。その各々によって、効果は様々。完全に支配されたり、思考の方向性を示されるだけだったり。方法も効果も強さも違う魅了の術に優劣をつけることは難しいが、魅了の術の使い手は、と聞かれて必ず出る名はあった。その一人にレイがいる。

そして、あまり知られてはいない最高峰の魅了の力の持ち主が『魔女大公』だった。

その力の影響を受けなかったのは、『魔王』と『勇者』だけだった。

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