供
やっぱり、か。
グレルはゆっくりと目を開けた。
グレルはシエルから充分離れた森の中に居た。
木々の後ろに隠れたこっそり聞き耳を立てるなんて愚かな事はしようとも思わなかった。そんな事がふとした切っ掛けでシエルにバレでもしたら、どう思われてしまうかなんて想像もしたくない。もちろん、数々の実戦を潜り抜けているグレルはシエルに気づかれることなく近くにいることは出来るだろう。その自信はある。だが、シエルは母に似ている。まだシエルの事はよく知らない。だが、グレルは母の事は分かる。何度も不測の事態に巻き込まれ、想像もしない方法で傷一つ無い状態で家に帰る。そんな事が物心ついてから帝都に行くまでの間で何度あったことか。きっとシエルも、グレルの予想など遥か彼方な状況を生み出してしまうのだろうとグレルは考えていた。
それに近くにいなくても、魔力を研ぎ澄ませば周囲の力の動きを把握する程度の事は出来た。
そうして感じたのは、『勇者の祝福』を持つ者が放つ力の気配。
帝都での生活が始まってから、数度。『勇者の祝福』持ちと関わる機会があった。彼らが扱う力を見て、経験することもあった。
その時と同じ、魔術師や魔族が放つ魔力とは違う、特異な力の気配を、シエルが残っている場所から感じ取った。
嫌な予感が当たってしまった。
グレルは溜息をつく。
グレルはシエルには無力であって欲しかった。
そうであれば、母とシエルの二人、変わることなくグレルたちを迎え入れる"家"であってくれるのだから。
まだ、魔術が得意だとか、戦いが得意だとか、その程度ならば良かった。
『勇者の祝福』など、知られてしまえば確実にシエルは帝都へ連れていかれることになるだろう。
そんな事、許せるわけがない。
黙っていよう。
グレルはそう決めた。
「そう、なんだ。魔女、ねぇ…」
決意を胸に秘めたグレルがシエルの下に戻ると、真剣な顔をしたシエルから、『銀砕大公』の魔女になった事、迷宮の中で魔族達の要望の品を届ける届け物係をしていることを聞かされた。
心配げな目で見上げてきているシエルを見下ろし、グレルは溜息を吐いた。
やっぱり母さんに似てる。
グレルはそう思っていた。
何だかんだで、何かしらの逃げ道を持っているのがヘクスだった。シエルもそうなんだと実感した。
『勇者の祝福』は確かに本人の意思など関係なく帝都へと身柄を移されるだけの価値がある。だが、それを相殺して帝都から遠ざけようとする危険性を、大公の魔女という存在は持っている。
グレルが決意しなくとも、シエルはすでに降りかかる事態を退けるものを持っていたのだ。
「お兄ちゃん?」
「分かった。この事は内緒にしておく。」
何の反応も示さないグレルを見上げ、シエルが首を傾げた。
シエルとしては、嫌悪を向けられる、怒られるなどの反応を予想していた。
なのに、目の前のグレルはジッとシエルを見下ろしてくるだけで何も言ってはくれない。
シエルに呼びかけられ、ようやくグレルは反応を返した。
話したとしても誰がこんな馬鹿みたいな話を信じるのだろう。そう考えると、グレルは笑いが零れそうになった。
「驚かないの?」
淡々として驚いていなさそうなグレルに、シエルは驚いた。
「母さんを見ていたからね。」
それだけで納得のいったシエルだった。
「それで、これからどうするの?」
「天人族のマリアさんの所に届けに行くよ。」
当たり前でしょと言うようにシエルは笑顔を浮かべた。
グレルには、依頼されたラブポイズンと言うキノコを採っていた所、突然飛ばされてこの場所に来てしまった事を説明していた。その時に、一緒に行動しているムウロという人と離れ離れになった事も伝えたのだが、その際に少しだけグレルの機嫌が下降したように見えたのだが、シエルは勘違いかなと不思議に思っていた。
「・・・僕も一緒に行こうか?」
「えっ?」
そんな事言われるなんて思わなかった。
「シエルともっと話がしたいし。」
シエルは違う?
悲しげな表情を作り、グレルは首を傾げた。
そんなことをされたら否定するような事を言えるわけがない。
「…お仕事はいいの?」
「ロゼに伝えておけば大丈夫だよ。それに、僕の仕事は迷宮の探索。シエルに着いて行っても問題は無いよ。」
ロゼやルーカス達が地道に探索している中、転移の魔術を使え、探索に適した魔術を幾つも得意としているグレルは一人で迷宮の階層を把握することに重点を置いて動いていた。
グレルはシエルの返事を待たず、魔道具を使いロゼに連絡を取った。
シエルの事は伝えず、少し奥に進んでみる。
そんな風に伝えていた。




