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待ちに待った冒険の始まり

「下から戻ってきた人たちが困ってたから連れてきたよ?」


昼の時間を少し過ぎ、独り身であったり、家で食事を作ることを面倒くさがる村人たちが、宿屋の食堂で昼食を済ませて家路についた頃のこと。

村の女衆から送られた、赤頭巾に蔓の籠を装備したシエルが、ボロボロに傷を作った冒険者たちを引き連れ村へと帰ってきた。


「なんじゃ。もう遊びに行こうとしていたのか?」

「そういやぁ、食堂に居なかったな。」

昼食を食べながら、酒を飲んだのだろう。

ほろ酔い気分の村人たちが上機嫌に笑っている。

「ちょっとだけ中を見てみたいなって思って、顔を覗かせに行っただけだよ。」




「なんだ、これは。」

腰に手を当てて怒っているように見せているが、朝から機嫌が良いシエルの満面の笑顔が浮かぶ表情がそれを裏切っている。

そんな彼等のやりとりの背後で、村の入り口に立てられた村の名前が彫られた立て札を見て、シエルに案内されて戻ってきた冒険者たちが呆然としていた。



『銀砕の迷宮』第五階層 ミール村

この村と村人は、『銀砕大公』の名の下に庇護されることを宣言する。

迷宮内において唯一の中立の地となることとし、この村に訪れる人も魔も、戦う事を禁じる。これを破るもの、これを害なすもの全てを『銀砕大公』は許すことなく、地の果てまでも追い掛けよう。

我は、我から奪う者を許す事はない。幾年の先にも希望は無いと心得よ。



なかなかに格好つけな内容に、出掛ける際にこれを読むことになったシエルは大笑いしながら村から出て行くことになった。これを言っているのが、あのアルスだと想像すると何だかミスマッチな様子で面白い。シエルが笑いながら歩き始めようとした時、あれから再び村人たちと酒を飲み、ほろ酔い気分になったアルスが「一回、城に帰るわ」と丁度食堂から出てきた。彼の顔を見たシエルは一段と笑い、それに眉をしかめたアルスがシエルの指差す立て札の内容を覗き込んだ。

「なんだ、これ。」

どうやら、アルスも立て札の内容は知らなかったらしく、捻った頭をがりがりと掻き、喉を鳴らして唸っていた。

そのまま、突風と共にアルスは村から姿を消していった。



「おい。そいつらは、どうするんだ?」

立て札を囲んでいる冒険者たちの一番後ろで、居なくなる直前のアルスの顔を思い出し、笑っていたシエルの肩が叩かれた。

シエルが連れてきた冒険者たちとは正反対な、綺麗に整えられた装備を見につけた冒険者たちを引き連れたフォルスだった。

「あれ、もう行くの?」

「一応、領主にも早めに報告しておけって村長たちが判断したからな。後で難癖を付けられてもたまらねぇだろ。まぁ、『銀砕大公』の庇護下の人間に手は出せないだろうがな。」

ニヤッと口元を上げる。冒険者たちに比べれば簡素な服装をしているし、武器も背中に背負っている剣だけという、知らない者が見れば不安に襲われる装備しかフォルスは持っていない。だが、その服は迷宮の下層に住む女王蜘蛛の糸で織られた布で作られた服は鉄の鎧以上の防御力を誇り、鍛冶師ガースが打った剣はゴーレムの強固な石の身体も一刀両断にしてしまう。何より、シエルと違って筋がいいと村の大人たちに修行をつけてもらっていたフォルスは、そんじょそこらの冒険者よりも実力がある。まだギルドに登録したばかりの新人ではあるが、すぐにランクを上げていくだろうと、食堂を利用する冒険者たちが噂していたのをシエルは聞いていた。

「地上かぁ。私も行ってもいいかな?街に行ったこと無いし、アルス叔父さんから届け物のリスト貰ったから用意しないといけないし。」

それまでは、おっさんやお客さんなどと適当に呼んでいたものの、正体を知り、契約を交えたのならばと「アルス様」と呼び始めていたシエルだったが、様付けで呼ぶと人から不審に見られるんじゃねぇか、と忠告を受け、「アルス叔父さん」と呼ぶことにした。アルスからは「お兄様」「パパ」、それに面白がった村人たちからは「にぃに」「だーりん」「とと様」などという案が出たが、マルッと無視しておいた。

大抵のことは大丈夫だろうとアルスにも、村の大人たちにも太鼓判を押されたものの、今まで、まともに村から離れた場所に一人で行った事がないシエルは、しばらくは一人で迷宮の中に行くなよと言いつけられている。

でも、村長の名代として冒険者たちの送迎を任されたフォルスと一緒なら、皆も許可を出してくれる事だろう。

「別に、いいけど。そうだな、上の階層に行って慣れるのもいいんじゃねぇか?道なりに色々教えることも出来るしな。冒険者たちにも色々教わることも出来るだろうしな。」

嫌味を言ったり、上から目線でからかったりもするが、基本的にフォルスは面倒見がいい。村の子供たちの兄貴分のような存在となっている。

「じゃあ、決まり。ちょっと、お母さんに言ってくる。

 そうだ!何か、持ってきた方がいいものってある?」

シエルは腕に下げていた籠の中身をフォルスに見せ、足りないものなどを確認してもらう。朝、女衆に貰ったものの他に、アルスが役に立つなと言っていたボロボロの本に、父から渡された携帯食、母から貰った巾着袋にしまった小さな青い魔石が入っている。

