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ミール村

本日二話目。

「お~い。お前んとこの息子、帰ったぞ」


村人達が揃って食堂に帰ってきた。

見慣れた顔ばかりで、村人たちよりも先に外へ飛び出していった冒険者たちの姿は一人もいないことに、シエルは首を傾げた。


「っていうか、おじいちゃんたちはアルス様の正体知ってたの?」


外に来ていたという『銀砕大公』の使いが、食堂にいた酔っ払いの息子だとはっきり言ったということは、村人たちが彼の正体を知っていたということだろう。

知らなかったのは自分だけなのかと愕然とした。

色々と、普通の年寄りとか普通の村人とは違うのだろうなと思い、村を訪れる冒険者たちの言動や表情で感じ取ってはいたが、まさか人間の敵、世界の敵だと言われている魔族の、しかもその最高位にいる男と、その正体を知っていながら夜な夜な酒盛りをしていたのか。


「見れば分かるだろ。」

冒険者たちが驚愕して、お金が入った袋を逆さまにして有り金全てを差し出そうとする光景が頻繁に見ることが出来る鍛冶屋の親父ガースが鼻で笑った。

見た目、普通のチャラそうな酔っ払いのおっさんなんだけど。


「気配が違うじゃろ。」

家から散歩している姿を見かける度に、冒険者たちの中の魔術師たちが慌てて頭を下げている光景がみられる、皺くちゃな顔がシエルの腰あたりにある小さな老人ホグスが何気なく言った。

気配って何?近寄るだけで、その体からするお酒の匂いで酔っ払いそうになるのとは違うよね。


「存在感が違い過ぎるからな。」

外に行くことなく食事を続けていた、村を離れる冒険者たちが有り金叩いてあるだけの薬を買い占めていき、その代金で樽酒を煽ることが度々ある薬師のオババ、ホウライが、何故分からんのかと首を傾げているが、分からないものは分からないもん。



朝、食堂に居なかった村人たちも現れ、全員でなんで分からないのかなと首を傾げたり、シエルに目で訴えてきたり、シエルに聞いてもらちがあかないだろうとアルスに尋ねたりしている。

「まぁ、ヘクスの娘だしな。」

「そうじゃな。ヘクスが村に来たばかりの頃も色々試してみたが、魔力による威圧も、あれもこれも効かな過ぎてお手上げになったんじゃし。その娘なら、しょうがないじゃろう」

必ず獲物を仕留めてくる狩人のラドルと、菓子を作るのが得意でよく差し入れしてくれるファーガス翁。

ハッハハハ

シエルからすれば、結論が出てないと突っ込みを入れたくなる話だったが、それで村人たちは納得し笑い声をあげている。


「もう。それで、私なんの説明も聞かず仕舞いなんだけど?」


どうせ何を言ったってシエルには分からない話になるに違いないと、村人たちが聞いてきた話を教えて欲しいと村人たちの笑い声を遮った。

「わし等に聞かんでも、そこにいる張本人に聞けばいいじゃろ。

 わし等は飯の続きに忙しいんじゃよ。」

「そうそう。説明までしねぇことには、ツケが帳消しにはならねぇだろ」

シエルの問いかけに答えることなく、元から食堂を利用していた村人たちは元いた席に、新しく集まってきた村人たちはまだ本調子に戻っていないジークとそれに寄り添うヘクスに声をかけ、厨房から飲み物や鍋の中のスープとパン、皿を持ち出して、空いている席で各自自由に装っていく。


「ツケって」

シエルが、こんな大事がツケの為などというふざけた事は本当なのかと、真相を尋ねようとアルスを見上げると、彼は頭を掻いて恥ずかしそうに笑っていた。

「四年分くらいツケが溜まってたみたいでな?昨日の夜に、ヘクスに二年分のツケを無かったことにするから、どうにかしろって言われたのよ。まぁ、俺としては生きてる迷宮広げるくらいなら簡単だし、いっかなぁと。これが、扉壊されて死んじまった迷宮とか、閉じて眠らせた迷宮とかなら面倒くさいから素直に金を払ったかも知れないがな。」


