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黒幕は母。実行犯は・・・

本日三話目。

「ごめん。これ頼めるかな。」


ふいに、シエルに笑顔を向けていた青年が表情を消して、睨みつけるように食堂の窓の外、村の広場や入り口に顔を向けた。

あまりに突然な変貌と行動に、シエルが驚き後ずさりしたが青年はシエルに目を向けることはなく、ただ真っ直ぐに外を睨みつけている。

目を逸らすことなく、青年は手にしていたコップをシエルに突き出し、シエルが慌ててそれを受け取ると空いた手で腰に下げていた武器に手を添えた。


シエルが青年から目を逸らし、食堂の中を見回した。

すると、物音一つ立てることなくうな垂れていたりした客の冒険者たちも、力が篭る目で青年と同じ窓の外を睨みつけ、いつの間にか椅子から立ち上がっていた。手にはそれぞれの武器が握られている。

いつも通りといった感じに、無駄話をしたり食事をしたりしていた村人たちも、椅子に腰掛けたままではあるが、シエルが普段見慣れている笑顔を消し去り目を窓の外に向けていた。


「えっ?何か・・・」


「君達はここに隠れていてくれ。」

シエルには感じ取れない何かを察しているらしい青年達は、シエルの疑問に答えることなく素早い動きで食堂を後にしていく。


「ん~あの坊やたちでどうにかなると思うか?」

「相手が本気なら無理じゃろ?」

「わし等も行くか。」

好奇心旺盛な村人たちも椅子から腰を浮かせたり、チラチラとシエルに視線を送ったりと、すでに心は冒険者たちの向かった外へと着いていっている。

シエルは、そんなご老体たちに呆れた視線を注いでいたが、孫のように可愛いシエルの視線を受けても我慢がついに限界となった彼等はそそくさと外へと出て行った。

「まったく。何なのかしら、おじいちゃんたち。」

「お前ってヘクス似だよな、本当に。」

未だに外に何があるのか、冒険者や村人たちが何で外に向かったのか、全然気づかないシエルは窓から外を覗こうと、ほとんどの人がいなくなったテーブルの合間に足を進めた。残っているのは興味なさげに食事を続けている村で只一人の薬師であるオババや、朝っぱらからテーブルの上に酒瓶を並べて飲んだくれている常連の男くらいだった。

そんなシエルの腕を、厨房から足を引きずりながら出てきたジークが掴んで窓に近づくのを止めさせた。

「お前、こんな分かりやすいのを気づかないって、どうなのよ。

 冒険者になりたいってたっけ?

 無理だな。無理無理。」

シエルの腕を掴んでいない反対側の手には、ジークが現役の頃に使っていたとシエルに教えていた剣が握られていた。厨房の壁に記念として飾られていたものだった。

ここでようやく、シエルは外で今危険なことが起こっているのかと思い至った。

ジークはシエルの腕を引っ張りシエルを窓から遠ざけ、自分の体を盾にするように窓とシエルの間に置いた。何だかんだと言いながらも、一応は娘を守る気がちゃんとある父親ではあるのだ。だから、シエルも父を嫌うことはない。

「格の高い魔族が、気配を隠す気も無しに堂々と御出座しなんだぞ?

それを感じ取れないって、冒険者どころか人間としてもよぉ・・・」

「そんなのが来ているの、外に?」

冒険者になりたいと幼い頃から言う度に、鼻で笑ってきた父親の説教が久しぶりに始まろうという気配を感じて、シエルはジークの言葉をさえぎった。

「多分、銀砕大公の使いってやつだろ?説明しに来たんじゃないのか、迷宮について。」

「そういえば、説明役を寄越すって言っていたわね。」

厨房からヘクスが顔を出した。

すると、ヘクスの声を聞いた途端にジークはそれまでの娘を守る立ち位置をあっさりと捨ててヘクスの隣に戻ってしまう。

「ヘクス。危ないから厨房の中にいろって言ったじゃないか。」

「黙って。」

「母さん。行かなくて良くなって嬉しい。ありがとう。

 だから、一体、どうやったのかくらい教えてよ。」

父が母に時も場合も関係なくイチャつこうとして、母に拒絶される。それでも諦めない父。シエルの家では何時でも起こる光景が始まろうとしている様子に、これが始まったら長いんだよなぁとシエルは疑問を解消しようと、二人の間に割り込んだ。

