表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/364

魔女を思う

アイオロスの依頼を終えてから、10日が経った。シエルはムウロの協力のもと、「化粧品」「花の形の髪飾り」「鞭」をそれぞれの村に届けていった。その道中、相変わらずな勢いで罠や騒動に巻き込まれてしまったが、ムウロのおかげで怪我をせずに済んでいた。

街で買い付けてきた依頼は、あと一品。「焼き菓子」だけとなった。

それを依頼したのは、吸血鬼の子供。行き先は、変性によって取り込まれた迷宮の一つ『紅月の迷宮』、その第8階層。現在は、『紅月地区第8階層』と呼ばれる場所だった。

地図によれば、シエル達が髪飾りを届けたコボルトの村のある第7階層に、元紅月迷宮に向かう入り口が開き、そこを抜けることで紅月地区の第6階層に出ることが出来るらしい。シエルたちは、ミール村に帰ることなく、そのまま焼き菓子を届けることにした。

ムウロが魔術を用いて、焼き菓子の時間を留めてくれているが、それでも出来るだけ早く届けた方がいいよね、とシエルは考えていた。



欲しいものを届けてくれるというお届け物係シエルの存在は、迷宮に住む者たちにしっかりと受け入れられたようで、シエルの元には多くの依頼が舞い込んでいた。

その殆どが、人間の街で手に入れてきて欲しいというものだったが、中には迷宮内の異なる階層の住人から手に入れて欲しい、届けて欲しいというものまであった。

シエルの心は、ウキウキと弾んでいた。


もちろん、アイオロスやムウロに頼まれたことも忘れてはいない。

化粧品、髪飾り、鞭を届けた村や通りがかった村などで、その村の長老を始めとする住人たちに話しかけ、『魔女大公』について尋ねて回っていた。


事件は聞き込みが大切なんだよ。


推理小説で事件を解決していく警羅隊員が言ったいたというセリフを口にして胸を張ったシエルに、ムウロは思わず笑ってしまった。

そもそも、何代も前に魔界との接触を失い、地上に出ることもない迷宮の住人たちに話を聞いて手がかりが掴めるとはムウロには到底思えなかった。そんな事で見つかるのなら、とうの昔に『魔女大公』は誰かの手によって魔界に連れ去られていた筈だ。

しかし、ムウロはそんなシエルの行動をただ静かに見守り、一切口を出すことはしなかった。シエルなら、何かを探り出せるだろうなと、根拠の無い核心さえ抱いている。幼い頃に散々巻き込まれた『魔女大公』に似ているシエルなら、とムウロは何の不安もなかった。



「あんまり、話って出てこないんだね。」


紅月地区へ入った後、日も暮れたこともあり、シエルとムウロはテントを組み立て火を起こして夜営の支度を整えた。

焚き火の側に座り、シエルはコボルトの村で集めた情報をメモした紙の整理をしていた。走り書きで本人以外には読みづらくて仕方のないメモ。それらを綺麗に書き直しながら、シエルは小さくため息をついた。


「そりゃあ、まず当時を知っている者が少ないからね。」

小さな鍋を術で集めた水で満たし、それを火にかけムウロは温かいお茶を作っていた。そんな中でのシエルのため息はしっかりとムウロの耳に届き、ムウロはクスクスと笑った。

「何故か、人間たちは吸血鬼族とかの幾つかの種族を不死だと勘違いしているけど、そんな種族は存在しない。大戦を覚えているのなんて、吸血鬼や竜の長老くらいだろうね。あとは、爵位持ち。」

シエルは、大戦が本当のところ、どれだけ昔に起こった事なのか知らない。千年以上前とは本に書いてあったが、たかだか13年しか生きていないシエルには想像もつかない。

「爵位持ちは、魔王陛下から授けられた爵位に宿る力に自分が耐えられなくなるまで生きる事が出来る。それでも、魔界でも抗争が激しかったから陛下から直接爵位を賜った者はもう少なくなってるね。」

