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突然の出会い

「これは…」

飛び込んできた指令に従い、様子を窺っていた宿屋の中にへと入ろうとしていたアベルは、宿屋の周囲を覆った気配と力を感じ取っていた。

その顔に、面倒臭いという様子が一瞬だけ浮かんで消えた。





「大丈夫。痛くないよぉ。怖くないよぉ。ちょぉぉっとお話したいだけだから。」


間延びした高い男の人の声がそう言うのが耳に入ったと同時に、シエルの背中は背後にいた誰かによって押されていた。

シエルの体は突き飛ばされた勢いのまま、今まさに逃げ出そうと体を後退させた通路から見ればトイレであるドアの中へと吸い込まれてしまった。

トットトッ

と足を動かし倒れそうになる体を何とか立て直そうとした。

その最中に、バンッとドアが閉められた音が背中から響いてきた。


えっ


逃げ道が塞がれてしまった事でシエルは慌て、何とか持ちこたえれそうになっていた足が縺れてしまった。足の裏に感じるのは、フカフカと柔らかな感触。そんな感触を味わえる絨毯が敷かれた床に倒れてゆくシエル。

「あぁ、大丈夫かな?すまないね、乱暴な弟で。」

倒れてゆくシエルの体を、光沢のある白い腕が受け止めていた。

フワリと香る甘い匂い。

何故か逸っていたシエルの心が凪いでいき、シエルはその腕に受け止められたまま、腕の持ち主である男の顔を見上げたのだった。


それはシエルが思った通り、先程トイレのドアを開けたシエルが見た男性だった。


白。

そう表現するしか無い人だ。

キラキラと輝く、うっすらとだが蒼みがかっている、銀の髪。

日の光に当たることが無いのかと問いたくなる真っ白い肌。

纏う貴族のような服装も白を基調にしたもの。

彼の全身の中ではっきりと色があると言えるのは、薄いとはいえ金色に輝く瞳だけだった。


「初めまして。」

「は、初めまして。」


思わず、普通に街の何処かで出会ったかのように挨拶してきた男の、当たり前の事だと言わんばかりの姿に、シエルは呆然と返事を返してしまっていた。

男の笑みは一層の深まりを強め、自身の差し出した腕に倒れこんだままになっているシエルの体を、優しい手つきでまっすぐに立たせる。

そして、シエルの手を支えるように持ち、ゆっくりとした足取りでシエルを部屋の奥へと誘っていく。それはとても優しい雰囲気で自然な形で行なわれたエスコートだったが、何処か有無を言わせない気配をシエルに与え、その空間を支配しているようにも感じさせた。


男に誘われる形で足を踏み入れていくそこは、シエルが目的としていたトイレなどでは無かった。


シエルの家の、普段使われていない、ほとんど趣味で冒険者をやっている貴族の一行が宿泊する時などに使われる一番豪華な部屋、それよりも煌びやかだと思える部屋。

汚しても大丈夫かなと不安に襲われる白いのフカフカの絨毯が床一面に敷かれ、天井にはキラキラと煌くシャンデリア、部屋の中心にはティーセットと焼き菓子がセッティングされたテーブルが置かれている。真紅のテーブルクロスがシエルの目を一瞬奪う。


有り得ない光景の中に置かれた、白い細やかな細工が施されている華奢な椅子に、男はシエルを座らせたのだった。






食堂に繋がっている、個室にある唯一の扉に先に手を触れたのはヒースだった。それは、ヒースが個室の下座に座っていたから。それだけの理由だ。

だが、その扉にかけられた手が動くことは無かった。

「う、動かない…。外から鍵が!?」

「変わって。」

ヒースが両手を当て、必死に力を込めて引くがドアはビクリともしない。

ヒースの肩に手を置き、ヒースをドアの前から立ち退かせると、今度はムウロがドアに手を添えた。

バキッ

人では無いムウロには、ヒースが踏ん張っても無理だったドアは簡単に開けることは出来た。

「な、これは?」

だが、ドアは引いて開けることは出来たが、そこには透明な壁があり、ムウロとヒースが個室を出ることを阻んでいた。何だ、これは。ヒースが腕を伸ばして触れると、その透明な壁はヒンヤリと冷たく、そして濡れている。

それは、氷の壁だった。

「有り得ないと思って油断してた。」

ムウロには、それが誰の仕業であるのか瞬時に判断する事が出来たようだった。

「えっ?」

「カフカの仕業だ。あの引き篭もり…やっぱり兄上か。」

ムウロには父方、母方のそれぞれに異母、異父の兄弟達がいる。

父方の数え切れぬ程にいる兄弟とは違い、母方の父を異なる兄弟は6人だけ。ムウロにとって密接な付き合いがあるのは、父方よりも母方の兄弟達の方だった。兄が一人、姉が二人、弟が二人。