行けないんだからしょうがないよねっという母の理論を受け入れたシエルは、もう帝都に行くなんて考えは無い。元々行きたくも無かったのだから嬉しい限りだ。それをヘクスに伝えて御礼を言う。そして、ヘクスがどうやって迷宮を動かすなんて前代未聞な事を起こせたのか、その方法を尋ねた。

「・・・あれ。溜まりに溜まったツケを回収する代わりに。」

シエルの問いかけに答えてヘクスが指差したのは、テーブルに突っ伏している飲んだくれの常連客の男。村に住んでいるわけでも、冒険者でもなく、何処に住んでいるかも不明だが毎日のように食堂で酒を飲んでいる謎の男だった。

「いつもの酔っ払いのおじさんが?」

毎日、宿屋の手伝いをしているが、酔っ払っている所しか見たことがない男がどうして迷宮を動かす方法になるのか。

信じられないとシエルが母に目で訴えれば、ヘクスは隣に立つジークへと視線を送った。

「ヘクスが娘に疑われて心を痛めてんだ。さっさと起きて挨拶しろ、犬公。」

ヘクスに頼られたジークはにこやかな笑みを浮かべると、手に持っていた剣を勢いよく酔っ払いの男の、テーブルに突っ伏して丸まっている背中へと投げつけた。

「えっ、ちょっと危ない!!」

ジークが勢いをつけようと剣を持った腕を振り上げるのを見て、シエルが声を上げたがニヤニヤと笑うジークはそんな声も聞き入れるわけもなく。剣は迷いなく、男の背中に向かっていく。


「あぁ、何すんだよ。人が一仕事終えていい気分で酒飲んでんのによぉ。」


「うそ。」

酔っ払いの男が、銀の頭をガリガリと掻きボサボサにしながら起き上がり、酒のせいで赤らめた顔を背後に、シエルたちの方向に向けてきた。

ジークが投げつけた剣はすでに空中に無く、男の背中を貫くことなく床に転がっている。シエルには、男が声を出す直前に、突然床に叩き落されたように見えた。けれど、叩き落されたといっても剣は何にも触れてはいなかった。


「シエル。これが、『銀砕大公』本人。迷宮を広げた人よ。」


ヘクスが男を指差して言った言葉も衝撃的だった。

でも、それ以上に立ち上がってシエルたちにフラフラと酔っ払い特有の歩きで近づいてくる男から感じられる気配、重圧が苦しくて、シエルは自分の心臓の音が耳元で聞こえるような気がした。ビリビリと肌が震えて、どんなに息を吸い込もうと肺に入っていかないような感じがする。

「シエル?どうしたの?」

「ん~ヘクスよりは嬢ちゃんの方がマシみたいだな。」

「何をしているの、アルス?」

口を開く事も出来ないでいるシエルに声をかけても返事は無く、ヘクスは原因であろう『銀砕大公』へと矛先を変えた。

ヘクスの隣ではジークが壁に手を置き、それを支えに何とか立ち、全身に汗を流し浅く早い呼吸を繰り返していたが、ヘクスは目を寄越すこともなく、ただ目の前にいる『銀砕大公』の顔を見上げていた。

「ちょっと、魔力抑えるのを止めてみただけだって。瘴気とかは出してないから危険はねぇよ。にしても、本当に鈍感だなお前。娘もってことは遺伝なんだよなぁ。」


顎に手をやり、己の目線から頭が二つ三つ程下にあるヘクスを観察する。どう見ても人間なんだよなぁと呟きながら、もう片方の手を宙でパタパタ振り、空中の見えない何かを霧散させていった。

すると、シエルが感じていた重圧が消え、周囲に岩を置かれていたみたいに雁字搦めにされていた身体に自由が戻った。思うように出来ていなかった呼吸を思う存分に吐き出した。




「初めましてでいいよな。話するのは初めてだし。

 俺は魔界の大公『銀砕』。名前はアルスってんだよ。よろしくな。」

シエルの頭を片手で持てるくらいに大きくてゴツゴツとした手で、アルスがシエルの頭をグリグリと撫で上げた。



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