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吸血鬼の子供?

『焼き菓子 銀砕の迷宮・紅月地区第8階層 吸血鬼ユーリス』


シエルとムウロは、届け先に書かれている第8階層に降り立った。


「それにしてもビックリしたね。」

シエルは、狼の姿になったムウロの背中にしがみ付きながら、ドキドキと高鳴る胸を押さえて周囲を見回した。

ムウロは、そんなシエルが背中なら落ちないように気をつけながら、足を進めた。

ムウロの足元に広がっているのは水。

2人は大きな池の上にいた。

水の上を、地面の上を歩いているのと変わらない足取りで歩き、ムウロは地面の上に辿り着いた。池から少し離れた場所でムウロはシエルを降ろし、人の姿に変じた。

シエルはムウロに降ろされてすぐ、自分たちが現れた池の中央を見ている。

「まぁ、まさかって感じにはなるだろうね。父上の迷宮では多いけど。」

「そうなの?」

「父上の迷宮は遊び心が一杯だからね。」


第7階層から第8階層に移る道は、滝だった。

第7階層の中央を走る川を下って滝に飛び降り、体が落ちていくお腹の中が上へ上へと競りあがる感覚の中、飛び降りた冒険者達は空間が歪む光景に包まれ、気づいたら第8階層にある、腰までの深さがある池の真ん中に現れている。

そんな仕組みになっていた。


シエルも本来なら、ずぶ濡れになっていたところだった。

ムウロがこんな事だろうと予想をつけ、ムウロの背中に乗せられ滝を降り、池の中に出る瞬間に結界でシエルとムウロの体を包み込んでいた。

結界は、水の中に現れた二人を包み込み、水面に浮かび上がった。

そのおかげで、2人は一切水に濡れずにすんだのだ。


「変性前だと、底の見えない崖に飛び込むとか、草原のど真ん中にある一軒家の暖炉の中とか、こんなの分かるかって冒険者たちが怒り心頭になるような道があったよ。」


ちょっと面白そうだなとシエルは思い目を輝かせた。

「シエルだけだと危険だからね。」

その様子に気がついたムウロが釘を差し、シエルは「は~い」と素直な返事を返した。


池から上がり、周囲を見回す。

第8階層に移る前に地図を確認した時、第8階層は幾つかの森が点在する草原だと説明が浮かび上がった。だが、こうして実際に見てみると、元・草原だと分かった。

「うわぁ。」

所々に柵が作られ、広い範囲を囲むその柵の中には牛や豚などの食用として一般にも普及している動物が大量に放牧されている。

また、ある柵の囲いの中には、幾つもの種類や数の野菜が育てられている畑があった。

「牧場ってやつだよね。」

村でも牛などを飼っているが、こんな風に本に出てくるような牧場などなく、好き勝手に放し飼いされている。初めて見る牧場というものに、シエルは目を輝かせた。


シエルは走り出すと、柵に駆け寄り、中で自由に歩き回り牧草を食べている牛たちを見た。茶色に黒色、黒い斑点のある白色、様々な模様のある牛たちにシエルは熱中した。


「あれぇ?ムウロ様じゃないですか?」


柵に寄り掛かって見ているシエルと、そんなシエルに付き合っていたムウロに、近づいてくる草を踏む音が聞こえ、それに早々に気がついたムウロが顔を向けると、驚きの声が聞こえた。

そこでようやく誰かが来ていたことに気がついたシエルも、顔を向けた。


頭には麦藁帽子、体には薄汚れたつなぎ、足元はがっしりと重量感があるブーツ。

背はシエルより少し高く、驚いて開けている口の中で鋭く尖っている犬歯がキラリと輝きを放っている。

それがシエルの目に映った人物だった。


「やぁ、ユーリス。また大きくしたのかい、牧場。」


ムウロが手を上げて声をかけた。

それによって驚きから解放された麦藁帽子が目立つ少年ユーリスは「えぇ、そうんですよ」と満面の笑顔を顔に浮かばせた。


「シエル。彼がユーリス。250歳くらい生きている吸血鬼。迷宮の中で牧場を経営しているんだ。この牧場の収穫物は魔界でも評判なんだよ。」

そう、ムウロが紹介してくれたのだが、驚いてジロジロとユーリスを見ていたシエルの耳を右から左に通り抜けていっている。


依頼書をアルスから受け取った時、アルスは依頼主たちについて大雑把であったが、どんな者であるかをシエルに教えてくれた。

それによれば、焼き菓子を望んでいるユーリスという人は、"吸血鬼の子供"だと言っていた。それを聞いたシエルは、お菓子好きの吸血鬼の子供を想像していた。

だというのに、目の前にいて紹介された吸血鬼のユーリスは、確かに姿形は少年といってもいいが、250歳以上という年齢はシエルがどれだけ頭を悩ませようが子供とは言いがたかった。


「子供ってアルス叔父さんは言ってたよね…」

隣に立つムウロの腕をツンツンと突き、「次は、吸血鬼の子供の依頼だ」とムウロに説明して依頼書と地図を見た時も一切何も言わなかったムウロに問い質すシエル。

きっと驚くだろうと確信してワザと教えなかったムウロは、もくろみが当たったとシエルには分からないようにほくそ笑んでいた。

それを見ていたのは、ユーリスだけ。シエルの視線を独占していた彼は肩を竦めて、ムウロに苦笑して見せた。

「うん、父上は嘘は言ってないよ。彼は子供だから。」

そう言っているムウロの顔には満面の笑顔。

どういうこと?とシエルは首を傾げてムウロとユーリスを見比べた。


「ユーリスは、吸血鬼によって、人間から吸血鬼にされた、眷属とか子供とか言われいるものなんだ。だから、吸血鬼の子供だっていう父上の説明に何の間違えもないんだよ?」


シエルは驚いたが、そういう存在もいるということは本を読んで知っていた。

吸血鬼に噛まれると、吸血鬼にされる。

物語でも定番のような吸血鬼のイメージだった。


本当は、噛まれたくらいで人が吸血鬼になるわけではなく、シエルも詳しくは知らない方法で眷属にすると本には書いてあった。

そして、同じ本には「吸血鬼の眷属は、吸血鬼にとって餌であり奴隷だ」と書かれていた。だからこそ、シエルが想像していた吸血鬼の眷属というものは、陰鬱で虐げられているというイメージだった。

けれど、今目の前にいる吸血鬼の眷属だというユーリスは全然イメージと違っている。


シエルは、サンサンとした光で広大な畑を照らしている太陽を目を細めて見上げた。

それが、迷宮の中にある幻影だと分かってはいるのだが、夜の住人と言われ日の光を苦手にしている吸血鬼が太陽の下で麦藁帽子を被って畑作業や牧畜をする。

今も、麦藁帽子で顔に影を作っているが、その姿は人間が普通に畑仕事をしているように見える。その表情もニコヤカなもので、これだけの広大な牧場を経営している。どう見ても、繊細で儚い様子は無い。


シエルの中で、吸血鬼の、時に眷属に関するイメージがガラガラと崩れていった。

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