再会
「それじゃあ、私が必要なのは2本だけだから、後はシエルちゃんが持って言ってね。」
マリアはテーブルの上にたくさん置かれている小瓶から2本だけを自分の下へと寄せ、残りの全ての小瓶をシエルの籠へとしまい込んでいった。
「え!」
ルンルンに喜びを全身で表現していたシエルは驚き、すでに十本程籠にしまっていたマリアの手を凝視した。
「そんなに!?」
希少な薬。そうマリアの説明を聞いていたシエルは、お礼だというのなら1本や2本の事だろうと思っていた。それなのに、マリアが籠に入れていっている小瓶は、すでに入れられたものを含めて20本を越えている。
「だって、これでラブポイズン二本分なんだよ?シエルちゃんが持ってきてくれたの、まだ一杯あるし。私が今必要なのは組合に提出用と保存用の2本なんだもん。」
シエルが持ってきた数は24本。その内の2本だけを使ってこの数が作れるというのなら、マリアにとってはシエルに礼と渡す量など惜しくもないものだろう。
それでも戸惑うシエルが止めるのも聞かず、マリアは全ての小瓶を籠へとしまい込んでいった。
「いいのかなぁ?」
「ドルテ王国の友達とは連絡ついた?」
戸惑うシエルにマリアが聞いた。眠ってしまう前に連絡が付いて頼む事が出来たヒースの事を思い出し、シエルは頷く。
「売るのを手伝ってくれるって言ってた。」
「なら、大丈夫よ。これから組合の方に提出用を送るから、そうすると明日明後日くらいに発行される広報に掲載されるわ。そうしたら、噂になって欲しがる人が出てくる。ちょっと焦らせば高値をつける奴も出てくるわ。シエルちゃんが、広報に載ってたマリアから仕入れてきましたって言ってくれれば完璧!」
言ってくれるよね、と笑顔で念を押すマリア。
シエルはその笑顔が放つ圧力に圧倒され、約束を交わしていた。
「私の名前が有名になるし、シエルちゃんは通常の価格よりも上のお金が手に入って万々歳!」
マリアさんって、すっごく人の街とかに詳しいんだなぁ。
シエルは、拳を振り上げんばかりに喜んでいるマリアを見て、そう思っていた。
天人の村があるのは迷宮の中。地上で滅多に見る事がないだろう巨木に、枝の上に作られている家々。不思議で幻想的ともいえる光景が広がっている迷宮の中に住んでいる。
そんな場所に住んでいるマリアがシエルなどよりも余程地上の生活や仕組みに詳しいことが不思議で仕方がなかった。
ムウロやアルスなどマリアが知っている少ない魔族達のように地上に出て、人と交流をしているのだろうかとシエルは考え付いた。
「あっ、でも、私が魔族だってことは言っちゃ駄目だよ?」
シエルが質問しようかと口を開きかけた時、先にマリアが真剣な面持ちでシエルに詰め寄ってきた。
「うぇ?」
「ただ、組合に所属している薬師のマリアって人。そう説明してくれればいいから。ね?」
「な、なんでですか?」
「組合員の中に魔族も普通にいるし、組合の上層部は知っている事だけど、組合外部に対しては秘密の事だからね。教会とか、神聖皇国の人間にバレたら面倒臭いことになっちゃうでしょ?」
シエルはマリアの説明に納得した。
勇者を崇める教会、教会と密接な関係にあり勇者の血筋だという王が治めている神聖皇国では、魔族は徹底的に排除される存在となっているとシエルは教えられた。他の国々では一部の友好的な魔族と共存することもあるというのに、神聖皇国ではそれは許されていない。神聖皇国で存在できている魔族は、従属の契約を施されて契約者である主に逆らえなくなっているモノだけらしい。
その強硬な姿勢は度々あちらこちらの国や組織と争いごとになっている。
「シエルちゃんが行くドルテ王国は神聖皇国の隣だしね。私の事を出して因縁付けられることになるのはシエルちゃんだから…。だから、言ったら駄目だよ?」
「は~い。」
「あそこらへんって、神聖皇国のせいで色々とやりにくいのよ。力を封印して人の姿に変化して出掛けるんだけど、もう大変。その点、帝国は楽よ。理解のある人間が多いし、神聖皇国の人間も入り込み難いみたいだし。」