シエルがメモの束から顔を上げ、鍋で作ったお茶を二つのコップに注ぐムウロを見ていた。

「これからも顔ぶれが変わらないとはっきり言えるのは、大公たちくらい。近い内に大戦を知るものは居なくなるよ。もしかしたら、姫はそれを狙っているのかも知れないね。」

「ムウさんも死んじゃうの?」

焚き火に照らされたムウロの顔は、シエルには何だか寂しそうに見えた。

そんな顔を見て、シエルは思わず口を滑らした。その言葉に、ムウロは驚き慌てて顔を横に振った。

「えっ、いや、大丈夫。ごめん、変な事言った。少なくとも、シエルが生きている間に死ぬ予定はないよ。これでも、僕は強いからね。公爵、侯爵位も狙えるけど、あえて伯爵位にいるだけだから。」

「そうなの?」

シエルがムウロの実力に興味を示したことを見てとり、ムウロはホッと息をついた。

「父上達にも早く奪い取ってこいって常々言われてるんだよ。だけど、そんな事すると魔界の覇権争いに強制参加させられるし、色々と自由に出来なくなるからね。それに、母方の兄が公爵位、姉が侯爵位を持ってるんだ。弟の僕は分を弁えないと、ね。」

「年上の兄弟って、やっばり怖いの?」

シエルは、母からの『遠話』の連絡で村に兄と姉が来ていることを知っていた。村人たちから話だけは大量に聞いていたシエルは、初めて会う兄や姉にどう接したらいいのかと緊張していた。意地の悪いからかいが混じった村人たちに昔、兄や姉といった存在に嫌われると大変なんだぞ、と経験談を大袈裟な脚色付きで聞かされていたシエルは、兄や姉に嫌われないようにしないと、と手に汗を握っていた。

「そうでも無いけど…あぁでも、母方の兄は逆らえないね。」

シエルの緊張と覚悟に気づいていないムウロは、大戦以前に魔王こら公爵位を賜った兄レイが如何に恐ろしいかを語ってしまった。

幼い頃は何度か兄の手で命の危険に晒された事。

弟の人権など無いにも等しい暴君ぶり。

シエルは、兄や姉に会いたくないなぁ…と思い始めてしまった。そんな事、ムウロは気づく筈が無かったが、冷や汗をかいてプルプル震え始めたシエルに首を傾げ、何かやらかしてしまったのかと心配になった。


「私、もう寝るね。おやすみなさい。」


「えっ、うん。お休み。」


様子のおかしいシエル。ムウロは理由を聞こうかと考えたが、ムウロが口を開く前にシエルはテントへと駆け込んでいった。

ムウロは、脳裏に浮かぶ嫌な予感を感じたが、テントの中で本当に眠る体勢になったシエルに聞くわけにもいかず、まぁいいかと諦めることにした。

そして、シエルが忘れていったメモの束を拾い上げた。

そこには、本人に直接会ったことごあるムウロからすれば笑ってしまうような、無責任な噂レベルの情報が書かれている。

シエルが話を聞きにいく際、ムウロは遠くで待っていた。

ムウロが居ては、聞けるものも聞けまいと思っての事だったが、まさか、こんな面白い話を聞いていたとか…。


大公たちを捩じ伏せる程の強者だった。

彼女の前では、どんな種族の者でもひれ伏した。

あまりの醜さに魔王城から滅多に出てこなかった。

古竜を(しもべ)にしていた。

人間を奴隷にしていた。

魔狼を飼っていた。

魔王の力の源を勇者に渡し、その為に魔王は倒された。


「面白いなぁ。」

ムウロは笑った。

こんな話を、アルスや魔界にいる『魔女大公』を知る者たちに聞かれたら、どうなるか分からない。そんな話を平然と口にする迷宮の住人たち。

魔王や勇者、大戦は、魔族にとってもお伽噺の中の出来事になってしまったのかと、寂しさを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