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牧場

「ユーリスは兄上が吸血鬼にしたんだ。」

ユーリスに案内され、シエルとムウロはユーリスの家に入った。


ユーリスの家は、木で組まれた素朴で小さな家だった。

大きな窓が幾つもあり、家の中は日の光で温かく明るい。

それも、シエルにとっては吸血鬼のイメージとは間逆に感じた。


「兄上って、レイさん?」

あの兄を、知らないとはいえ"さん"付けするシエルをムウロは感心した。

ユーリスは面白そうに笑っていた。

「そう。公爵位持ちで、今は母に変わって吸血鬼族を率いている。兄上が仕切っている城にはユーリスが作った材料を使ってるんだ。」

「おかげで、レイ様に忠誠を誓っている吸血鬼の中では、僕の牧場産の食品は大人気なんだよ。公爵御用達。一種のステータスっていう感じでね。」

シエルとムウロを座るように進め、ユーリスはお茶を用意して差し出した。

その後には、お茶を置いたテーブルの上に、牧場産の商品だとハムやベーコン、肉の塊に多くの種類の野菜を並べていった。

「兄上は色々と厳しく怖い人なんだ。だから、あの人のお墨付きを貰えたって事で吸血鬼だけじゃなく、敵対している一族の爵位持ちでもユーリスの所のものを仕入れしてるんだよ。」

ムウロはコップにではなく、テーブルに置かれたハムの塊に手を伸ばした。

ハムを持ち上げると、ムウロは近くに置いてあったナイフでハムを削り、シエルにも手渡した。ハムを食べるムウロを見上げ、シエルも口に入れた。

「美味しい。」

「でしょ?」

もっと食べる?

シエルが頷くと、ムウロはまたハムにナイフを入れた。

「アルス様にも御贔屓してもらっているんだよ。よく来られて、ハムとかチーズ、あと肉の最上級の部位を買っていってくれてる。」

ユーリスが「こっちも食べてみる?」とハムを切っていたムウロに手渡したのは、シエルの顔よりも大きいチーズの塊だった。

シエルはそれに見覚えがあった。

それから、もう一度並べられた品物に目を向け、よく見てみると、その全てに見覚えのある印が焼き付けられていた。

麦藁帽子のように見える印は、よくアルスがツマミを作ってくれとジークに手渡していたものに付いていたものだった。手渡しているのも何度も見ているし、シエルはアルスからお裾分けだと分けてもらってこともあった。

「アルス叔父さんがよく家に持込してたのにも、この印があったよ。」

焼き鏝の印を指差され、ユーリスは一瞬驚いたがすぐに嬉しそうな笑顔になった。

「美味しかったから、持ってくるのを楽しみにしてたんだ。」

「それはありがとう。」

「お父さんも仕入先が分かったら取引したいって言ってた。でも、酔っ払って、聞いても教えてくれなかったんだ。」

「注文をくれれば喜んで出荷するよ。これからは、どうぞ御贔屓に。」

お父上によろしくね。ユーリスは扱っている品物を書き出した紙をシエルに渡した。

「これを見て何を頼むか考えて、連絡をくれれば用意するよ。」

「うん。お父さんに聞いてみる。」

シエルは受け取った紙を大切そうに籠にしまった。



「嬉しいなぁ。人間にも僕の作った物を食べてもらえるなんて。」


テーブルに並べていた全ての品物を、これは試食代わりに持っていってねと一つの箱にしまい込んでいった。その表情は本当に嬉しそうで、ウキウキと鼻歌まで歌っていた。


「僕は吸血鬼になる前も牧場をやっていたんだ。先祖代々やっていた牧場を受け継いだんだけど、あんまり体が丈夫じゃなくて世話もまともに出来なくてね。評判は最悪だったんだ。」

ユーリスは遠い目をして自分の過去を思い出していた。

「畑も貧弱なものしか出来ないし、動物たちも痩せて病気になるのも多かった。経営も上手くいかなくて、元々丈夫じゃない僕はどんどん体調を崩していった。それでまた、仕事が出来ない。それの繰り返しだったんだ。」

その当時を思い出したのか、ユーリスがにじみ出た涙を拭っていた。

「でも、吸血鬼になったら昼夜関係なく仕事が出来るんだ。今は昼に牧場の仕事をして、夜に畑仕事をしてる。手間隙を充分に掛けられるから良いものが作れる。」

一度目を閉じて開けた時、ユーリスの目はキラキラと輝いていた。

「力の強いレイ様が親なおかげで日の光もへっちゃら。お腹が減ったら、買い付けに来た客に割引にするから血を頂戴って言えば喜んでくれるからね。本当に吸血鬼になって良かったよ。あの時誘ってくれたレイ様には本当に感謝している。」


「…まぁ、兄上が誘った理由がアレなんだけどね。」


「それは、ちゃんと知っている上で感謝しているんです。」


ムウロが、キラキラとした目のまま腕を組んで天を仰いでいるユーリスの様子に呟いたが、それをユーリスはあっさりと受け入れて姿勢を崩さなかった。


「アレって?」

「姉さんの体にいいものを食事に使いたかったんだって。」

「何それ?」

ムウロに何度か話を聞いていて、レイという人が姉であるディアナの事が大好きだとシエルは知っていた。だから、そこには驚かなかった。でも、体にいいものという言葉は疑問が浮かんだ。

「兄上が何処からか仕入れた知識によると、多くの牧場では危なかったり、腐ったようなものを食べさせて育てている牧場もあるんだって。そんなものが姉上の口に入るだなんて!!って叫んでたよ、当時。」

「そうなの?」

「僕も知らない。あったとしても一部の程度の低い所の話だろうね。だけど、兄上は信じてた。だから、自分の思い通りになる牧場が欲しいって探して、ユーリスに目をつけたんだ。丁度、死にそうだったから良いだろうって上機嫌だったね。」


「…ディアナちゃん、それが嫌だったんじゃないの?」


シエルには経験の無いことだったが、弟にそこまで過干渉にされたら嫌なんじゃないかな、と想像しただけで背筋を振るわせた。

心の底からそう思い、素直に口に出したシエルに、一瞬顔を引き攣らせたムウロは口の前に人差し指を立てて、シーッと注意した。

ユーリスも、困ったように笑って同じように人差し指を口元に立てている。

「それは誰もが思ったことだから。今じゃ禁句。」

「聞かれたら酷い目に合わされるよ。」

「は~い」

素直に返事をしたシエルだったが、その内心では後でディアナ本人に聞いてみようと好奇心を抑えきれずにいた。




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