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ヘクス

「グレル。ロゼ。」


村人達が集まり、双子をもみくちゃにしながら騒いでいる広場に、ヘクスはジークと手を繋がれ出ていった。集まった村人たちの真ん中から覗いているのは、記憶の中に思い出せる姿よりも随分と大きくなった、グレルとロゼの顔。

立ち止まり躊躇っていると、ヘクスはジークに背中を押された。

それに後押しされ、ヘクスは双子の名前を口にした。

小さな声だった。

しかし、その声は村人達の大きな声の中心にいたというのに、グレルとロゼに届いたようだった。双子は村人たちの中から頭を出し、ヘクスをその二人の、青の目と暗紫の目で捕らえた。


「「母さん!」」


満面の笑みを浮かべて、グレルとロゼはヘクスの下に駆け寄った。

そして、覚えているよりも小さくなったヘクスの体に抱きつき、その腕に力を込めた。

ヘクスの体が小さくなったのではなく、グレルとロゼが成長し大人になり、魔術師団とはいえ適度に鍛えた身体になった事でそう感じているだけだった。

二人はそんな事を気にもしていない。

ただ、7歳の時に別れたきりになっていた母親に会えた事を喜んでいた。


「母さん、母さん。」

グレルが自分よりも小さくなったヘクスの身体を抱き締める。涙が滲んでいるとグレルだけが知っている顔をヘクスの肩に埋もれさせて隠す。

「元気そうで良かった。あぁ、本当に兄さんも来れたら良かったのに。」

ロゼは正面から抱き締めるグレルを避け、ヘクスの背中から寄り添った。

そして、アルゲート家に余計な事をさせない為に帝都に残った兄を想った。


ヘクスを抱き締めたまま、グレルは身体の横に腕を伸ばし、二・三回縦に振る。

すると、伸ばされた腕の指先の近くに、縦に割れた穴が出来た。空中にパックリと、鋏で切られた布のように空いた真っ暗な穴。

グレルはその穴に躊躇いなど感じさせずに手を突っ込んだ。

「これ、母さんとシエルにお土産なんだ。」

穴の中から引きずり出されてくる、本に服、包装された袋の数々、食べ物まであった。

何時までも止まる事のないグレルの作業。

次々に出てくる品物の数々に、遠巻きにしていた村人たちは面白そうに笑い、村人たちよりも遠くから見ていたグレルとロゼの部下達は、はぁと顔を引き攣らせている。

その中で一際、大きな荷物を所持している部下は頭を抱えていた。


「何だ、あの魔術。どれだけ物を入れておけるんだ。」

「あんな術があるんなら、俺達にも使わせてくれればいいのに。」

「何も持ってないのは不思議に思ってたんだよ。こんな手を使ってたとは」

「あれがあれば、色々と変わるぞ。」

「だが、グレルがあれを渡してくれると思うか?」


「これは王都でも有名なお菓子なの。」

「こっちはね…」


部下達の愚痴や注目に一切興味を示さず、グレルとロゼは地面に積み上げられたお土産の数々をヘクスに説明していく。それらは、時折村の外に出掛けることのある村人たちでさえ知っている店の名前が多かった。それらを詳しく知っている部下たちからは、その品物の値段や貴重性を思い浮かべて驚愕の声が聞こえてきた。


「大変だったでしょ?」


持ってきたこと、購入したこと。

その全てに向けてヘクスが素直に思ったことを口にした。

「そんな事ないよ。色々とあって資金には困らなかったし、コネが必要だったのも何とかなったし。あぁ、でも運んでくる方法は考えてなかったから、急いでこの術を創ったんだよ?」

