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転移の術

おっ、こりゃグレルだな。


ケイブは、自分の背丈よりも大きな岩の表面をなぞった。

知らない者が触れても、ただの岩肌だと判断するかも知れない。

だが、自分自身も転移の術を多様しているケイブには、それが転移の術の目印とするものだと一目で理解出来た。そして、その術印からグレルの力が微かに滲み出てくることも感じ取っていた。


転移の術を使える者は、人間にも、魔族にも少ない。

何故なら、多くの魔力と、三つの術を同時に操る器用さ、空間を支配する特別な力が必要となる為だ。その為、目に見えるような近距離なら魔力があればいい為いざ知らず、視界も届かない遠方ともなれば、使えることを人に知られれば有無を言わせない勧誘を受ける事になる程度に数が少ない。

それは、魔術師も魔族も事情は同じだった。

転移の術には、それ専用の対の陣が必要となる。入り口と出口、それを繋ぐ道を生み出すことで発動する術だ。入り口の陣を維持しながら、見えない場所にある出口の陣を維持し、その二つを繋げるように異空間を生み出し転移が終わるまで、それら三つを維持し続ける。途中でそのどれかが消えてしまえば、異空間の中に取り残されることになる。上手くいけば、何処かへ落ちることも出来るかもしれないが、多くの場合は異空間の中で永遠に留まり続けることになるといわれている。

距離が遠ければ遠い程、術を発動し維持し続けるのに必要な魔力は多くなる。そして、それが迷宮などの魔族や他者が支配する領域や結界の中であったなら魔力は通常よりも多く消費することになる。


何より、空間を支配する力が稀有なものだ。ケイブが若い頃には魔女という、その稀有な力を持った存在が多く生まれていた。最近では魔女という存在に対する知識が失われ、まったく別の意味を持った言葉になってしまった為、本来の意味で魔女だと名乗る者は皆無であり、それは魔術師の分野の一つだと言われている。その為、正確な人数も何もはっきりと分からないが、確かに数は減ったとケイブは感じていた。

その為か、魔界では転移の術を行なう為の道具として、そして材料として魔女の遺骸が高値で取引されている。それは迷宮から持ち出され、人の世でも極稀に取引されているらしい。

そういうケイブも魔女の遺骸から作られた魔道具を持っている。幼い頃にケイブの落とし穴を面白がった一人の魔女が己の死後に作らせケイブに贈ってきたものだ。それを使ってケイブは転移付きの落とし穴を日々量産している。


魔女達は、一様にして自分の支配空間を作る力を持っている存在だった。魔女が魔術師と区別され忌み嫌われていたのはそのせいだった。自分が自由に出来る空間を小さいとはいえ作り出し、その空間に篭ることで自分の身を守り、時には敵や気にいった者を引き摺り込み自由に玩んだ。『魔女の家』と呼ばれたその空間では誰も魔女に逆らえず、例え魔王でも、勇者でも手を拱いていた。

魔界から迷宮が地上へと作り出された時、大公達は手の内に取り込んだ魔女の力を利用したと言われている。




「グレルは"魔女"だな。」

ケイブは確信していた。

それは、今グレルの転移の術からも感じ取れる。

人間が地上間ならいざ知らず、迷宮の内部で転移の術を使う時、通常は数人ないしは数十人の規模が集まって行なう。それも、魔女の遺骸から作られた道具を使用して。

だというのに、グレルは一人で、大掛かりな儀式も何も無く魔道具も無くで、だ。

何より、ケイブは気になる気配を感じて覗き見て知っていた。グレルが異空間に荷物をしまいこんでいた事を。あれをグレルは作り出した術だと言っていたが、ケイブにとっては魔女達が使っていた懐かしい術だった。

「それにしても、"魔女"ねぇ。」

ケイブはどうしたものかと考えた。

アルスはそれを知っているのか。知っていて、グレルの妹を魔女にしたのだろうか。というよりも、『勇者の欠片』に"魔女"、そして魔王に忠誠を誓う大公を両親に持つムウロ。世界がきな臭い方向へと動いている。ケイブはそう感じた。それが父親の思惑なのか、それとも別の誰かの思惑なのかは分からない。ただ思うことは、巻き込まれたくない、今の日常を愛しているケイブが思うことはだたそれだけだった。