「そうなんだ。」
今まで、地上の国々の関係などに対して、それ程興味を持っていなかったシエル。家に泊まる冒険者達が意気揚々と向かい帰ってくる迷宮の中を冒険することを夢見ていた。そんなシエルが、マリアの説明を聞いて少しずつ地上の国々にも興味が芽生えていっていた。
「あれ、そろそろ地上でも朝になった頃かな?」
「じゃあ、そろそろ行くね。」
すっかり目が覚めていたシエルは、マリアに勧められたのだが再び眠ることは出来なかった。そんなシエルにマリアは朝ご飯を一緒にどうかなと誘い、喜んで了承したシエルと二人仲良く食事をしたのだった。
マリアが用意した朝食は、パンと薬草で作られたスープと簡単なものだったが、マリアが話してくれる薬草や薬の話、組合の話などを聞きながらだった為に終えるまでにそれなりの時間を有することになった。
マリアが気づいて確認した頃には、家に居た頃のシエルが母に起こされて朝食を食べ始めている時間を越えていた。
マリアがそれを口にすれば、シエルは立ち上がり「お邪魔しました」と礼儀よく、そして元気よく、マリアの家を後にすることを告げた。
マリアに依頼書への受け取りのサインを貰い、玄関を出るシエル。
滅多に家から出ないマリアも、シエルを地上に降ろさなくてはいけないとあって、シエルと共に玄関の外に出ていた。
久しぶりに浴びる直接的な光に目の痛みを覚え、玄関を出た途端に目を瞑ったマリア。
だから、シエルが驚いた声を聞いて頑張って目を開けるまで、自分の家の玄関前に腰を下ろしている存在がいることに気づく事はなかった。
「あれ、ムウさんだ!」
足を宙に放り出して、家の前に作られた足場へ直に腰を下ろしていたムウロの姿にシエルは驚き、そして喜んで飛びつき、ムウロの首に腕を回して抱きついていた。
「おはよう、シエル。ごめんね、落ちた時にすぐに行けなくて。」
「ううん。色々あって楽しかったよ。」
兄と会った事。転移の術を体験した事。転移の術が失敗して『氷棘迷宮』に行ってしまった事。
その時は怖くて焦った事ばかりだったが、今思い返せば楽しい思い出になる大切な経験ばかりだったとシエルは思っていた。
「そっか。それは良かった。」
「えっと、シエルちゃん、そちらは…まさか…まさかだよねぇ…」
ようやく目が馴染んだマリアが、シエルの抱きついているムウロの姿を見て後退りしていた。
その顔は引き攣り、青褪めている。
「ムウさん、依頼してくれたマリアさんだよ。」
シエルがマリアの様子に気づくことなく、ムウロにマリアを紹介する。
「君が、惚れ薬の?」
惚れ薬を使って悪さをしようと考えている人物を想像していたムウロは、ビクビクと怯えているだけの人畜無害そうな女の姿を意外に感じていた。
「お礼でマリアさんが作った惚れ薬一杯貰ったから、今から売りに行くんだよ。」
「そうなんだ。で、何処に行くのかな?」
なんで惚れ薬なんて貰ってるんだろう、なんて思ったりもしたムウロ。だが、シエルの意外性は、今見たマリア以上。それくらいで驚いて取り乱すこともないだろう。
「ドルテ王国。マリアさんが、惚れ薬が流行ってるから高く売れるっていうし、友達が手伝ってくれるっていうから。」
「…ドルテ…。また、厄介なところだね。まぁ、行けない事もないから大丈夫だけど。それにしても、友達?」
「うん。ディアナちゃんみたいな感じの友達。お菓子の話の相談した一人で、ヒースさんって言うんだよ。」
マリアの手前、『遠話』の言葉を出さずに説明したシエル。
ムウロは、あの地獄のようなシエルの質問に同意する答えを返していた声を思い出す。姉の声を除けば三人の男女。
「そういえば、前にヒースさんってディアナちゃんの事知ってるみたいな事言ってたよ?もしかしたら、何処にいるのか知ってるかも。」
「早く向かおうか。」
ムウロは俄然、興味とやる気を沸きあがらせていた。
そのせいで、ムウロは考えていなかった。
シエルに友好的で危害を加えようが無い迷宮ではない地上に、シエルを連れていくということがどういうことなのか。




