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似ているからの貸し借り

困ります!いけません!!

おい、何をやっている。あぁ、その方なら別に大丈夫だ。


久方ぶりの、最愛の姉との二人きりの静かな時間を過ごしていたレイの耳に、届かなくとも構わない、そんな部屋の外での喧騒の音が聞こえてきた。

十分過ぎる程の守りを敷いて、外の喧騒など聞こえないよう徹底したというのに。

とはいえ、レイには立場がある。

最愛の姉との時間を何よりも優先したくとも、母より任された一族を率いるという役目が。レイの血がそれから逃れることを許しはしない。

この部屋へと接触しようという動きがあれば、それがレイに伝わるようにと、術には練り込まれていた。

部屋の扉を開け、中に入ろうという試みがあれば、すぐに気づくことが出来るように。


…この声は…。


本来ならば、その気配に気づき音を耳にした瞬間に、何が起こったのか、と部屋の外に出て聞くべきだったのだが。

レイの耳に届いた音、その一端を担っている男の声に、レイはあっさりと無視することを決め込むことに決めた。レイにとって、その男の声は鬼門でしか無いからだ。

最愛の姉との時間を何よりも尊びたい、という思いもあったレイ。その音を一切無視することに決め、ただ姉の姿、姉の声、姉の一喜一憂を漏らすものかという意識に集中して、やり過ごそうと決めた。


「…あら、何かしら?」


だが、レイにしか届かないように護りによって成されている筈の音は、ディアナの耳にも届いてしまった。

声の持ち主である男の持つ特殊な事情によって、護りの術に一切阻まれることなく閉ざされている扉は開け放たれる寸前。そうなれば、護りは完璧とは言い難い状態に陥り、ディアナの耳にもその男の声は届いてしまったのだ。

この城で何よりも厳重な護りの術も意味を成さず、部屋に出向くまでの間に立ち塞がる筈の侍女や兵達も力のある古参になればなるほど、顔をよく見知っている男を止めることはない。

レイの顔が珍しく、苦渋に満ちてしまっている中、興味津々に首を傾げるディアナの注目を受けながら、部屋の扉は開け放たれた。


「よ!レイ!邪魔するぞ!」


身分も何も関係ない。此処が何処なのかも知らないような振る舞いで、友人の家に遊びにきた子供のように明るく手を上げて、その男は部屋へと入ってきた。

「あら、ルザーツ。久しぶりね。元気にしていた?」

「お久しぶりです、ディアナさん。俺は元気ですよ。昔から変わらず風邪一つ引かずに、ピンピンしてます」

お前はもう死んでいるだろ、というツッコミを入れる存在がこの場に居ない。

ディアナはただ、それは良かったわ、と微笑むだけ。レイは突然現れ、至福の時間を邪魔した友人に歯をギリリと鳴らして睨みつけていた。


「…なんの用だ、ルザーツ。くだらん用事なら容赦はせんぞ!」


「ムウロの頼まれ事任されたんだよ。で、一応お前の承諾を貰っておこうと思ってな?」

「ムウロ?」

「あら、ムウロということはシエルちゃんも関わることなのかしら?」

ルザーツの口から出た弟の名に、レイの目が、親友ルザーツディアナだからこそ分かる程度ではあるが緩まった。

「正解ですよ、ディアナさん。なぁ、レイ。今、お前の部屋に寄ってきたんだけどな。これ、お嬢ちゃんが必要だっていうから借りていくな」

「何?」

ルザーツが手に持ったまま、レイから見えるように前に突き出したのは、大きな白い袋。

ルザーツの体の半分程はあろうかというその袋は大きく膨らみ、中に物が大量に詰められていることを知らしめていた。








半透明で足の膝から先が空気に溶け込むように消えているゴースト、ルザーツは携えていた白い大きな袋をシエルの目の前に下ろすと、親友の弟であるムウロに笑顔のまま愚痴を溢す。


「たくっ、お前ら兄弟は本当に人使いが粗いよな」


「ありがとう。感謝しているよ、昔からルザーツには」

「さっきの頼んでいたのは、ルザーツさんだったの?」

「ルザーツか。懐かしい顔じゃないか。ということは、それの中身はディアナの子供時分のものか」

四人の中でこのゴーストの事を知らぬのはシリウスだけ。他の三人の好意的な様子にそれほど驚くことも、警戒することもなく、三人にかわって周囲への警戒を続けていた。

彼を呼び出した張本人であり愚痴を向けられたムウロは感謝の言葉を告げながら、その手はすでに袋の口を大きく広げ、中に入った目当てのものに目を配る。

こっそりと連絡をとっていた相手がルザーツだったこと、そう時間も経たずにやってきたこと、それぞれに驚いたシエルは「疲れた疲れた、あぁ疲れた」とワザとらしく肩を鳴らす動作をしているルザーツを見上げていた。

元は半吸血鬼という迫害を受ける立場に生まれ、今では竜であるユーリアが吹けば消え去るような存在でしかないルザーツを昔から見知っているユーリアは、彼がレイの親友という立場に唯一在ることも理解した上で、ムウロが頼んだという袋の中身を完璧に推測してみせた。

