悪い子には…
青空の下、広い草原の中に座る青年がいた。
一人の少女が、目を開けたまま呆けた様子の青年に近づき、その目の前で手を降り、正気に戻ってこない青年の肩を叩いた。
「どうしたの?」
「うん?あぁ、ご飯の時間?」
「えぇ、そうよ。それで、どうしたの、ボーッとしちゃって。」
正気に戻った青年は、少女の返事を聞いて笑顔で立ち上がった。そろそろお腹が鳴りそうだったんだ、とお腹を擦りながら。
そして、少女の質問に答えながら歩み始めた。
「馬鹿犬が悪さをしようとしていたから躾をしていたんだ。」
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「なんで、父上は駄目なのかな?」
不貞腐れた様子のアルスに目を向け、ムウロは口許に手を当て考えた。今の所でしかないが、箱によって怪我を負ったのはアルスだけ。
どうしてアルスだけが、箱に拒絶されたのか。
それは、シエルも気になっていたので、シエルも同じく考え出した。
「魔族だから?」
「でも、僕は大丈夫だろ?」
大雑把な最初の予想。
でも、それは少し考えれば違うと分かる。
「そうだね。年齢?」
「それも、僕は大丈夫だったろ?」
「でも、ムウさんよりもお年寄りだよ?」
シエルの悪気のない言葉は、既に傷心中のアルスの胸に突き刺さった。
「酷い!俺はまだピチピチ現役だぞ?」
なぁムウロ。
年寄り扱いが気に食わなかったのか、睨み付けるような目付きでアルスはムウロを見た。何一つシエルの言葉を否定することの出来ないムウロは、向けられたアルスの視線から逃れた。
「…その言い方が古いと思う。」
年寄りじゃないと言えば嘘になる。
ムウロは、シエルの言葉を否定するのではなく、アルスにそれとなく言葉をかけた。
「不思議だね。」
「うん、不思議。」
あれから、再び子犬の姿になり、耳を垂らして、尻尾を丸めて、落ち込むアルスはヘクスにモフモフと毛皮を堪能されていた。
ムウロとシエルがまた顔を見合わせて首を傾げていると、ムウロごポンッと手を打った。
「あぁ、もしかして。」
シエルだけでなく、落ち込んでいたアルスも顔を上げ、ムウロに注目した。
「何、何か分かったの?」
「多分、正解だよ。」
キラキラと期待の目を向けるシエル。
ムウロは自信のある顔つきで、アルスを見た。
「なんだよ。」
機嫌の悪さが滲む声。
「父上が悪い事を考えながら触ったのがいけないんじゃないかな?」
期待しているシエルに分かるよう。ムウロは自分の考え付いたものを明かした。
「悪いこと?」
シエルには、アルスはいつも通りに見えた。
それに、シエルは、アルスが悪さをするような人ではないと感じていたから…
「じゃあ、お前はどうなんだよ。」
アルスは否定しない。
否定せずに、ムウロに問いかけることで話を自分から反らした。
「僕は別に。」
ムウロは笑顔のまま、首を振る。
「僕は純粋に会えたらいいなぁってくらいに思ってるだけだよ。」
「俺だって…」
「でも、どんな手を使っても探し出そうって、思ってたんでしょ?」
「ほんの少し思っただけだ。」
「そういうの、姫が嫌いだって知ってるくせに。」
親子の言い合いに、シエルは口を接ぐみ、両手で口を隠していた。
「アルス。もう、戻りたいのだけど?」
鍋を片付けたヘクスの声で、親子の言い合いは終わり、シエルは口を閉ざすのを止めることができた。
「あ~あぁ。わかった。」
アルスが人の姿に戻りヘクスが纏めた鍋や食器を持ち上げた。そして、ヘクスを腰に、手を回して抱き上げた。
「シエル。それ、持ってるだけで構わねぇから、持っててくれ。」
「えぇ~?」
「頼むよ。」
その泣きそうな顔で頼まれては、シエルには断ることが出来なかった。
「いいの?お母さん。」
シエルはヘクスに確認をとる。
箱を渡されたのは、ヘクスだ。
アルスは勝手に私に持っていろと言うけど、持ち主であるヘクスの判断も仰いでおかないと。
「構わないわ。私は興味がないし、グレルも無いと思うもの。」
あっさりと降りたヘクスの許し。シエルは籠の中に箱を納めた。
「次は、どんな人に会いに行くの?」
何時でも村に転移出来る、準備の整っているアルスに待ってもらい、ヘクスとシエルは仲良く話をした。
「次は、吸血鬼の子供だって。」
「あら、そうなの。気を付けてね。」
「うん。ありがとう。」
ヘクスはアルスと共に消え、シエルはムウロに声をかけて、予定通りに焼き菓子を待つ吸血鬼の子供のもとに向かい始めた。




