待ち合わせ
聖騎士とは
神聖皇国皇王の直命を受け、独自権限を与えられ、魔の討伐などの任務の為に国外に派遣されることもある少数精鋭の騎士。その与えられた権限は神聖皇国だけでなく他国でも行使することが、各地に大きな影響を持つ神殿によって確約されている。
大戦以降、大神殿に在籍している勇者の祝福『浄化の心臓』により作られた勇者の力を宿す武器、聖具を授けられており、それを扱うには僅かながらも勇者の血が必要だとされ、勇者の血を引く神聖皇国の皇族、貴族などだけが就くことが出来ると言われている。
聖具は実力を兼ね備えたものでなければ扱うことが出来ず、その為聖騎士を目指す過程は並大抵の修行では無いと言われている。
シエルは本を読んだ後、チラリと再び顔を伏せて石像のようにピクリとも動かなくなっているフードの男を見た。説明に書かれているような、大変な人物だとは見えない。何処にでもいる、シエルの家へと泊まりに来るような冒険者と何ら変わらない。それがシエルの男に対する感想だった。
そして、薄汚れた外套を被って低料金が売りの乗合馬車に乗っている人物が、聖騎士などという地位に就く、説明を信じる限り貴族の出であるなど信じられずにいた。
シエルの考える貴族は、ゴテゴテとした煌びやかな衣装を纏って、迷宮に入るのにも「えぇ」と呆気に取られるような重装備と部下を大量に引き連れて行くような、そんな人々だった。そういう人は、迷宮から戻ってきたとしても自分だけは無傷とか軽症で、部下や雇い入れた冒険者達がボロボロになって死にそうな様子で帰ってくる。だからシエルは、あまり貴族というものが好きでは無かった。
「シエル。もうすぐで王都に着くよ。知らせなくていいの?」
「あっ、そうだった。」
《ヒースさん。もうすぐ王都に着くよ。》
ムウロに言われ、シエルはヒースへ到着を知らせた。
《分かったよ。馬車を降りたら正門を潜らずに待っていてくれるかな?》
《?分かった。》
王都のことを何も知らないシエルは、ヒースに言われた正門が何を指すのか分かっていなかったが、ムウロに聞けばいいやと返事をして『遠話』を終えた。
その時、シエルが石像みたいだと考えていた男の頭が僅かに動いた事にムウロだけは気づいていた。そして、フードと僅かに見える赤銅色の前髪に隠れた目が上げられ、シエルへと向けられたことに、ムウロは目を細めた。男も、ムウロからの視線を感じたのだろう。すぐにシエルを見る為に上げられた顔を再び伏せた。
「ねぇ、ムウさん。正門って、この馬車が着く所なのかな?」
ムウロと男のやり取りにまったく気づく事が無かったシエルは、ただヒースに言われたことをムウロに伝えた。
「王都は高い壁で周囲を囲われているんだ。中に入る為には正門と裏門、あと灰門っていう三つの門を潜るしかない。門に設置されている受付で、特殊な魔道具を使って出入りした人間を記録するんだ。門の中で、一般の人間が使用出来るのは正門だけ。王都に向かう乗合馬車の降り場も正門の前だと決まってるよ。」
だから、ヒースともすぐに落ち合えるよ。とムウロは説明してくれた。
王都に入る為の三つの門。
正門は厳重な警備が配備され夜も昼も無く開いている誰でもが受付を済ませれば利用出来る門。
正門とは真逆の位置にある裏門は滅多に開かれることが無い、緊急時や祭りなどの人が多く集まる時に利用される門。
門で、灰門は王族しか場所も開く術も知らないっていう噂だけが流れている門。
これだけの壁と門、警備に魔道具と設置されているのも、遊覧街の享楽を目当てに多くの人が集まり金銭が飛び交う、そんな王都の治安を守り、犯罪を取り締まる為に作られたものだった。
「到着しましたよ~」
馬車の前方から従者の声が聞こえた。
そろそろ陽が傾き始め、空がオレンジ色になり始めた頃の事だった。
その声を聞いて、乗客達の声が明るいものへと変化していった。
シエルとムウロと同じようにクリオの街から乗ってきた乗客達にとっては半日、馬車に揺られるだけの旅だった。それ以前から乗っていた者達にとっては、どれだけの行程と時間だったのか。半日だけでお尻に痛みを感じて限界を訴えたくて仕方の無かったシエルには到底考えたくもない話だ。
馬車が止まり、乗客を降ろす為に従者がシエル達が座っている馬車の後方へと簡易の階段が置いた。もちろん、シエルとムウロ、そして聖騎士だという男が一番初めに馬車を降りることになる。
「ありがとうございました。」
最初に階段を駆け降りたのはシエル。手を貸そうとしてくれた従者の手が間に合わない程の早さで降りていったシエルは、従者へと笑顔を向けて礼を言った。誰に対してであろうと礼を言う。ヘクスや村人達の礼儀に対する教育は厳しかったが、そのおかげでシエルにしっかりと根付いていた。
「いいえ。こちらこそ、ありがとうございました。こちらは運賃になります。受け取って下さい。」
運賃を払っている従者に対して、シエルのように素直に礼を言うものは少ない。孫が居てもおかしくは無い年の従者は心が温まるのを感じ、シエルに笑顔を返した。
そして、シエルの次に降りてきたムウロと男に対して、乗車する時に支払った運賃を差し出してきたのだった。
「いや。そんな事をされては…」
流石に慌てたのか、盗賊の相手をする為に馬車を降りた時くらいにしか声を聞かなかった男が小さいながらも声を出して断っていた。
ムウロも、首を振って従者を制止した。
「この人はいいとしても、僕達二人は何もしてないよ。」
「いいえ。貴方も結界で守って下さったと、こちらの方に聞いております。危急の際に協力をして下さった乗客の方には運賃を返還せよというのが、国からのお達しです。」
受け取ってもらわなくては自分が困るのだ。従者はムウロと男を押し切り、その手の中へ運賃を返却してしまった。そして、次々に乗客を降ろし始め、男が返された運賃をまた支払おうとする動きを阻むようにしていた。
「…まぁ、儲かったと思えばいいよね。シエル、何か美味しいものでも食べようか。」
「何か名物があるかな?」
まだ戸惑っている男を横目に、ムウロはシエルと浮いた運賃で何を買おうかという相談を始めていた。
馬車を降りた乗客達が、目の前に見上げて首を痛めてしまう程に高くそびえる壁へと足を向け歩いていく。その先には、長く途切れることなく続く壁に開いた一つの門がある。
「あれが、正門?」
「そう。」
正門の前に同じ制服を着た数人の人が、正門へと集まる人々を並べ一人一人に何かの道具を触らせ、門を潜らせている。あれが、ムウロの言う魔道具で記録しているところなのだろうとシエルは遠目に見ていた。
「あの前で待ってて欲しいって。」
ムウロを連れ、ヒースに言われたようにする為に正門へと向かう。
大勢の人々が正門の前に並んでいる。
ドレスを纏った貴族の女性も馬車を降りて、大人しく列に加わっていた。
そんな中でどうやってシエルを見つけるのだろう。
シエルは、ほどよく正門へ近づいた所で立ち止まり、辺りをキョロキョロと見回していた。
「?あれじゃないかな?」
そんなシエルに、ムウロが正門へと指差して声をかけた。
ムウロが指差す場所には、王都へと入っていく流れの中を逆走して、王都から出て行く人々を担当している受付を手を振ることで通り過ごす男がいた。
その男は、周囲を見回した後にシエルとムウロに向かって真っ直ぐに進んできた。




