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ムウロの心配

あぁ、心配だ。

絶対に何かが起こる。

シエルの決意は立派なものだ。

だけど、それを心配する方の身にもなって欲しい。


ムウロはブツブツと呟き、額に手を当て溜息を吐いた。

シエルからの『遠話』で安全と無事を知り安堵したのもつかの間、シエルが一人で仕事を全うすると宣言され、ムウロの頭の中はシエルに対する心配だけに支配されてしまった。


それでも、一つだけ救いがあるとすれば、シエルの兄だという魔術師グレルが偶然にもシエルの傍にいることだ。グレルの噂は、地上にちょくちょく遊びに言っているムウロの耳にも届いている。

新しい魔術を次々と作り出す天才。

地上にいる魔族ではあるが、どれだけの魔族がグレルの手で葬られているのだろうか。

それだけの実力があるのだ、妹を護ることくらい訳もないだろう。


「ちょっと‼」


それにしても、本当に保護者気取りな自分をムウロは面白く感じる。

でも、それも仕方無いことだろう。

シエルからは、どうあっても目が離せない。


「聞いているの‼?」


「五月蝿いな。考えごとをしているんだ、少しは黙っていられないのかな?」


ムウロがシエルの事を考えているというのに、ムウロの耳にはつんざくような女のヒステリックな怒鳴り声が

突き刺さってきた。

無視しておこうと目を向けることなく、意識を向けることもせずにいたのだが、人よりも音をよく拾うムウロの耳も限界を迎えた。


ムウロは、声の持ち主を睨みつける。

声の持ち主である老いが始まりかけている女、女の両隣にいるムウロとそう年の変わらない男女。三人はムウロに睨まれるとヒッと息を飲み、数歩足を下がらせた。


この程度で恐れを抱くのなら出てくるなと、ムウロは悪態をついた。

ムウロにしてみれば、睨みつけただけだ。

別に重圧をかけた訳でもない。

だというのに、その怯えよう。


本当に、これらと半分でも血が同じなのだろうか、とムウロは鼻を鳴らしてみせた。


「わ、私にそんな口を聞いて許されると思っているの!?」


「じゃあ聞くけど、爵位も持たない者が、伯爵位である僕と対等に話が出来るなんて本当に思っているのかな。それに、たかが後宮の中の一人じゃないか。そんな女が、『夜麗大公』を母に持つ僕よりも立場が上だと言うのかな?」


女は、『銀際大公』の後宮に住む女の一人。魔狼族の出で、それだけで多種族から後宮に入った女たちを見下している。何より、魔狼の純血である自分の子等こそがアルスの後継に相応しいと厚顔無恥にも公言している、ムウロから言わせれば愚か極まりない女だった。

そんな愚かな女を支持する輩も少なからず居ることが、ムウロを苛立たせていた。


そして、女の両隣にいるのがムウロにとって異母姉・兄となる者達だった。

兄・姉といっても、ムウロは顔を覚えているだけで名前もうろ覚えだった。何故なら、彼らは純血である自分たちを誇りに思い、大公とはいえ半分は吸血鬼の血であるムウロのことを見下していた。城に居ても近づくことを許さないと言って側仕えを使ってムウロの事を遠ざけていたのだ。そうでなくとも、ムウロは幼い頃の多くは魔女大公が住まう離宮に姉ディアナと共に過ごす事が多かった。積極的に関わってきたケイブなどの一部の兄弟以外をムウロはあまり覚えなくとも仕方が無い幼少期だったのだ。

この二人の顔を覚えたのも、大戦後しばらく経ってからのことだった。

ムウロに睨まれただけで怯むような、爵位を取ることも出来ずにいるくせに、アルスの後継、正しい血筋を公言する面白いのがいる。親しく付き合っている兄弟に笑い話として教えられて、覚えたに過ぎなかった。


フッ

そんな話を思い出し、そして怯えた顔を晒す無様な様子を目に写し、ムウロは鼻で笑った。その足元には、獣の姿を晒して倒れる数十体の魔狼族の姿があった。

足元のすぐ近くに倒れた一体をムウロは蹴り上げ、異母姉である女の背後に立っていた木へと叩き付けた。木は衝撃によって倒れ、魔狼は全身の傷から血を流し地面で動かず、女は地面へと腰をヘタリ落としていった。


シエルが転移させられた後、気配を感じて声をかけたムウロの周囲に、人型をとった魔狼族の男達が囲い込むように姿を表した。

そして、それを率いていたのが、自信に溢れた顔をした身奇麗に整えられた、場違いな姿をした三人だったのだ。一瞬、誰だったかも思い出せなかったムウロだが、敵意に溢れた魔狼達を一喝し叩きのめした後、ようやく三人のことを思い出し、彼らの目的に思い至った。


それは予測していた事だった。


狙いはシエルだろう。

魔王陛下と魔女大公、大公達以外の特別を作らなかったアルスがここに来て突然に契約した魔女。しかも、特別な加護を与えて迷宮の中を自由にさせている。その上、アルスの子供の中で一番名が知れ、力のあるムウロを旅の共にさせている。

アルスの寵を競い、我が子の立場を上へ上へ押し上げようと躍起になっている後宮の女達にとっては脅威に感じることだろう。そうムウロは考えていた。

まぁ、遠目でもシエルを一目見れば、そんな事ないのだと理解出来る筈だとも思っていた。どう見てもシエルは子供だ。そういう意味でアルスがシエルを魔女にしたと思う方がオカシイ。

実際に、ムウロがシエルと一緒にいる間に遠くから視線を送る気配は感じていた。それらは全て、しばらく視線を送った後に去っていった。その内の数人は、シエルが寝ている間にムウロが捕まえてみたが「勘違いでした」と平謝りしながら帰途についた。

まさか、本当に襲撃を実行しようなんて思う者がいるとは、と思ったが、この女、この姉・兄ならば仕方が無いとムウロは嘲笑を浮かべる。


そして、そんな愚かな奴等の手を見逃し、シエルを危険な目に晒してしまった事に腹を立てていた。


「僕がここで事を終わらせてもいいけど。」

けれど、それではまた次の馬鹿が出てくるだけだろう。

利口なものもいれば、馬鹿もいる。それがアルスの後宮だ。


見せしめが必要だろう。


「君達の処罰は、父上に直接お願いしよう。」


ムウロは一度、魔界に帰ることにした。

後宮の女達の、子供達の前で、この三人にアルスが処罰を下す。

それだけで、シエルに余計な手を出そうと思う者は減るだろう。


シエルの事は心配だったが、一応様子を見てくれるだろうグレルがいるという。

何かあれば呼ぶと約束した。

ならば、ここは少しだけでもシエルを信じよう。

人の世の一部では、「獅子の子落とし」という言葉があると聞いた。

ここはそうするべきだろう、そう思ったムウロだった。


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