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シリウス

~帝都 皇宮~


「シリウス。」

壁に寄りかかり、窓から空を見上げていたシリウスに、声がかけられた。

その聞き慣れた声によって、シリウスは待ち人が来ていたことに気がついた。

周囲の気配に気づかない程ボゥッとしていた頭を一降りして、窓の外に向かっていた身体ごと振り替えると、そこには確かに待ち合わせていた相手がいた。


数人の近衛騎士に護られる、洗練優美な装いがしっくりと馴染むシリウスと同い年の男。この帝国の次代の皇帝、皇太子ブライアンが通路の中央にいた。


シリウスは、皇太子付きの近衛騎士。本来の日常の一幕だったなら、シリウスもブライアンを護る騎士達の中にいるのだが、今日はブライアンの命令を受け、半日程その護衛の任務から離れていた。

任務を終わらせ、皇太子としての一つの公務を終わらせたブライアンとこの場所で合流する事になっていた。任務を早くに終わらせる事が出来たシリウスは、約束の時間よりも早くにこの場所に到着し、ブライアンが来るまではと身体を休め、考え事に耽っていた。近衛騎士として醜態を晒さないように警戒を怠らないようにしていたが、何時の間にか考え事に中にどっぷりと漬かっていたようだ。普段ならば、他ごとをしていてもネズミの足音も聞き逃さないよう気を巡らせているのだが、こんなにも近くに主が近づいてきているのに、声をかけられるまで気づく事が出来なかった。


「殿下。申し訳ございません。」


見通しのよい通路だ。シリウスの気心の知れた五人という少なくはない騎士達を引き連れ、一切気配を隠そうともしていない堂々とした様子は、注意を向けていなくても注目を集めてしまう力があった。それだというのに、気づけなかった。何より、主であるブライアンに背中を向けたまま出迎えてしまったという騎士として有り得ない失態を、シリウスは心の底から反省し、頭を下げ詫びた。

「いや、かまわない。それにしても、お前が近づいても気づかないなんて。大丈夫か?」

ブライアンの声には、本当に心配をしている様子が聞き取れる。

皇太子がただの近衛騎士にかけることのない、ブライアン個人がシリウスに向ける親しみが溢れている声だった。それは、ブライアンの顔にも表れている。そして、周囲でさりげなく警戒を継続している近衛騎士達も、ブライアンと同じようにシリウスを心配する気配を滲ませていた。


「ご心配には及びません。ただ、少し考え事をしていただけですから」

「母親と妹の事をか?」


主であり、学園時代からの友人であるブライアンや、同僚の騎士達から向けられた心配に、シリウスは困ったような、嬉しいようなと複雑な思いを顔に出し、小さく笑みを浮かべた。

そんなシリウスの答えに、ブライアンは「あぁ」と安堵の声を上げた。

滅多に動揺することや遅れを取るような男ではないからこそ心配したが、それが長年想いを馳せている本当の家族についてなら別だ。

その事を、ブライアンは学生時代から知っていた。


ブライアンとシリウスの出会いは、学園に入学した時から始まった。


母の下から帝都に連れて来られた後、年齢が丁度良かったシリウスは学園に入学させられた。知識者も隠れ住む『隠遁者の村』で生まれ育ち、村の大人達から様々な教えを授けられていたシリウスからすれば、帝国や近隣諸国の王侯貴族が通うとはいえ、学園で行なわれる授業はレベルの低過ぎるものだった。自分達を親と呼べというアルゲート家での、村と違って自由の少ない貴族としての生活に少しずつストレスを重ね、周囲と馴れ合わない苛立つ様子を隠す事の無い、霹靂した日々をシリウスは送っていた。そんな彼を面白がり、巻き込むように仲間に入れ、反目しながら次第に打ち解け意気投合していったのが、皇太子やその側近候補達だった。

親友となった皇太子ブライアン。彼に付き合わされる内に、シリウスの苛立った心は鎮まり、周囲とも打ち解けていった。ブライアンによって救われたという自覚のあったシリウスは、学園卒業の際に皇太子に忠誠を誓い、皇太子直属の騎士となった。学生時代から轟かすその実力によって、多くの機関から誘いがあったシリウスだったが、絶対に村に帰るという幼い頃から願い続けていた想いを捨ててまで、皇太子だけを主君と仰ぐと多くの人々の前で宣言した。

すでに帝国最強の名を欲しいままに、近隣諸国にも轟かせ、幾つモノ逸話を生み出していたシリウス。そんな彼の忠誠を得たとして、まだ不安定だったブライアンの皇太子としての立場は確固としてものになっていった。


シリウスは、皇太子を始めとする友人達に、全てを話していた。

生まれ育った村の事。母の事。そして、年の離れた異父妹の事。

だからこそ、今回降されたミール村への派兵の任務について、ブライアンはシリウスの頼みはすんなりと聞き入れ、その指示によってグレルとロゼに任命されることが出来たのだった。


「そろそろ、彼等は会っている頃かな?」


頼みたい事があります。

数日前、そう言ってシリウスに頭を下げられたブライアンは、笑顔で兄であるシリウスに礼を言いながら、出立の挨拶をしていた魔術師団の双子の顔を思い浮かべた。

「そうですね。」

弟妹に言われ、シリウスが頭を悩ませながら母や会った事の無い妹に手紙を書いていたこともブライアンや同僚たちは知っている。人付き合いがあまり得意ではないシリウスが、お土産に何を持っていこうかと弟妹に相談され、ブライアンや同僚に女性が好む贈り物について聞いていた。その事もあって、彼等はシリウスの頭を今占めている者が何なのかすぐに分かってしまった。


