誰の為の?
《可愛らしいお菓子を特別に作らせる。それは愛だよ、愛。》
《お抱えが作った特別なもの。本命だな、それは。》
《きっと、疲れきった心を癒してくれる可愛らしい幼な妻でしょう。いいですね、私もそんな奥様が欲しいです。今以上に仕事を頑張れる気がしますよ。》
《まぁ、レイに好きな子が出来たの?お祝いは何がいいかしら?》
「皆に聞いたけど、可愛いお菓子を用意するのは恋人だって言ってるよ?」
「しぃえぇるぅ!!!」
「うわぁ、終わったぁ」
自分が思いついた予想が絶対に間違ってない。
そんな意味不明な確信を持ったシエルは、普段『遠話』を使って会話を楽しんでいる何人かの友達に問い掛けてみたのだ。すると、シエルによって糸を繋がれたムウロとユーリスの頭にも、問い掛けに答えたシエルの友人たちの声が聞こえてきた。
『遠話』を使うとは言わずにいたシエルのせいで、ムウロとユーリスは突然4人の声が聞こえ驚いた。その時、手に持っていた皿やコップを滑り落としそうになった。
確認を取ってから使うように。そうシエルに注意しようとしたムウロだったが、4人の内の1人がよく知る人物の声だと分かり、その返答の内容に凍りついた。ムウロにとって最悪な事態を巻き起こす二人の言葉に、目を手で覆い隠し、天を仰いだ。
その隣で、ユーリスも顔を引き攣らせて凍り付いている。
4人の友人たちに予想の後押しをしてもらえた。
シエルは胸を張ってムウロとユーリスを見るが、二人はシエルを見る事なく、何処か遠くを見ているようだった。
「僕、ちょっと連絡のつかないような所に行ってくるよ。」
「ちょ、ずるいですよ、ムウロ様!僕も!」
ムウロの声には力が無かった。
ムウロの体にしがみ付こうとしているユーリスの声にも力が無かった。
「いや、部下なんだから兄上が馬鹿な事をしないように止めないと。」
「そんな事言ったら、ムウロ様は弟ですよ!」
シエルは固唾を呑んで、ムウロとユーリスの何かを譲り合っている様子を見守っていた。
「シエル、姉さんと繋いでくれないかな?」
譲り合う事を止めたムウロがシエルの肩を叩き、とても綺麗な笑顔を浮かべて言った。
「ディアナちゃんに?」
「そう。兄上に何かする前に止めないと。」
落ち着きを取り戻したムウロは、二人があの言葉通りにレイに対して贈り物が贈られたり、アルスがレイにちょっかいをかけにいったり、そんなことをする前に止めればいいという考えにいたることが出来た。
《ディアナちゃん!》
シエルがディアナを呼べば、返事はすぐに来た。
《あら、シエルちゃん。どうしたの?ねぇ、レイとレイの恋人さんに贈るのは、花束がいいかしら、それともレイが用意するくらいだからお菓子が好きなのかしら。》
ウキウキとしたディアナの声が返って来た。あれからすぐに、弟へのお祝いの用意を始めていたらしく、シエルが用件を伝える前に、贈り物は何にしようかとシエルに問い掛けてきた。
ディアナの声の後ろでは、バタバタと駆け回る音が聞こえている。
《姉さん!》
《ムウロ。ねぇ、ムウロも知っていたの、レイの恋人のこと。どんな人なの?》
あれやこれやと悩んでいるディアナにムウロが声をかけるが、はしゃいでいるディアナはムウロに対しても質問を投げ掛けてきた。
《シエルのそれは、ただの予想だからね。兄上がお菓子を作らせた。それだけ。姉さんに渡したいのかも知れないじゃないか!?》
《レイは私の居場所を知らないから違うわ。》
ムウロが、ムウロやユーリスなど、レイを良く知る者たちが考えれば一番に思いつくであろう予想を口に出した。ムウロの言葉で、ディアナの上げに上がったテンションが一気に下がったことが、その声で誰もが気がついた。
《見つけたのかも知れないじゃないか。あの兄上だよ?》
《ありえないわ、絶対に。》
《でも、あの兄上だ。》
《もう、ムウロなんて嫌いよ。》
あの兄上。
そんな言葉に、ディアナは言葉を失ってしまった。その通りだと思ってしまったのだろう。ムウロに捨て台詞を吐き、ディアナは消えていった。
「でも、他の皆もそうだっていうのに…」
ムウロやユーリスは絶対に無いと言う。
けれど、シエルはまだ、納得出来ていなかった。それは、シエルよりも経験豊かな話友達が肯定しているという後押しによるものだった。
「彼らも、姉さんみたいな友達なの?」
「そうだよ。若旦那さんと庭師さん、親分さん。いっつも、色んなことを教えてくれるんだ。」
「おんまり、人の言うことをうのみにし過ぎないようにね。」
「は~い」
「レイに恋人が出来たと思ったのに…」
部屋の真ん中で、ドレスや宝石、花に御菓子、部屋中に広げられた贈り物候補たちに囲まれてディアナは困っていた。
弟の祝い事に喜び、仕事中の息子を呼び出して急いで準備を始めたというのに、その楽しい時間はすぐに終わりを告げてしまった。
「レイが恋人に夢中なら、カルロを連れてお母様に会いに行けるようになると思ったのに。」
そんな思惑もあったのだが、今の不確定な状態では息子を危険に晒すことになるだろう。そんな事はディアナは望まない。
あぁあ、と溜息を吐いた。
「あぁ、ごめんなさい。折角持ってきて貰ったのに、もう片付けて貰えないかしら。」
部屋の隅に控えていた侍女達にディアナは頭を下げた。
侍女達は、床に座りこんだまま侍女に向かって頭を下げた貴人の様子に驚き、慌てて指示通りに動き出した。侍女達は、この部屋にいる貴人の指示には何でも聞くよう指示されていた。ただ、しないだろうが彼女を部屋から出さないように、それだけは厳しく注意されていた。
部屋の中に広げられた贈り物候補たちが侍女達の手によって部屋から持ち出されていく。
「あっ、それは違うわ。」
「も、申し訳ございません。」
一人の侍女が部屋を出て行こうとするところがディアナの目に入った。
何故、彼女だけ目に入ったのか。
そう思ったが、侍女の手を見れば、彼女が部屋から持ち出そうとしていたのは古びた箱だった。それは、先程部屋に集めさせた物ではなく、元からディアナが持っていた物だった。
慌てて侍女に声をかければ、驚いた侍女がディアナの下へ手に持っていた箱を運んだ。
「ありがとう。ごめんなさいね、驚かせて。」
ディアナは侍女から返された、古びた箱を優しく撫で、その蓋を開けた。
箱の中には、鍵穴があった。