「そう。帝都を出る前日に気づいたのよ。馬鹿でしょ?」

前日になって、部屋に溜め込んだ贈り物の数々を前に、ロゼが運ぶ手段をどうしようと思い出し、グレルが徹夜で居空間に荷物をしまうという術を編み出した。

出立する直前になるまで、荷物を居空間にしまう作業をしていた。その様子をシリウスに見られ、しっかりと説教されてしまった。

その事も笑いながらヘクスに伝える。

そして、シリウスに書かせた手紙をヘクスに手渡した。

ヘクスは、珍しい柔らかな笑みをグレルとロゼにだけ見せた。その姿に、グレルとロゼもより一層笑みを深めた。

「こっちはシエルに渡そうと思ったものよ。シエルは何時帰ってくるのかな。」

「早く会いたいよ。」

そんな二人の言葉にヘクスはホッと息をついた。

そして、早くシエルが帰ってきたらいいのにと思った。


「ヘクス。」


知らない声に名前を呼ばれ、ヘクスは顔を上げた。

そこにいたのは、人垣を掻き分けて近寄ってきたルーカスだった。

ヘクスは、その顔に何か見覚えがあった。けれど、彼が誰だったか思い出せない。

「久しぶりだね、ヘクス。元気そうで安心したよ。」

そう言われても、思い浮かんでこない。

首を傾げるヘクスに、ルーカスは苦笑を浮かべた。

覚えられていないことに覚悟はあったが、本当にそうだと分かると寂しく思えてくる。

グレルとロゼは、ルーカスとヘクスの関係を知っているのだが、不機嫌な表情でヘクスの後ろからルーカスを睨みつけ、ヘクスに説明してくれるつもりはないようだ。


「ルーカスだ。ディクス家の…」

ディクス家。

その名前で、ヘクスは目を見開いた。

それは一瞬の事で、すぐに無表情に戻っていった。そして、その家名を聞いた後に小さくルーカスの名前を呟き、記憶の中から幼い頃に会った彼の事を引き摺り上げた。

「あぁ。」

淡白過ぎる、納得の声がヘクスから零れた。

「えっ!それだけ?」

「そうだよ。顔を見るのも嫌なら、すぐに排除出来るよ?」

帝都で知ったヘクスの過去を考え、きっと嫌がったり怖がったりするだろうと思っていた。そんな反応を少しでも見せれば、ルーカスに向けて攻撃する準備は整えていたのだ。けれど、ヘクスは少し驚いただけで後は淡々とした反応しかしなかった。

「でも、良い人だったから。」

ロゼとグレルからの文句に、ヘクスは困り顔になる。記憶の中から思い出したルーカスは、10歳になるかならないかだったヘクスの命の恩人のような人だった。彼がいなければ、ヘクスは多分このミール村に来ることもなかっただろう。

「良い人?」

「えぇ、ご飯をくれたもの。」

「はぁ?」

良い人って何だと聞いてきたロゼに、ヘクスは素直に答える。それはヘクスにとって普通の当たり前のことで、嬉しかった事だから。

けれど、そのヘクスの返事にはロゼもグレルも、そして周囲で聞いていた全員が首を傾げて理解に苦しんだ。ご飯をくれるってどういう状況だったのか。

「ヘクス。」

良い人と呼ばれるとは思っても見なかったルーカスも驚き、困り顔でヘクスに注意していたが、そんな返事が出てくるとは思っても見なかった。


「ヘクス。食い物くれたから良い人ってのは、ちょっと…」

母と子の再会を邪魔してはならないと考え、少し離れた場所にいたジークもヘクスに近づき、ルーカスに警戒したままヘクスに注意した。

最近は落ち着いてきたと思っていたが、やはりシエルの母親だと感想を持ち、苦笑いを零した村人たちは多い。

「そうかしら?」

「そうだよ。…それで、ディクス家の人間がヘクスに何のようだ?」

ヘクスの生まれたのがディクスという貴族の家である事と、ヘクスがあまり好んではいない家であることは知っていたジークは、ルーカスに警戒を露にする。

「渡したいものがあってね。」

ルーカスが己の荷物から小さな小箱を取り出し、ヘクスに手渡した。

「今度、ディクス家の別荘を一つ取り壊すことになった。そこを整理して見つかった。お前の両親が残したものだよ。」

ヘクスは小箱の蓋を開けた。その動きに、躊躇などはない。ただ、淡々と変わらない様子で小箱の中を覗いた。

「鍵?」

小箱の中に入っていたのは、小さな鍵。

古びたその鍵を、ヘクスは少しだけ覚えていた。

「父が母の形見と言っていたものね。秘密の場所に入る為のものだったかしら?」

物心ついた頃には母は居なかった。居たのは、年老いた父だけ。その父も6歳の頃に死に、ヘクスの生活はそれまでのものから一変してしまった。そのせいで忘れていたが、この小さな鍵は父から大切にしろと言われていたもので間違えなかった。


「なんか、不思議な力を持っている鍵だね。」


グレルが感じたことのない魔力が鍵に宿っていることに気づいた。

それは、とても心地よく、引き寄せられる感じがした。

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