滅多に他人が見ることが出来ない双子が浮かべる満面の笑顔を見送ってから数日。

街から村に向かったという連絡はきていた。

実力のある彼等なら順調に迷宮を進み、今頃は第五階層にあるというミール村に辿り着けているだろう。久しぶりの母親と再会し、そして初めて見る異父妹と挨拶を交わしている頃か。


「お前は本当に良かったのか?許可は出したというのに。」


ブライアンは首を傾げて、シリウスに尋ねた。

それは騎士達も同じ考えのようで、気遣わしげな気配が彼等を包み込んでいる。

「私まで行けば、アルゲート家が黙ってはいませんから。」

何度も説明しているにも関わらず、同じことを言って気遣う彼等に苦笑を浮かべ、シリウスは同じ説明を繰り返す。


シリウスと双子の弟妹を帝都に連れて来た上、自分たちの実子のように書類を作成したアルゲート家当主夫妻。夫妻は兄弟たちが思う存分村で発揮していた才能を聞きつけ、ほとんど脅すように三人を母の下を離れさせた。双子が生まれた頃に死んだ父親の兄だというアルゲート家当主は、これからは夫妻を両親と思え、村のことなど忘れろ、そう言って村から持ってきた荷物の全てを捨て去った。村の事、母の事を少しでも話せば厳しい叱責を飛ばした。

彼等が言う事を聞かなければ、母がどうなってもいいのか、と囁いてきた。

その頃から年齢以上の実力を誇っていたシリウス、グレル、ロゼの三人だったが、まだ子供だった。母に危害が向かわないように、アルゲートに関わる全てを消し去る方法を思いつけなかった。大人しく従い、力と地位を手に入れ、何時の日にかアルゲート家に絶望をもたらそうと彼らは誓い合った。


「だが、初めて妹に会える機会だったんだろう?」

父親の違う妹の存在を知ったのは、学生時代の休みの日。友人達と共に街に繰り出したシリウスが村から買出しに来ていた顔見知りの村人と再会し、色々な話を聞き出したからだった。

何時か会いたい。帰りたい。という思いが吹き上がったが、その頃にはシリウスには終生の忠誠を誓おうと決めた主ブライアンを見つけていたし、アルゲートに対する復讐も終わってはいなかった。村から出てきた顔見知り達から母の事と妹の事を聞き出すことで郷愁の思いを押さえ込んだ。街中で、一見すると只の庶民を捕まえて話を聞き出している様子は友人でもある同僚達にも、国中に放った影から報告を受けたブライアンも知っている。その後でのシリウスや双子の上機嫌な様子に、彼等三兄妹が、どれだけ母や妹に会いたがっていたのかもよく知っているのだ。

「今回でなくとも、会う機会は何時でも作れますから。」

今回は弟妹達に機会を譲ったが、次の機会があれば弟妹達を蹴落としてでもシリウスが向かうと決意しているし、機会が無いのなら作ってしまえばいいとさえ思っている。

今回、グレルが村に着いたら、転移の術を設置すると行っていた。それがあれば、近衛騎士として皇太子の傍を長く離れられないシリウスも村に行けるようになるだろう。シリウスは、弟妹の魔術の腕前を誰よりも信じていた。出来るというのなら、絶対に出来るだろう。

「それにしても、お前たちの妹か。興味深いな」

天才の名を欲しいままにするシリウス、グレル、ロゼの三兄弟。

そんな三人を産み育てた母親にも、妹にも興味が沸いて仕方が無い。

「殿下。」

話を聞く限り、幼い心に心配の種の尽きなかった母に似ている所がある妹。そんな妹を、騒ぎが好きで学生時代にはあらゆる騒動を起こし、自ら巻き込まれていたブライアンを合わせることにシリウスの胸には不安しか浮かばない。ブライアンに振り回されるだろう妹も心配だし、妹が起こすであろう騒動に巻き込まれることになるだろうブライアンも心配だ。

「冗談だよ、冗談。」

「冗談でも許される事ではありませんよ。知っているのでしょう、もう。」

笑って手を振っているブライアンだが、安心は出来ない。


「だが、本当に一度会ってみたいものだ。」


ブライアンの目に宿っている光を、シリウスは見逃さない。

何か騒ぎを起こそうとしている目だ。学生時代に見慣れ、大人しくし始めていた最近では見る事が少なかったものだった。

もう、こうなってしまうと止めることは難しい。

「妹は、村の住人達に過保護な程に可愛がられているようですから。下手な事をすれば大変なことになりますよ。」

一応、忠告は入れておく。

けれど、どうせ何を言っても、こうなっては止まらない。ならば、シリウスが全力で護ればいいだけだ、妹も主も。シリウスは腹を括った。

自分だけでは手が足りないのなら、ブライアンを支える為に各部署で影響力を築き始めている友人たちがいる。妹の為ならば、グレルとロゼも全力を尽くすだろう。


そうならば、母も帝都に招くのもいい。

家族水入らずで、数日過ごすのもいいな。


シリウスは笑みを浮かべた。

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