「はぁ、面倒くせぇ」


頭をかき、胸の奥から息を吐ききったケイブは、嫌な予感に対する八つ当たりを思いついた。

「親父はこういうズルは嫌いだしな。悪いな、グレル。」

拳を振り、ケイブは岩に刻まれている転移の術印を破壊した。

これで、グレルが転移の術を使ってもこの場所に出ることは出来ない。

「冒険は足でやらなきゃ面白くないじゃねぇか。ズルはいけねぇ、ズルは」

ケイブは、グレルが各階層に残しているであろう術印を全て破壊してやろうと企み、ニヤリと笑った。

「まぁ、小せぇ頃からの顔見知りだしな。出口は他に作っておいてやるよ」

アッハハハハ

肉体労働系の見かけによらず、ケイブは人の術に介入する器用さを持っている。ムウロなどはそれを、無駄の長物と言い呆れていた。




「おかしい。」

グレルは異変を感じていた。

小さく呟かれたその声は、グレルに手を繋がれていたシエルの耳にも届いた。


グレルとシエルは転移の術によって作られた道の中にいた。

星空の中にいるような小さな光が煌く暗闇の中、黒く光る道の上に二人は立っている。目の前には明るい光が漏れ出る半開きの扉があったのだが、その漏れ出る光の色が白から赤へと変化したのだ。

それを見た瞬間、グレルは剣呑な空気を生み出し始めた。


ミール村にある第五階層には術の起点となる印があるから。

そう言って、グレルはシエルの手を繋ぎ、転移の術を発動した。

シエルとしては冒険は足で、と思っていたのだが、落とし穴に落ちるでもない、普通の転移の魔術を経験してみたいという気持ちもあった。だからこそ、グレルが転移の魔術を使う時も反対せず、ワクワクと胸を躍らせていた。


転移の魔術が発動し白い光に包まれ目を瞑ったシエル。

目を開けると、そこはキラキラと星が瞬く夜空のような場所だった。

真っ暗な空間だというのに、足下では黒く光る道がはっきりと見えた。

「あまり道から外れないようにね。」

道の外を興味深げに覗き込むシエルにグレルは注意した。

「そういう所はロゼに似てる。ロゼは本当に道から落ちていったけど。」

シエルはそんな事したら駄目だよ?

グレルは、分かったと頷くシエルの手をしっかりと握り込んだ。

分かったといいながら好奇心に負けてやってしまう所がロゼにはあった。シエルもそうかも知れないと考えると心配でたまらない。

転移の術で道を外れたらどうなるかなんて誰も知らなかった。

危険だと言われていて試す者もいないだろうし、いたとしても結果を記せる状態では無かったのだろう。だというのに、落ちたロゼ。あの瞬間の、胸を締め付けられる想いをグレルは忘れない。

結果として、入り口も出口もある中で道を外れ落ちれば、目的ではない場所に出現することになるということが分かった。

その後、報告を受けたグレルとロゼの同僚が何度も実験を繰り返した事で、それは確実なものとして証明された。

その同僚も、ロゼも、見知らぬ場所に落ちても対応出来る実力があった。

けれど、シエルにそれは求められるわけがない。

グレルは絶対に手を放さない、と心に決めていた。



赤い光を零す出口の扉。

グレルはそれに手をつき、開けるか開けないかで頭を悩ませた。

何時までも異空間の道にいるわけにはいかないことは分かっている。

だが、シエルを連れて何が起こるか、ましてや何処なのかも分からない場所に出ることが不安だった。もちろん、護れるだけの力はあると考えている。だが、不安は捨て切れない。

「シエル。開けるよ?」

何があってもシエルは護ろう。そんな決意を胸に、グレルは扉を押した。

シエルは鋭い光を宿した目で前を見据えるグレルの姿に不安は起こらなかった。


扉からは冷たい空気が流れたきた。

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