先ほど、怪我を負った身体と精神的苦痛から動けなくなっている冒険者たちを村に連れてくる為に配って消費した回復薬だけは、あと一本となっている他は、しっかりと揃っているように見える。

「そうだな。オババの所で回復薬を補充してもらえよ。それ以外は大丈夫じゃないか?下に潜ってくわけじゃないし、足りなくなったら街で買い足せる。金は持ってるか?」

村の中で金銭のやりとりすることは少ない。迷宮に挑む為に寄った冒険者たちからは受け取るが、時折訪れる行商人と使うか、街に出かけていく村人に預けて買ってきてもらうくらいでしか、まともにお金を扱うことはない。その為、案の定シエルはお金を持ってはいなかった。

「仕入れ用にアルス叔父さんが置いていった財布持ってくる。」

あららと首を傾げて苦笑い。

慌てて家に向かって駆けて行くシエルの後ろ姿に、フォルスは呆れ顔だ。

どうやって、リストの商品を仕入れするつもりだったのか。非力だとか、鈍すぎる体質とかよりも、母子揃っての一般常識の無さのせいで村人たちに心配されているということに絶対に気づいてないだろうなと溜息をついた。


「おい。あんたら。俺達は今から地上に戻って街に向かうんだが、どうする?そこに書いてあるように、村の人間が迷宮で襲われる心配は無いからな。俺と一緒に行くんなら、安全に地上に戻れるぞ?」


シエルが連れて帰ってきた冒険者たちに声をかける。

ボロボロの姿と絶望しきっている顔つきから、第五階層から自力で脱出する実力は無さそうだなと瞬時に判断した。

朝から村に居て、『銀砕大公』の使いとして現れた『灰牙伯』ムウロと対峙した彼等の方が実力があるのだろう。この冒険者たちでは、ムウロの前に駆けつけることも難しい。

これを逃せば、しばらくの間は街へ行こうという村人はいない事、そうなれば自力で階層を登るしか無くなる事、明日以降は迷宮の変性の影響で大人しくしている魔物たちが新しい縄張りを得ようと活性化する事を伝え、フォルスは返事を待った。

そんなに長く待つ事もなく、目に光を取り戻した冒険者たちが行動を起こす為の準備をし始めた。薬などを買い体力を回復させ、傷を治し、壊れかけた装備を応急手当して、どうしようもない武器は鍛冶屋に駆け込み購入した。

彼等が怒涛の勢いで準備し終わった頃に、家に戻っていたシエルも戻ってきた。


「あれ?お兄さんたちも一緒に行くことになったんですか?」

「あぁ。助かったよ。ありがとう、シエルちゃん。これ、うっかりしてたんだけど、さっきの回復薬の代金。」

シエルに渡さなければと、全員から集めておいた銅貨をシエルの両手に握らせる。

家に帰る前にシエルが見た、絶望に暗く沈んでいた青年は、その顔に笑顔が浮かべていた。

復活してくれたその姿に、シエルも笑顔が零れる。

「お金なんて、別に良かったのに。でも、ありがたく頂きます。」

受け取った銅貨を、籠の中から取り出した皮で作られた袋に放り込む。

アルスが置いていったという、仕入れの資金と、それにシエルのお小遣いにと色をつけた金額が入っている、シエルの新しい財布だった。

その袋を見たフォルスが口元を引き攣らせ、フォルスの傍にいた一部の冒険者がギョッと目を剥いていることなど、シエルは知るよしも無かった。



「それじゃあ、出発するか。」

表情を元に戻したフォルスが声をあげ、冒険者たちが各々のパーティーで固まりつつ、つかず離れずといった距離を保ちながら、村を後にする。

「うふふ。すっごいワクワクする。」

上機嫌なシエルは、フォルスの隣に並んだ。

「それにしても、その格好のままとか。」

もはや村人に対しては何も言うまいと覚悟を決めていた冒険者たちが口をつぐんでいた事を、フォルスがシエルを見下ろして口にした。

真っ赤な頭巾に、村娘が日常で纏うふんわりと可愛らしいワンピース。足元はしっかりとしたブーツを履いているが盛っているものは蔓であんだ籠だけ。

まるで、平和な地上でピクニックにでも行く姿だった。

「お母さんも、村のおばさんたちも大丈夫だって言ってくれたわよ?」

二人の会話を後ろで聞いていた一人の魔術師が目を細めて、同じくシエルの服について心配している仲間たちに忠告した。


あの子の身に着けているもの全て、迷宮の素材で作られた最高級の護りが施されていますよ。売れば大金になるでしょうが、奪おうとすればどうなることか。心配するだけ、まったくの無駄ですよ。



「一応、言っておくが。」

フォルスが前を向いたまま、声を低めてシエルに言った。

「街に行って、村に帰るまで、俺から離れるなよ。それに、迷惑かけんな。」

「うん。お母さんやお父さんにも、そう言われた。よろしくね、フォルス兄。」

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