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探し求めた人

 さぁさぁ、まもなく開演の時間です。本日は我らが麗しの女王陛下の御意向により…。


 通りを抜けてシエル達が人々が集まり賑わいを見せる広場に到着したまさにその時、ピエロが雑踏の中でもよく響き、よく広がる歌うような声で、人々の注目を劇場へと集めようとしていた。

 今日は良き日であると、その歓びを民達と分かち合いたいという、彼等が愛して止まない、崇拝しているともいえる女王アウディーレからの思し召し。それによって劇場を無料で人々に解放される。

 広場の一角に築かれている劇場は、女王のお膝元で国内で最も裕福な暮らしを送っている王都の住人達でさえ、そう頻繁には通うことの出来ない金額が必要となる。国で一番の、女王の御前で演じることも多い演劇。それが無料で誰でもが観る事が出来るとあって、広場に元々集まってきていた人々のみならず、風よりも早くに口から口へと流れていった話を聞きつけた人々までもが駆けつけ、劇場の前だけでなく広場全体が酷い混雑、そして劇場の入り口へと向かう流れが生み出した。

「すげぇな…」

「この中にもしも居たとしても簡単には見つけられないかも知れないね」

 興味津々にルザーツはその光景を見回し、ムウロは雑多な匂いが混ざり合った状態に鋭敏に研ぎ澄ませていた鼻を摘んだ。

「俺が先に、劇場の方を見て来るか?」

 自ら協力を進み出たルザーツはそう申し出て、この流れが行き着く先である劇場の入り口へと空を飛んで向かっていった。空中を飛んで前方へと移動する様に、順番を守れ、と騒ぎが起こらない。これもそれも、ルザーツがゴーストで姿を見せないようにしたから他ならない。


「あっ…あれ」

 我先にと劇場に入っていく流れの向こう側に、ルザーツが流れの行き着く劇場の入り口へと向かってすぐに、探し人の姿をシエルは発見した。周囲の怒涛と呼ぶに相応しい人の流れなど、まるであってないものと認識しているかのように、その人は悠然とシエル達だけをその目に映して立っていた。

「お姉ちゃん!」

 決して背が高いわけでもない、ごく普通の同年代の女性とさして変わらない体型をした彼女は、流れにのる多くの人達に混じる男達が目の前を通り過ぎれば、その姿をすっぼりとシエルから見えなくさせてしまう。細切れの姿しか見えていない筈なのだ、本当は。なのにシエルには、彼女が絵に描かれた姿を見ている気にさせる、そんな微笑みを浮かべている様子をはっきりと理解させ、見つめ続けざるを得ないと思わせてくる。


「お姉ちゃん?」


 にっこり。シエルの声が聞こえたのだろうか、悠然と立ったままのロゼは笑った。

 人の流れは落ち着きを見せ始めていた。それはあまりにも多くの人がなだれ込もうとした為に、劇場の主要人数が限界を迎えたことを意味していたのだが、そんな事を再会を果たした姉ロゼに意識の全てを奪われているシエルには関係なく、考え至ることもない。

 人の動きは完全に止まったが、彼等の体はただ劇場の入り口に向かったまま。本来ならば、ここに違和感を覚える筈なのだが、シエルの意識は完全にロゼのものだった。

「お姉ちゃん?」

 劇場に入れないというのなら、普通ならば仕方無いと諦めて、各々に劇場以外の場所へと立ち去っていくものだろう。だが、人々はまるで彫像がそこに立ち並び置かれているだけだと言わんばかりに、立ち去ることも、他に何かをする訳でもなく、ただ劇場の入り口へと体を向けてその場に立ち続けている。

 流れがある内には、その先に存在しているロゼに近づくことを躊躇っていたシエルも、彼女が移動もせずに自分を見続けているという事実を突きつけられていることもあり、その人々の隙間の少ない列を潜り抜けて近づこうと心に決めた。

「シエル」

 勿論、前に進もうとしたシエルを、手を繋いでいたムウロは止めた。シエルの手を掴む自分の手に、決して離さないという力を込めて。

「でも…」

 あそこにお姉ちゃんが居るんだよ、と。目を離した瞬間にロゼが何処かに消えてしまうかもという不安もあって、シエルは目を逸らすことが出来なかった。


「えっ?」


 確かに、シエルを絶対に離さないと、ムウロはその細く非力な手を折ってしまわぬようにと注意しながらではあるが、力を込めて掴んでいた。

 だというのに、止められたシエルが戸惑いながら「でも」と口にした瞬間、シエルを制止しながら目を向けたロゼと目があった瞬間、ムウロが意識していない内にその手に込められた力が緩まった。緩み僅かに隙間が出来てしまったムウロの手の中から、シエルの手がすっぽりと抜け出したしまった。

