初めまして。
「えっと、は、初めまして?」
「うん。初めまして。」
ニコニコとシエルから目を放さずに笑っているグレル。
シエルは、バクバクと鳴る心臓の音を聞き、顔がガチガチに固まっているのを感じながら初めて会う兄の顔を見ていた。
二人は、グレルの作り出した透明な四角の箱の上に腰掛けて向かい合っている。
それは、水分を多く含む地面の上で立ったままなのもなんだし、と腕を振るっただけでグレルが作り上げた簡単なイスのようなものだった。
「凄い!!」
シエルは置かれた地面が歪んで見える程度で透明なそれを触って湧き上がる感動を全身で露にした。そんな妹の反応に、グレルは顔を赤く綻ばせ嬉しそうにシエルの行動を見守っていた。
「こんな簡単な結界術で喜んでくれるなんて。」
そう呟き、グレルはシエルの輝く視線の前で幾つかの魔術を使った。
シエルとグレルの間に結界を張った。
結界の中の空気から水分を集め、乾燥した空気を生み出した。
近くにあった木の、太い枝を切り落とし削り、二つのコップを作り出した。
集め、空中に固めて置いた水を煮立たせ、その中に荷物の中にしまっておいた茶葉を加えることでお茶を作り、それをコップに注いだ。
今、グレルとシエルは、イスに腰掛け、手には湯気を立てるお茶が注がれたコップを持つ、こんな森の中とは思えない様子で向かい合っていた。
緊張の面持ちで挨拶をしたシエルは、それ以上何を言っていいのか分からなかった。
グレルという名前。
魔術が得意だった。
帝都で有名な立場についている。
シエルがグレルという兄について知っているのは、それぐらいしか無かった。
「僕はグレル。今年で22になるんだ。魔術師団の第一班副長をしているよ。ずっと、シエルに会いたかったんだ。僕だけじゃない、兄さんもロゼもね。」
緊張しているシエルの様子に、グレルが先に口を開いて話しかけることにしたようだ。
「シエルが留守にしている時に村に行って、母さんにも会ったんだ。」
「うん、お母さんに聞いたよ。」
母から聞いて悩みながらも覚悟をしていた。
だけど、こんな仲介してくれそうな村人や母の居ない、村ではない場所で突然会うとは思っても見なかったシエルの緊張は大きい。
「まさか、ロゼ達と別行動している時にシエルに会えるなんて。嬉しいけど、ロゼに怒られる。」
あっ、ロゼはお姉ちゃんだからね?
そう説明してくれるグレルに、シエルはまだ会っていない兄と姉の名前がシリウスとロゼという事は知っているのだと伝えた。それだけで、嬉しそうに笑うグレルの様子に気恥ずかしさを感じながら。
「お仕事なのに、一人で行動して大丈夫なの?」
母の話では、何人もの軍人を連れて仕事のついでに村に来たのだと言っていた。そして、シエルが読んだことのある物語では軍人の単独行動は原則許されないと書いてあった。
それを思い出して、他に何を聞けばいいのか悩んでいたシエルはグレルに質問することで、話しかけることに成功した。
「慣れてるから。聞いてない?僕達が小さい頃の話とか?」
それはシエルも知っていた。
三人でそれぞれ迷宮に潜り、獲物を積み上げて成果を競い合っていたことなど村人たちが良く話をしていた。それを、ついうっかり帝都から来た冒険者に見られたことで噂がアルゲート家にまで届いてしまったのだと言うことも。だから、シエルがうっかり冒険者に右耳の後ろにある『勇者の祝福』を見られた時には「あぁ兄弟だなぁ」という声が聞かれたものだ。
聞いている、と頷いて答えたシエル。
そんなシエルに向けられたグレルの首がゆっくりと傾げられた。
「シエルは、どうしてこんな所に一人で?」
グレルが、村の外で遭遇した村人たちから聞きだした妹の話では、シエルは母に性質も力もそっくりで、無力な子だというものがあった。村人たちに過保護な程に可愛がられていると。グレルもロゼも、シリウスもその話に安堵していた。そうならば、三人のように母から引き離されることは無いだろうと。三人がアルゲートに引き取られると決まった時、才能ある三人の姿に帝都に行って外の経験を積むのもいいのでは、と村人達は止めなかった。むしろ、背中を押す気配さえあった。それは母も同じだった。寂しそうにしてはいたが、「好きにしなさい」と突き放すように見せていた。
より強くなりたいと願ったグレル達もその流れに乗ったところがあった。
アルゲート家の義両親と名乗る奴等は自分達の威光が通じたと思い込んでいるようだったが、三人は力をつけ母の下に帰り守る為に大人しく帝都に入ったのだ。
村人達に過保護なまでに可愛がられ、守られる妹ならば、母の下を離れずに済む。母を悲しませず、寂しがらせずに自分達の分まで傍にいる。
母とシエルがいる家。それが三人にとって帰るべき場所だった。
そんなシエルが、こんな迷宮の深くに一人でいる。
村に着いた時に、シエルはちょっと用事があって出掛けていると言っていた。何か感じるものもあったが、ルーカスなどの他人がいる手前詳しく聞くことは止めておいた。
けれど、今ここにはシエルとグレルの二人だけ。
グレルは、母とシエルの為なら何でも出来ると思っている。
主を見つけたというシリウスは、多分もう母やシエル、家族を最優先に考えることは出来ないだろう。はっきりと聞いたことは無いが、多分葛藤した上で主である皇太子を選ぶとグレルとロゼは考えている。
ロゼもどうだろう。
双子とはいえ、自分じゃない。ロゼの考えは分からない。
もしかしたら、ロゼも何かを見つけたのかも知れないという様子があった。
隠しているつもりのそれを察することが出来る程度には、グレルはロゼの近くにいる。
グレルはそれを寂しいと思う。
家族を守りたいと、グレルは考える。
何処まで話してもいいのかな?
シエルは頭を悩ませていた。
初めて会ったとはいえ兄で、
兄とはいえ帝都の軍人で、
魔族のことをどう思っているのかも分からない。
そんな相手に、魔女になったとか、魔族の人たちの依頼を受けて荷物を届ける仕事をしている、そんな話をしてもいいのだろうか。
シエルは心の中で、ムウロに助けを求めた。




