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『銀砕大公』

『銀砕大公』とは、魔界の覇権を奪い合う大公爵の内の一角であり、魔王の側近として勇者暦0年の人魔大戦を記す書に名を連ねている大魔族である。

見上げる程に大きな銀の巨体を風が駆け抜けるかのように走らせ、人を一呑みとする顎と毒を持つ牙、大地を抉る爪を持ち、口からは瘴気を放ち、その唸り声は空気を震わせ、その目は時間さえも凍らせた。

人魔大戦においては、人の軍勢をその牙と爪、尾を振り回してなぎ払い、駆けつけ対峙した『始まりの勇者』の仲間である『聖騎士』の足をいとも容易く噛み千切り、『銀砕大公』の周囲には打ち倒された人々、彼等の血によって赤く染まり抉られた大地が生み出された。『始まりの勇者』の妻である『聖女』が倒れた『聖騎士』の前に降り立ち、その力を持って『銀砕大公』を地に伏せさせ動きを止めたことで、『銀砕大公』との戦いは終止符となったとされる。

魔王を打ち倒した『始まりの勇者』が、それまでは交じり合っていた地上と魔界を切り離し、境界に封印を施した後は、魔界での勢力争い、覇権争いに興じ、魔界の広大な一角を治める大公爵の地位を手に入れたと、地上に現れた悪魔などによって語られている。

勇者暦200年を数える頃、勇者の施した封印が綻び、地上に手を伸ばさんと封印の隙間に扉を作り迷宮を生み出した魔族たちの中にも、その名は連なっている。

『銀砕大公』や彼の部下たちが生み出す迷宮には『銀』の名が掲げられ、その迷宮内は他の爵位もち、大公たちの迷宮とは違い、遊び心に溢れているという特徴が見られる。

他の迷宮の多くが、地上への侵略や人間という餌を手に入れようという目的に沿ったものであるのに対して、銀の名を掲げる迷宮は謎解きや迷路など、命のやり取りに関わらない罠が多数発見されている。

また、巨大な力を持つが故に封印を潜り抜けることが出来ない大公格が扉を潜り抜けるのに使う、一部の力から生み出し、その意識を宿した人型が迷宮内で冒険者に接触したという話も多く残されている。力尽きようとしている者を「お前の行動は面白かった」と褒め称え、迷宮の外へと連れ出した。人のフリをして仲間として迷宮内を冒険をした。など、『銀砕大公』が迷宮を生み出したのは地上への侵攻、人魔大戦の復讐などという他の大公たちの考えとは違い、暇つぶし、遊戯の為ととれる発言と行動を取っている。

勇者暦589年に起こった『ユーテムルの攻防戦』では、『死人大公』によって迷宮から地上に放たれた

狂った魔族の大軍の前にさらされ、壁に囲まれた王都に国民たちが立て篭もり最期を迎えようとしていた

ユーテムル王国に対し、『銀砕大公』の子の一人『灰牙伯』ムウロを遣わし、魔族の大軍を殲滅した。

「面白みのない余興は好まん。」ムウロが伝えた『銀砕大公』の言葉が残されている。




「『銀砕大公』って、この『銀砕大公』ってことですか?大公様」

アルスの名乗りを受けたシエルは、全速力で食堂を出て階段を上って部屋に帰り、机に置いてあった一冊の本を手に、再び全速力で食堂へと戻ってきた。

普段の運動不足がたたり、ゼェゼェと息を吐き出しながらボロボロの本のページを捲る。あるページを開いたシエルが、そのページに書かれている内容が見えるようにアルスに差し出し、開いたページに書かれた『銀砕大公』についての記述を指で示した。

「アルスでかまわねぇよ。

 それにしても、またぁ嬢ちゃん。古い本読んでんだな。

って、口から瘴気を放つって何か口臭みたいでヤダな・・・」

乱暴に扱えば崩れてしまいそうな本に恐る恐る顔を近づけたアルスは、その記述を読み、書かれていた内容に眉をしかめた。

シエルが腕を精一杯伸ばして本と見せようとしているが、年齢相応の身長しかないシエルと、大柄で他の冒険者と並んでも背が高いアルスでは差があり過ぎて、アルスが少し腰を屈めている。

「嬢ちゃん、13だっけ?小難しい本読んでんだな。俺んとこのガキなんて、13くらいの時には迷宮の中に落とし穴量産するくらいの脳みそしかなかったぞ?」

「そう?勉強を教えてくれてるハグロ先生が教科書代わりだって、この本をくれたんだけど?そんなに難しいかな?」

シエルを始めとする、少ないが村にいる子供たちに勉強を教えるのは、34歳という村でも若者として数えられるハグロの役目だった。ハグロは数年前に村に流れ着いてきた自称・学者で、村の外れにある家には埋めつくさんばかりの本が平積みにされている。シエルが持ってきたボロボロの本は、ハグロが勉強を教えるにあたって子供たちに教科書代わりに貸しているものの一つだった。