「ディアナちゃんの?」

ごそごそと袋の中を確認しているムウロの手元をシエルは覗き込んだ。

「そうそう。ムウロに頼まれたから、超特急で取って持ってきたんだよ。レイの部屋から」


「シエルと姉さんは似ているからね。その姉さんのものなら気に入るだろうし、似合うと思ったんだよ」

少なくともユーリアの持ち物よりはシエルも気に入るだろうと、そう考えた上での妙案。

それが、ディアナの幼い頃に身に纏っていたドレスや装飾品を借りることだった。

「ディアナちゃんが子供の頃…って凄く昔だよね?」

少なく言っても、人には気の遠くなる程に昔である大戦よりも前の頃の話だ。その頃に身に纏っていた持ち物が残っていたということに、まずシエルは驚いた。

「シエル。あの兄上をシエルだって何度も見ているだろ?あの兄上が、姉さんの物を一つ足りとも捨てると思う?」


「…うん。なんだか分かった」

呆れるでも、苦笑でも、嫌悪している訳でもない、何処か遠い目をしたムウロの問いかけに、ディアナとレイの姉弟が揃った場面に何度も遭遇しているシエルは納得するしかなかった。

「レイの部屋が気持ち悪い事になっているのは、魔界では有名な話よ」

『麗猛公爵』であり吸血鬼族を率いる男をそこまで率直に言い表せるのは、彼よりも立場も実力も年齢も上である数少ない一人、今この場で言えば『大公』位を持つユーリアくらいと言うもの。

いや、弟であっても堂々とそれを口には出来ないムウロを差し置いて、それを簡単に笑って吐き捨てる男が居る。

「そうそう。あいつの部屋って本当に気持ち悪いんだぜ?何度も入ってるが。その対象がディアナで、そういう対象としてのものじゃなくて手を絶対に出さないっていう確信がなけりゃあ、何としてでも刺し違えねばって使命感が湧いてくるくらいだ」

半吸血鬼という、吸血鬼から蔑まれ迫害の浮世を味わう存在に生まれつきながら、『夜麗大公ははおや』の命令から始まったとはいえ、友人関係、親友と言うしかない関係をレイと築き続けていられるルザーツは、歯に衣着せぬ言葉を口にする。


「弟である僕でも、滅多に入る事を許されない部屋なんだけど。本当、何でルザーツが兄上に殺されずに済んでいるのか不思議だよ」

「折角持ってきてやったのに、その言い方。やっぱり兄弟だな」

本当に謎だと呟き、ルザーツの口先を尖らせ渋面にさせたムウロが、ハッと何かに気づき袋を覗いていた顔を上げた。


「まさか。兄上に無断で持ってきた、ってことは無いよね?」


そんな事だとしたら、憤怒を撒き散らしたレイが何を仕出かすか分かったものではない。気に入られた上にディアナの大切な友人であるシエルはまだ助かる可能性はあるが、弟であるムウロもただでは済まない。


「安心しな。ちゃんと、あいつにも借りるって言ってきたよ。本来の持ち主でもあるディアナさんにも許可を貰ったんだ。大丈夫、大丈夫」


ふわっという軽い動きで伸ばされたルザーツの手が、袋の中から一着のドレスを持ち上げた。

淡いクリーム色で、胸元にはキラキラと細かい水晶が散りばめられ、スカート部分二重三重に艶のある布が重なって広がっている、華やかでいて可愛らしいドレス。

「借りるって言ったら、別に使わないのだから貰って頂戴、だってよ」

レイの奴は凄い顔してたけどな、とルザーツはあははっと豪快に笑いながら、そのドレスをシエルへと手渡した。







「なんでも。着るか着ないかって言ったら着ないように持ち込むつもりだけど、一度着るか、手元に無いと事が円滑に進みそうにない状況にあるから。姉さんのドレスを借りてきてくれ。って事らしいんですよ」

私の部屋から今度は何を持ち出した、とこれまた珍しく額に青筋を浮かび上がらせたレイに、ルザーツは悪びれる様子を見せることなく袋の中身を広げて見せた。

そして、ムウロからきた頼み事という連絡の内容を簡潔に纏め上げ、「っていうことだから、いいだろ?」と断られないことを前提として承諾を求めたのだ。

「…だが…」

レイとしては、ディアナの友人であるシエルを気に入ってはいる。ディアナとの再会をもたらしてくれたという恩もある。

だが、大切に保管してきた最愛の姉の持ち物、レイにとってはその一枚一枚、一つ一つに大切な思い出があるのだ。容易に貸すという判断を下すことは難しい。

思い悩んだレイは、ハッと表情を輝かせ、ある提案をルザーツに吐き出した。

「ルージュのものも、城の何処かにある筈だ!そちらを使えば…」

「いや、ルージュちゃんとお嬢ちゃんだとタイプ全然違うし。ルージュちゃんは小さい頃から色気のある綺麗系だったから。お嬢ちゃんがそんなの着たら、似合わな過ぎて見てられない状況だぞ?」

ルザーツも慣れたもので、レイの提案をあっさりと棄却してみせた。

「あら、いいじゃないの。シエルちゃんが私の服を使ってくれるのなら、大歓迎よ。どうせもう使うことは無いのだし。貸すなんて言わずに、お古で良かったらプレゼントしたいわ」

長年にかけて保管してきたとはいえ、それの本来の持ち主であるディアナに言われてしまえば、レイには従う他に道は無かった。



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