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魔女

瘴気とは、魂に作用する猛毒である。何から発生するのか、何処で発生するのか、何もかもが謎に包まれているが、瘴気の発生する場所には必ず魔物・魔族が現れることから、なんらかの関係性があると言われているが、今だ可能性の域を出ない考えである。

瘴気に触れると、精神を侵され狂人と成り果て、魂を傷つけられ弱り果て、死に至る。強い瘴気に侵されると、稀に魔物へと変貌することもある。強い思いを持つ者、強靭な肉体を持つ者などが魔物化するとされている。

『始まりの勇者』が魔に属する全てを、切り離した魔界へと封じ込めた時、何らかの方法で世界中の瘴気を集め、魔族たちと共に魔界へと送り込んだと言われ、魔界は瘴気に満ち溢れた空間となっている。それ故に、地上には瘴気が少なく、発生していたとしても魔界のそれに比べては希薄なものの為、魔界の瘴気の中で生きる魔族たちにとっては、地上に出てくるという行為そのものが危険なものとなっている。それというのも、魔族や魔物は生きる為に瘴気と魔力を必要とし、魔力を失えば弱る、命を落すなどという状態に陥るが、瘴気を失えば狂い暴走してしまう事になる。下位のもの程、そういった事態に陥る。力ある魔族、つまり爵位持ちなどは瘴気を生み出すことが出来る為、地上で難なく力を使い、行動することが出来る。彼等が巨大な力を持つ為に、未だに封印を潜り抜けて地上に現れないことが人間にとっての僥倖である。地上に現れる魔物たちが下位に位置するものだけであることが、人間が魔界の軍勢から地上を守れている要因である。

『迷宮』は瘴気に満ち溢れている。魔界と繋がる扉から漏れ出る瘴気が、迷宮に住む全ての魔族たちを生かし、迷宮に侵入する冒険者たちを阻んでいる。迷宮の階層を進めば進むほど瘴気は色濃いものとなる。扉を閉ざさない限り、瘴気は迷宮に溢れ、地上へと漏れ続ける。地上に漏れ出た瘴気は地上の生態も狂わせる。迷宮に挑む冒険者たちは、出来るだけ早く最下層に辿り着き、扉を閉ざす必要がある。その為、冒険者たちを統括するギルドから、扉を閉ざす事に成功した冒険者には多額の報酬を支給される事が原則として確約されている。

魔力を身体の回りに纏うことで阻む。エルフ族が持つ秘薬をもちいて瘴気に対する耐性を見につける。極僅かな適性持ちが扱える浄化魔法を発動し瘴気を消す。これらの方法を用いて冒険者たちは迷宮に潜ることになる。

万が一、瘴気に侵された場合は、浄化効果が込められた聖水を素早く服用させることで助かる可能性がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ほら、お前の持ってる本にも書いてあるだろ。」

アルスの指摘に打ちひしがれ、しゃがみこんで膝に顔を押し付けているシエルに、呆れた顔をしたアルスが彼女が部屋から持ってきた教科書代わりの本から見つけ出したページを開いて、問題の説明分を指差した。

「魔物とかに襲われないからっていっても、瘴気はどうしようもないからな。しかも、瘴気に対する耐性や対抗する魔術とか、少しは瘴気を阻むことが出来る魔力を持ってないお前じゃあ、下に行かないで地上に向かう為に迷宮に入ったとしても、すぐで死んじまう事になるだろうよ。」

瘴気に対する耐性の無さも、魔術の才能の無さも、そもそも魔術を使うのに必要な魔力もすっからかんだと修行を見てくれていた村人たちの保障付きだ。その自覚のあるシエルは、アルスの指摘に舞い上がったテンションを駄々滑りさせ、夢を儚く散らされた。

「もうちょっとくらい、夢を見させてくれてもいのに・・・」

急上昇、急下降な展開に、口を尖らせて、どうしようもなくアルスを睨み上げるシエル。

「だって、あのまま放っておいたら、お前。さっさと突っ込んでいきそうな勢いだったじゃねぇか。」

「そうだけど。でも、さぁ。」

アルスの心配も否定できないシエル。あのままでは、さっさと準備して迷宮に飛び込もうとしていた自覚がある。


しゃがみこんだまま、ふて腐れて口を尖らせているシエルに、アルスだけではなく、成り行きを見守っていた村人たちも呆れ果てて笑っていた。



「あっ、じゃあ俺の『魔女』になるか?」


妙案じゃんと手を打ち鳴らす。


「お。そりゃあいい!そうしろ、そうしろ。」

「もう、シエルが無茶してないか心配しなくても良くなるのかぁ。」

「『大公の魔女』になりゃあ、迷宮内で無敵じゃん。」

アルスの提案に、賛同する村人たち。

特に、勝手に子供たちだけで森に入っていくなど色々と中心となって無茶をやらかしていたシエルに、毎回心配して胃を痛めていた経験がある、一部の村人から安堵の声が漏れ聞こえる。