「まず、書いてある字が普通に使ってるやつじゃないだろ。えっらい昔に小さな国で使われてたやつだぜ、これ。日常で使ってる奴なんて、今じゃほとんどいないんじゃねぇか?」

1000年も前にあった人魔大戦にも出てくるような大魔族が、えらい昔なんて表現するくらい過去に使われていた文字だと聞いて、シエルは思わず本を見返した。

「この村のガキ共がどうも外とは違うとは思ってたが、こんなもん使った勉強してたらそりゃあ大人びるわな。ハグロも変わりもんだし。あいつ、俺が昔話するだけで酒おごってくれるんだぞ?」

その光景はシエルも見たことがあった。

夜のご飯時に食堂で手伝いをしていて、ハグロ先生とアルス様が同じテーブルでお酒を飲んでいるのを何度も見ていて、不思議な組み合わせだと首を傾げていた。


「おっと。そういえば、大丈夫かジーク。ちょっと瘴気ぶつけたぐらいで死に掛けるなんて、お前ももう年だって事か」

アルスの言葉に、ぐったりと青白い顔で壁にもたれかかっているジークの様子が見えた。部屋から本を持って帰ってきた時、ヘクスが塗れた布で汗を拭き、それに大丈夫だと腕を振っていたのを見たので、父もその内回復するだろうと思っていたが、悪化してしているようだった。

「どうしたの、大丈夫?お父さん?」

心配してシエルが近寄るが、目を少し動かしただけで、いつもの憎まれ口もない。

「嫁と娘の前だからって粋がって、人のこと犬って言いやがったから、さっき魔力を開放した時ついでにジークに瘴気ぶつけてやったのよ。

だが、昔なら避けるなり耐えれたりしたのに、鈍ったなぁ。引退して随分経つし、年は取りたくねぇなぁ、ジーク。」

悪びれもなくアルスはジークを笑った。

「うるせぇよ、犬公。」

荒い息の中で、小さく擦れた声がジークから漏れ出た。

「毒消しでいいかしら?」

薬箱からヘクスが毒消しの薬を取り出して、ジークの口に当てようとした。

「飲ませてもいいけど、効かねぇぞ?

毒消しってのは身体に影響する毒を消すもんだ。瘴気の毒は精神に影響するもんだからな。浄化の効果がある聖水しか効かねぇのよ。」

そう言って、アルスが自分の懐から水晶で出来た小瓶を取り出し、ジークに飲ませるようにとヘクスに手渡した。

「聖水持ち歩いてる魔族って何か変。」

聖水は、神殿でしか作れない対魔特化の効果があるものだ。そんなものを魔族が持っているだなんて、作った神殿もビックリするだろうなと、シエルは呆れた。

「癖みてぇなもんだよ。昔、魔族のくせに瘴気が苦手っていう奴と行動してた時があってな。ついつい、準備しちまうんだよな」

ジークに聖水を飲ませたヘクスが返してきた空の小瓶を、懐かしそうに見る。

「そういや、ジークが現役ん時も、これで助けてやったことあったな。」

「お父さんと仲良かったんだ。」

店の常連になっているのも友達だからかとシエルは思った。

だが、アルスはいやらしい笑いを浮かべてアルスを指差し、ジークの恥ずかしい過去を暴露した。

「っていうよりも、こいつが面白くて面白くて、つけ回して見てたんだよ。女の前でカッコつけた直後に落とし穴にはまるとか、大見得切った後に気絶するとか、うちのガキ共が作った分かりやすい罠全部に嵌まったのは後にも先にもこいつだけだったしな。こいつの現役時代、影でなんて呼ばれてたか知らねぇだろ。『あの不憫なやつ』だぞ?一応、それなりに腕も立ったのに。その言葉の方が有名だったんだぜ?」

娘より妻を優先しまくるものの、いざという時はカッコ良く強い父と尊敬していたのだが。アルスに聞かされたジークの過去の話によって、シエルの中にあったカッコ良く活躍していた冒険者の像がガラガラと崩れていった。




「おっ、外がお開きになったみたいだぞ。

説明させるのに、これにも書いてあるムウロを呼んどいたから問題は無いと思うが。

まぁ、あいつは誰に似たんだか真面目過ぎるから大丈夫だろうな。」




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