迷宮ダンジョンの要は、最下層に存在する、魔界と繋がる扉と呼ばれるものだ。冒険者や国から派遣される騎士たちは、この扉を壊す、もしくは閉ざすことを最終目的に迷宮に潜る。扉が開いている限り、そこから魔族や魔物が現れ、瘴気も送られ続ける。迷宮の周囲の環境にまで悪影響しかもたらさない。魔族を退け最下層に辿り着き、扉を壊すことが出来れば迷宮を死に、扉を閉ざせば迷宮は眠りに落ちる。ただ、閉ざされた扉はどんな攻撃も跳ね返す結界に包まれることになり、何時かは開かれ迷宮が復活することになる為、皆は壊すことを目指している。


「村人には絶対に手を出すなよって触れを出してあるから、迷宮内を歩き回っても大丈夫だぞ?村を襲撃される心配もねぇし。外に出たかったら、普通に歩いていけばいいだけだ。なんだったら、迷宮内でウロウロしてる奴等に声かけて地上まで案内させるってのも出来るぜ。」



「じゃ、じゃあ。私でも迷宮の中を冒険できるってこと?」

大人びて、少し冷めた感じがする少女であるシエルが、キラキラと目を輝かせて、期待に溢れて上ずった声をあげた。

その両方の手は、アルスの腕を掴んでブンブンと上下に動かしている。

そんなシエルの珍しくテンションの上がった姿に、アルスは驚いてされるがままにされていた。

「そりゃあ、この迷宮内なら大丈夫じゃねぇか?危険もねぇし。」

「本当!!?やっったぁぁ」

ピョンピョンと空に腕を伸ばして、万歳万歳と飛び跳ねているシエル。

そういう姿は、年相応で可愛らしく感じられる。大声で喜ぶシエルの様子に、食事を再開、または始めていた村人たちも何だ何だと目を向け、そして微笑ましげな笑いを浮かべている。

「なんだ、お前。まだ冒険者になること諦めてなかったのかよ。」

元々、何処かの国で騎士をしていたという老人グスタフが笑う。

「あんだけ、皆から才能無いから諦めろって言われたのによ。」

呆れながら笑っているのは、飛んでいる鳥も難なく射落とす狩人のレクス。兄であるラドルの隣で、彼をそのまま若くしただけの、そっくりな顔を並べている。

「動きも鈍くさいんだから、止めときゃいいのに。」

意地悪い顔で笑っているのは、グスタフの孫で最近冒険者ギルドに登録して動き回っているフォルス。村人たちに戦い方などを学んでいる時、上から目線でからかったり、ちょっかいをかけてきたりと、嫌味な奴だ。


シエルは、幼い頃から父親が語る冒険の話を聞き、宿に泊まる冒険者たちが話してくれる冒険の話に憧れ、冒険者になりたいと夢を描いていた。

その為に、村人たちにお願いして武器の使い方や戦い方、冒険の仕方などを教えてもらっていた。生まれた時から知っている可愛い、孫のような存在にお願いされて無碍に出来る者はおらず、彼等は立派な冒険者にしてやろうとシエルに持てる知識や技を伝授しようとした。しかし、何をやろうが、どんなに頑張ろうが、それぞれの村人たちが満足する力量に手が届くことはなく、才能無いから怪我する前に諦めなという優しい言葉と見守る生暖かな目で太鼓判を押されてしまっていた。

しまいには、近くに魔物がいようが気づく事が出来ず、獰猛な動物が目の前にいるのに何も感じないなどという母譲りの異常な程の鈍感さを指摘され、魔力を感知できなくて迷宮に潜れるわけないだろ、死にに行くようなもんだと、村人全員からの反対にあい、シエルが冒険者となって迷宮に入るという夢は、たった10歳で絶たれてしまったのである。


「やったぁ。冒険に、いっけるぅ~」

村で一緒に生まれ育った年の近い友人たちが、早い者では年下の子達が、村人たちの許可を貰って次々と森に、迷宮に入っていき、ギルドに登録してきたなどという話を、とうの昔に諦めたとはいえ心の何処かで寂しく思いながら聞いているしかなかったシエルには、アルスの言葉は、晴天の霹靂、寝耳に水、目から鱗、藪から棒!彼の支配下にある迷宮だけだとはいえ冒険に行けることが嬉しくて溜まらなかった。


ひゃっほ~い



「だけど、お前。地上に上ってくんなら何とかなるかも知れないけどな。迷宮の中には瘴気が蔓延してんだぞ?瘴気に対しての耐性とか、対抗策とか持ってんのか?」


普段ではありえないくらいに、天井知らずに上がったシエルのテンションは、アルスの言葉で撃墜されてしまった。

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