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心配性

ムウさんに聞いてみて…


シエルは『遠話』をムウロに繋げ、グレルに話してもいいのかを聞こうとした。

いつもの様に右耳に意識を集中させる。

だが、それを初めてすぐにシエルはハッと右耳に集めた力を散らし、伸ばしかけた糸を消してしまった。


シエルは思い出したのだ。

『勇者の祝福』を使った時、イルもムウロも気がついた。二人は地位を持つ力のある魔族だ。だからかも知れない。でも、人の魔術師だって気づいてしまうかも知れない。

グレルの目の前で『遠話』を使えば、それだけで知られてしまうのではないかと。帝都に連れて行かれることになるんじゃないかと。


チラッ

シエルは逸らしていた目をほんの少しだけグレルに向けた。

グレルは、穏やかな表情でシエルを見ている。

どうしようかとシエルは頭を悩ませた。

「どうしたの?」

チラチラと見るシエルの動きはあからさまだったのだろう。

グレルが面白そうに噴出した。


「ちょっと、あっちに行ってもいい?」


シエルは意を決した。

目の前で使わなければ大丈夫かも知れない。そう考え、森の奥を指差し聞いておきながらグレルの返事を待とうとはせずに立ち上がろうとした。

「待って。」

立ち上がり、森の奥に入っていこうとしたシエルの腕をグレルが掴み、もう一度座らされることになってしまった。

「それなら、僕が席を外すよ。母さんに似ているっていうシエルを一人で動かせるなんて怖いからね。」

そう言って、座らせたシエルの変わりに立ち上がり、グレルが歩いて森の奥に向かっていった。何気なく酷い事を言われた気がしないでもなかったシエルだったが、グレルの背中が森の中を進み見えなくなると「よし、これなら」と一度は止めてしまった『遠話』の糸をムウロと繋げるよう右耳に集中し始めた。


《ムウさん、ムウさん》


話しかければ、ムウロからはすぐに答えがあった。

《あぁ、大丈夫、怪我は無い?》

《大丈夫だよ。あのね、お兄ちゃんに会ったんだよ。》

ムウロが驚いて息を飲んでいる音が聞こえた。

《へぇ、それは凄い偶然だね。お兄さんだけ?》

移動させられた先に兄がいるだなんて、ムウロでも予想出来るわけがなかった。

《うん。一人で行動してたんだって。それでね、お兄ちゃんに何処まで説明していいのか分からなくって。ムウさんに聞かないとって思ったんだ。》

そう告げるシエルの言葉にも、またムウロは息を飲んでいた。何に驚いたのかシエルには分からない。けれど、繋げた糸からムウロが何となく喜んでいる気配を感じ取れていた。

《あぁ…うん。多分、話しても大丈夫なんじゃないかな?聞いた話だと、ケイブ兄上と知り合いだって前に言っていたし。》

だから魔族と関わりがあるというだけで嫌悪を向けてくるような人ではないだろう、とムウロはシエルを勇気付けた。

《うん。分かった。》

ムウロに言われ、シエルはグレルに話をすることに決めた。

《どうなるか分かんないけど、話してみる。この耳のことを言わなければ大丈夫だもんね。》

《そうそう。父上の気紛れで仕事を任されたって言えばいいんだよ。父上の気紛れや面白いもの好きは人間の間では有名だからね。

それに、そう言っておけば帝都に連れていこうなんて考えないよ。》

帝都から来たグレル達の目的は、変性した迷宮の調査と村にいるであろう『勇者の祝福』を持つ人物の保護と護送。例えシエルがそれを持っていると分かったとしても、迷宮の中で大公と事構えるとは思えない。それ以前に、大公と親しく関わる者がその天敵である『勇者の祝福』持ちであるなど考えもしないだろう。

ムウロの言葉の数々はシエルを勇気付けるのに充分なものだった。


《それと一つシエルに謝らないといけない事があるんだ。ゴメンね。

ちょっと、そっちにはまだ向かえなさそうになったんだ。何時合流出来るかはまだ分からないんだ。そんなに長くはならないと思うけど。》

まだ出会ってそんなに経っていない。そんなムウロ相手だというのに、シエルはずっと一緒にいるものだと思っていた。そんなムウロから長くはならないとはいえ別行動だと謝られて驚き、戸惑ってしまった。

それでも、強いムウロがシエルに謝らなければならない事態になるなんて、という心配も沸きあがってきた。

《大丈夫なの?》

シエルの心配に、ムウロは嬉しそうに答えた。

《大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。それにしても、どうしようか。村に帰るにしても、誰かを向かわせようか?》

エルフにケンタウルス、コボルトなど、今までシエルが依頼の品を届けたる為に訪れた村の名を挙げ、シエルが村に帰るまでの付き添いをさせようかとムウロは提案した。

その声は、本当に心配して言っているのだと分かった。

けれど、シエルは口を引き結び拳を握って、気合を入れてムウロの提案を断った。


《大丈夫。一人でも頑張れるよ?ちゃんと、天人族のマリアさんの所にラブポイズンを届けるから。地図もあるし、アルス叔父さんの護りもあるから、大丈夫。》


《いや。でもね…》


シエルは本気だった。

本気で、一人で頑張ろうと気合を入れていた。

しかし、ムウロからは心配げに、そんなシエルの決意を止めようと戸惑いの声が掛けられた。周囲の様子から、シエルが居る場所が紅月地区第9階層の何処かだと辛うじて分かる。ムウロも、シエルと繋がる力の波動から何処にいるのかを把握していた。天人族の村があるのは『銀砕の迷宮』の第7階層。道中にはユーリスの牧場もあるし、シエルが訪れた村もある。それだけではなく今や迷宮にある全ての村が届け物係を知っている。ミール村にも寄ることは出来るだろう。

だからといって、シエルを一人で歩かせることが出来るのか、となれば心配しか生まれなかった。大きなトラブルに巻き込まれる姿しかムウロは想像出来なかった。


《大丈夫。…困った事があったら、ちゃんとアルス叔父さんやムウさんにお願いする。》


渋り説得しようとするムウロに、シエルは折れなかった。

そして、ちゃんと、すぐに、助けを呼ぶことをシエルが約束することでムウロが折れることになった。


《気をつけるんだよ》


繋がりを切る最期まで、ムウロはシエルの心配をしていた。








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