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キノコ

緑の光が僅かに漂う、鬱蒼とした森で覆われた紅月地区の第9階層に、シエルとムウロは居た。ジメジメと肌に纏わりつく湿気にシエルは顔を顰めながら足を進めていた。


ユーリスの牧場がある第8階層を後にした二人がこの第9階層に来たのは、新しく依頼書に増えた依頼の中にこの階層に生息しているものあったからだ。


『ラブポイズン  第7階層天人族の村  マリア』


次は何の依頼にしようかと依頼書を開いたシエル。後ろから覗き込んだユーリスが「あぁこれ」と指差したのが、この依頼だった。

「へぇ、珍しいね。今時このキノコを欲しがるなんて。」

ムウロも依頼書を覗き込み、腹と口を押さえ笑い出しそうになる自分をを抑えつけた。

「何がそんなに面白いの?」

シエルが可笑しなムウロの様子に首を傾げれば、笑いを堪えたムウロが深呼吸を一つしてシエルの疑問に答えようとした。

「ラブポイズンっていうのは、惚れ薬の材料の一つなんだよ。昔っからある薬なんだ。」

「惚れ薬!?」

本当にあるんだね、とシエルは驚いた。

「惚れ薬って、悪い女の人が男の人を横取りするのに使う薬だよね。」

「まぁ、そういう使い方もあるね。この薬は、飲むと目の前にいる相手から目が放せなくなって気になって仕方がなくなるっていうものなんだ。それで、相手のことが好きなんだって勘違いする。まぁ、効果は持って3日くらいなんだけどね。」

「じゃあ、何の為に使うの?」

長くて3日しか効果が無い薬を使って何がしたいのか、シエルは本当に分かっていない様子だった。

「さぁ?」

分かっていない様子のシエルにどう説明すればいいか分からなかったムウロは首を振ってはぐらかしておくことにした。

「これはキノコのことなんだ。黒に赤紫の斑点があるキノコで、『紅月迷宮』の第9階層で採れた。昔、この薬が流行った頃は乱獲された事もあったよ。今じゃ、もっと効果のある薬が作られたりもしたから、好き好んでこれを作ろうなんて物好きがいるなんて、ね。」

驚きだ、と笑うムウロの表情は本当に驚いているものだった。

「そういえば、最近またラブポイズンを採りに行く人がチラホラ現れ始めましたね。」

「へぇ。それは不思議だな。」

「まぁ、大半は道を見つけられなくて諦めて帰って行くんですけどね。」


道は、牛小屋の奥にあるんですよ。


牛達に追い掛け回されて第9階層に向かって行く者達のことをシエルに教えながら、ユーリスは二人を牛小屋へと案内した。牛達の呼吸の生暖かさを感じながら進んだ先に、壁に生えた取っ手があった。その取っ手の少し上には目を寄せれば読むことが出来る『第9階層へ』という文字が刻まれていた。



取っ手を回すと、取っ手以外何も無かった壁に切れ目が生まれ、一枚の戸になった。

「あれ、開かないよ?」

シエルが取っ手を持って押してみるが、戸は開かなかった。

引くのかな、と思い引いてみても戸は動かない。

「皆、そこで躓くんですよね。」

笑うユーリスがシエルに変わって取っ手を持ち、それを横に引いた。

すると、シエルが押しても引いても動かなかった戸が、スーッと滑らかな動きで動き、開いていったのだった。

「さぁ行こうって勢い良く押して進む人は顔を壁に打ち付けるし、引く人は後ろに転ぶ。見ていて中々楽しいものなんだよ?」

「まぁ、誰も横に引くなんて最初に思いつく奴はいないよね。」

ユーリスとムウロがそんな道の仕掛けに呆れながら笑っている中、ユーリスが開いた引き戸に手を伸ばし、シエルは左右に開けたり閉めたりと初めて見る戸を楽しんでいた。




ユーリスに見送られ、引き戸を潜ると、一瞬にしてジメジメとした空気に二人の全身が包まれた。牧畜たちが過ごしやすいようにとユーリスが環境を整えている場所から、湿気の多い自然の森そのものである場所に移動した事で、より一層ジメジメとした不快な感覚が際立って感じられていた。

フワフワとしながら足で踏みつけると液体が滲み出てくる地面に足をつけて開いた戸の前に立っていると、背後の戸がシエルもムウロも触れていないのに閉められた。

「開けたら閉めて下さいね」

ユーリスの声が聞こえたことで、それがユーリスがあちら側から閉めたからだと知らされた。

振り返れば、今まで戸があった背後には何も無くなっていた。戸が合ったという切れ目も無く森の風景が見えるだけになっていた。そこに道があると判別出来るものがあるとすれば、薄暗い森の色に溶け込んでしまうような窪みがあり、その窪みに触れれば見えない戸を感じることが出来るようになるということだった。


「これって、ちゃんとしてないと帰れなくなっちゃうね。」


近くにいても見失ってしまうかも知れない宙に浮かんだ窪みをシエルは心配そうに見つめていた。帰りのことを考えて、窪みに印でもつけておいた方がいいのかなと考えていた。


「まぁ、普通の冒険者だったらね。」

普通の冒険者ならば、何らかなの方法を用いて窪みや周囲に目印をつけてから先に進んでいく。そして、自分達の持つ地図にしっかりと記述を加え、確認を何度も繰り返す。

それだけ慎重に行なわなければ、一流の冒険者になど到底辿りつけないだろう。

だが、シエルにはそんなものは必要無い。

それをまだ、分かっていないシエルの様子をムウロは笑って見ていた。

シエルは迷宮の主の魔女。迷宮の中で迷子になることなどありはしないのだ。


「あ、ムウさん。アレって、ラブポイズン?」


薄暗い木々の間に何かを見つけたシエルが走り出した。

シエルの向かう先を見たムウロは、あぁそうだねと答えた。

ムウロの、人よりもよく見える目には、木々の間に生える黒に赤紫の斑点が目立つ一房のキノコが写っていた。

「これって、触っても大丈夫?」

「大丈夫だよ。触るくらいじゃ害は無いから。」

キノコの前に立ち止まり、シエルは手を伸ばす前ムウロに確認を取った。

以前、キノコは危ないものもあるから気をつけるよう、言われたことを思い出したからだった。そして、ムウロの承諾を受け、キノコを摘み取り始めた。



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