その上の弟がカフカだ。兄姉達とは違い吸血鬼を父親に持つカフカは、純粋な吸血鬼の血を持っている。一族の一部、血を何より重んじようと考える者達はカフカを後継にと望んでいる。だが、カフカはそれに応じることは無い。ただ沈黙をもって母から与えられた自分の迷宮『氷棘の迷宮』の中から出てこない日々を何百年と送っている。そんなカフカをたった一声で呼び出し、扱き使える存在など、ムウロは一人しか知らない。それが、長兄であるレイだった。

カフカが地上にいる。ならば、その背後には必ずレイの存在があるのだと考えられた。

レイの目的。

そんなの分かりきっていた。ディアナに繋がるシエルだけだ。


「どちらの?」

舌打ちをしたムウロに、ヒースが問い掛ける。

ムウロの呟きとも呼べる小さな言葉は、ヒースの不安を煽って仕方が無い。ムウロの兄。ムウロが二人の大公を両親に持つ魔族である事はある程度の知識を持つ人間の間では有名な話だ。どちらの親に関する兄であろうと、大公の子である事に代わりは無い。何より、今この街には公爵位の干渉が予測されているのだ。


「母親の方のだよ。」


ムウロが魔力を練り上げる。

ヒースはただ、ムウロから体を出来るだけ放し、目を瞑り耳を塞ぐことしか出来ることは無かった。



「出るよ。」

ムウロの言葉で目を開け、耳を塞いでいた手を外し、ムウロがいる個室のドアを振り返る。

そこに氷の壁はすでに無く、ムウロは個室をすでに出て行っていた。

ドアの向こうからは、何処と無く白い光が差し込んできているように見えた。


「な、なんですか、これは。」

ヒースは自分の体を抱き締めるように縮こまり、腕を摩った。

食堂は酷い状態だった。

真っ白。

壁という壁は氷が張り、天井からはツララが伸び、木の板で出来ていた床は一面真っ白な雪へと変わっていた。騒がしく食事を取っていた客達はテーブルに倒れ込み、その体の上にも白い雪が積もっている。

「『氷棘の迷宮』は知ってる?」

「えぇ、大戦直後に現れた謎だらけの雪の迷宮ですよね。」

神聖皇国の領土内に堂々と存在し続けている有名な迷宮だ。全ての階層が雪に覆われ、魔族や魔物の姿も無く、収穫出来るものも何も無い。何度も聖騎士が挑むものの、何の謎も明かす事が出来なかったと言われている。

ムウロに問われて、ヒースは一度試しにと皇王に頼む事で聖騎士を借り受けて入った迷宮を思い出していた。

「カフカは『氷棘の迷宮』を管理している僕の弟。一応、子爵位持ちの『夜麗大公』第5子。」

ムウロは雪に足跡を残しながら、食堂の中へと進んでいった。

そして、一つのテーブルの下へと腕を伸ばした。

「イタッ、痛いよ。」

襟を掴まれて引き摺り出されたのは、金色の目に涙を滲ませて痛みを訴える雪に同化してしまいそうな真っ白い男だった。

引き摺り出された男の顔がヒースにもはっきりと見ることが出来た。ムウロよりも背が高く、年上のようにも見える。だが、ムウロはその男の事を弟だと素っ気無く紹介した。

「カフカ。何をしてるのかな?」


「い、一の兄上から、ゆっくり話がしたいから見張ってろって言われて…」


カフカの襟からムウロの手は放れ、すぐさまに逃げ出そうとしたカフカの頭を掴み力が加えられた。


「でも、ほら、人が一杯いて怖いじゃないか。だから、ちょっと眠ってて貰って…」


「まだ対人恐怖症治ってなかったんだ。それなら出てこなければ良かったのに。」

自分よりも背の高い、体格も良い弟の頭を掴み持ち上げる。

そして、その顔をヒースへと近づけた。

「ヒッ。ちょ、駄目。駄目だってば、兄上。怖い。怖いんだから。」

カフカとヒースの目が真っ直ぐに見つめあう形にまで持ち上げられるとカフカは全身を震わせ、動かせない頭の代わりに目を必死に動かし、どうにかヒースの視線から逃れようとしていた。

「ヒース。しばらくの間、こいつと目を合わせて貰っていても?触っても構わないよ。そうすれば、大人しくしてるから。僕はシエルと兄上の所に行ってくるよ。」

ムウロがニコヤカに言えば、カフカは「嫌ぁ」「無理、無理。」と必死に手足を動かしていた。





「どうしたのかな、どうぞ?遠慮はいらない。」

椅子に座らされたシエルは、テーブルの上に並べられている様々なお菓子を、向かい側に腰掛けた男に薦められていた。

「し、知らない人から貰ったものは食べたら駄目って言われてるから。」

ニコニコと笑顔を浮かべ、シエルの一挙一動を見逃す事なく見てくる男の視線に、シエルは全身をカチコチに強張らせていた。

緊張の中でシエルが零れさせた言葉は、その男の笑顔に僅かな変化をもたらしていた。

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