「魔女って、魔族と契約した人のことだよね」

・・・・・・・・・・・・・・・・

魔女

魔族と契約することで、魔力や知識、人外の力を手に入れた者のことである。力を手に入れる代価を支払わなければならない。多くの場合、己自身を捧げることとなり、魔族に支配されることになる。自らの知識と魔力で魔術・魔法という英知を手に入れた魔術師・魔導師が尊敬を集めるのに対し、魔女となった者は排除されることになる。それは、人間の敵である魔族に通じた者であるということ、魔女となる者の多くが心の弱さを漬け込まれ、得た力を人々や国、世界に災いともたらすことに費やす為である。魔女と判明すれば、国は軍を差し抜け排除することに尽力を注ぐ。過激な地域では魔女が発生した土地にある全てを消去することもある。魔女の多くが、召喚術によって地上に抜け出ることが出来た魔族と契約する。

魔女を見分ける方法は、身体の何処かに浮かびあがる契約した魔族の紋章である。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「これで、あってる?」

「まぁ、人間が書いたってんなら十分だな。」

この本は、肌身離さず持ち歩こうとシエルは心に決めた。

今までは部屋でパラパラと読むくらいだったが、今日だけでも大活躍だ。

「俺と契約すれば、まぁ瘴気も何のそので最下層にも行けるようになるぞ?言葉を持たない魔物とかとも話せるだろうし、ここの迷宮以外に行っても大抵は大丈夫だろうな。

ただし、これにも書いてある通り、人間にばれたら追い掛け回される事になるな。世界中に指名手配かけられることになる。それでも、いいなら契約してやる。」


「じゃあ、よろしく!」


「お前、ちょっとは悩めよ!」


言い出したのはアルスからだと言うのに、即座に笑顔で頼むシエルの頭を軽く平手を入れた。

一応脅しを入れたというのに、悩むことも考えることもなく答えたシエルに、アルスは「大丈夫かこいつ」と渋い顔になる。


「えぇ~」

何故叩かれなければいけないのか、首を傾げるシエルの姿に、溜息をつくアルス。周囲では村人たちが苦笑している。

真面目な表情でシエルの顔を覗き込む。

「危険なのは分かってるな?」

「分かってるよ~。ようはバレなきゃいいんでしょ?」

「・・・・・・分かった。まぁ、いざってぇ時は助けてやりゃあいいんだしな。ってことで、ヘクス。残りのツケは帳消しにしろよ。サービスするんだから。」

真面目な顔してたらモテモテの良い男なのになぁっと無駄で馬鹿げた事を考えながら、アルスに軽く返事を返す。頭を掻きながら、アルスはシエルの判断に納得し、視線を母親であるヘクスへ向けた。

アルスとシエルの視線を受けたヘクスは、相変わらずの無表情で頷くと、近くの棚に手を伸ばして取り出した紙の束を二つに切り裂いた。

「これでツケは無しね。でも、シエルが助けを求めたのに助けなかったりしたら、貴方の尻尾、千切って売り払うから。」

どうやらヘクスが破り捨てた紙の束は、アルスの今までのツケを記した伝票だったらしい。どれだけツケで酒を飲み続けていたのか。

それにしても、いつものことながら無表情で言われると恐ろしさが一段と上がるものだ。一応、大物魔族であるはずのアルスが、出ていない尻尾を撫でようとしたのか、自分の尻に手を回して冷や汗をダラダラと流している。


「そうだ、シエル!魔女が主に払う対価として、ちょっと仕事しないか?

 俺、別に魂とか興味ないし。」


出ていない筈の尻尾に狙いを定めるかのように注がれる、ヘクスの視線から逃れようというのか、アルスの焦った声がシエルに向けられた。

「仕事?」

「いや。こうやって地上に出た時とかに酒とか武器とか食い物買ってさ、迷宮に住んでる奴とか部下とかに差し入れしてたら好評でな。次は何時だとか、あれがまた欲しいとか要望が来んだよ。面倒くさいから放っておくこと多いんだが、迷宮の中動き回るついでにお前が届けてくれたら、俺が楽じゃん。」

「面白そう!」

「物を仕入れる金は渡すし、届けた先で礼を貰ったら小遣い代わりにお前の懐に入れちまってもいいしな。やるか?」

「やる。やる、やる!」


真っ直ぐに片腕を高く上げ、シエルはよい子の返事をあげていた。

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