 今にも駆け出そうとしていたまま、ムウロの手によって強制的に止められていたシエルの体は前屈みになっていた。

 その止める力が突然、何の前触れもなく失われた事で、シエルは自分で意識していないままに立ち並ぶ人垣の中に潜っていく事になってしまった。


「シエル!!」


 倒れこむような体勢で人垣の中に入っていったシエルを、シリウスは間髪入れずに追いかける。シエルの小柄な体なら難なく入り込んでいけた人垣の隙間も、細身とはいえ鍛えた大人の体であるシリウスには滑り込ませるのも一苦労。それでも本当に彫像のようにその場に立ち竦み、何の反応を示すこともなくただ其処に存在するだけの人々に分け入り、シリウスは下の妹シエルを追って、上の妹ロゼへと近づいていった。


「っシエル!?」


 一方、一瞬その直後だけは自分の仕出かしてしまった、勿論意図した訳でも何でもない、自分でも混乱するしかない出来事に呆けていたムウロも、すぐにそれらの思考を後回しにする決定を下して正気に戻り、目の前から消えてしまったシエルを追おうと足を前に踏み進めようとした。


「『駄目よ、坊や』」

 だが、ムウロのそれは背後から腕、足、腰、身体のありとあらゆる場所を掴まれることで、止められてしまった。両腕を握り潰さんばかりに掴んだのは、屈強な肉体を持つ男達。足にしがみ付いたのは、幼い少年少女。お腹、背中、と腕一本でも触れる場所があるなら、と周囲に存在した彫像のような人々が突然動き、ムウロの身体・服を鷲掴みにしていく。

 そして、そんな人々の力尽くの制止の中、背後の、腰に華奢な腕を回して力いっぱい引きとめようとしている少女から出たその声は、聞き覚えのある化物アウディーレのものだった。

「『せっかくの兄弟の感動の再会ですもの。部外者が邪魔をしてはいけないわ。分かるでしょう、私も貴方も、最愛の兄弟を持つ身ですもの』」


 私も、弟と再会出来る時が来たのなら、邪魔する何者をも容赦出来るか自信が無いの。


 王都の住人の一人である少女の身体を借りて、うっとりと自分の考えを好き勝手に語っていくアウディーレに、ムウロは眉を顰めた。

 そして、シエルが居たのならば絶対にしない、出来ない対処を実行した。


 ムウロが右腕を振った。

 すると右腕を力任せに掴んでいた屈強な体型の男の身体が宙に飛ぶ。宙に飛んでもムウロの腕を離そうとはしなかった屈強な男だったが、そのまま左腕を掴む男へと向かって振り下ろされ、受身も回避する様子も見せずにぶつかり合った男達は真っ赤な血を地面に落とし、その上に僅かに遅れて転がることとなった。 

 足にしがみ付くのは、十歳になるかならないかの男の子と女の子。二人に何らかの関係があるかどうかは分からないし、ムウロには関係の無い事だった。ムウロはただ、足を大きく蹴り上げて子供の身体を宙に浮かせ、地面に叩きつけるだけ。片足が終われば、もう片方も。

「『まぁ酷い』」

 罪も無い人達だというのに、と腰に手を回す少女の口から漏れ出たアウディーレの声は、僅かに笑っているように聞こえた。

「別に僕は優しくは無いからね」

 アウディーレの声をその口から漏らす少女など、自由になった手でお腹に触れた少女の手を、シエルにした気遣いなど一切無い、人ではない身から発揮される力の限りを持って掴めばいいだけのこと。

 肉が裂け骨が砕ける音が周囲に重く響こうと、ムウロの足下に赤い水溜りが生まれようと、ムウロには何の意味も無い。ただ、シエルには見せられない光景だな、とまるで他人事のように苦笑を漏らす程度でしか無かった。

 それでもまだ、ムウロのこの対処は優しいものだった。

 近くにシエルが居る、もしかしたら聞こえているかも、見えてしまうかも、という事を配慮した上でのものだった。やろうと思えばムウロにはまだ、母から教わった魔術もあったのだから。

「無駄な時間だった」

 早くシエルを追わないと。

 シエルとシリウスが消えてしまった先に向かおうとしたムウロだったが、そこにまた、アウディーレの声がかかった。

 地面に放り投げられた少女は確かに意識は無い状態だというのに、その口からはただアウディーレの声だけが漏れ出ていた。

「『行っても足手纏いになるのでは無くて、坊や?彼女の前で、貴方は何の役にも立てないでしょう?』」

 さっきみたいに。


 ムウロは足を止め、自分の手を見た。

 シエルを止めていた自分の手。ムウロの考えでは確かにシエルを止めると掴んでいたというのに、何故かその意思に反して力を勝手に抜いた自分の手。


「どういうこと?」


「『ふふっふふふふっ』」

 アウディーレは答えず、ただ笑うだけだった。


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