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身嗜みはしっかりと

好意から勝手に盛り上がり鼻息荒くなっていった人垣の中から差し出される品々は勢いを留まることを知らず、段々と数を増やしていった。


淡い紅色から、空の青色などの、かわいい少女達が好むだろうフワフワとしたドレス。

これはシエルの人となりを商売人の目で見て取った結果としてのものだったのだろう、色とりどりに一番多く差し出されたドレスがこれだった。

その他にも、汚れ一つなく触ることも恐ろしくなる真っ白なドレス。

ヘクスやシエル、シリウスの髪の色そのものの真っ黒な、大人の落ち着きと色気を出そうというドレス。

ドレスだけではない。

高さの様々なヒールに、様々なデザインのブーツ。

色とりどりの、真珠や青玉などの宝石が様々な数に大きさ、デザインの首飾り、耳飾、指輪、髪飾り。

帽子やストール、化粧品を掲げている手も一つや二つではない。


「け、結構です!!」


「まぁ、遠慮をするだなんて。流石は陛下にお招きして頂ける方ね!」

「しっかりとしたお嬢さんだ!気に入った、これも使ってくれ!!」


それぞれお薦めの品を掲げながら囲みを解こうという素振りは一切見せない王都の住人達は、すっかりと萎縮し拒絶の意思を叫ぶシエルの言葉を受け止めてはくれない。

逆に、その態度と断りを心根の良い娘だと褒め称え、ますます掲げられた品物が増えていく始末。

始めはシエルに受け取って貰おうという品物ばかりだった中に、段々と長身なユーリアに似合うドレスや靴などの小物、シリウスやムウロそれぞれに似合うだろうと服や靴、男物の装飾品が、混ざり始めた。


「面倒臭いこと」


これが悪意に塗れたものならば、人垣を崩す為に排除することは簡単だ。ユーリアにしてもムウロにしても、人であるシリウスにだってその程度のことを成す実力がある。

ただ、これは完全な好意からのものだった。目をキラキラと輝かせ、顔には誰も彼も笑顔を宿し、なんの見返りもなく受け取って欲しいというだけの、純然なる好意。

魔族であるユーリアやムウロにとって、それはあまり重視するような事柄ではない。だが此処には今、シエルが居る。それを考えるとまずムウロがイラつく気持ちを抑えて、この状況は甘んじているかのように動かない。関係ないと切り捨て、排除に踏み出すかとムウロが考え制止する為に様子を見ていたユーリアも、溜息一つをついて動こうとはしない様子を見せた。

シエルへの配慮の為だったのか、それともシエル達がアウディーレ王国に入った理由を思い出して、自制したのか。

ここで無駄に騒ぎを犯して、四人の目的である人探しをし辛い状況に陥ることはなるべく避けた方が良かった。いくらアウディーレの支配下にあるとはいえ、大量の怪我人、悪くて死者が出る事態を引き起こせば、大きな騒ぎは避けられない。


「適当に貰って置けば…」

チラリと目を向けてきたユーリアに、シエルは首を必死になって横に振った。

「いい!いらないよ!」

「あら、そう?くれるのというのだから、貰っておくのも手ではない?」

「いいの!何だか全部、高そうなんだもん。あんなの貰っても使えないし、ただ部屋に置いておくのも怖いよ!」

人々が差し出しているのは、年頃といわずと身を飾る事に少しでも興味がある女ならば喜びそうな、大々的に喜ばないまでも見ているだけで幸せな気分になれる物ばかり。

それを無料で手に入るという状況にあって、少しでも目を輝かせたり、揺らいだりする様子を僅かに見せることもなく、必死になって拒絶するシエルを見下ろすユーリアの目には物珍しさに笑う色が生まれていた。

「怖い、ねぇ。私には無い感覚だわ、面白い、そして興味深いこと。お前やアルス、他の者達が興味を引かれるのも分かるわね」

シエルから面白そうに歪む目を離すことなく、その言葉はムウロへと向かっていた。


「我等、竜が抱える宝を欲しがってばかりが人間と思っている部下の多くにあわせたら、なにやら面白いことになりそうだな」


ユーリアが率いている竜はそれぞれの嗜好にあった宝を抱え込み、なにがあっても手放さない、護りぬく性質を持つ。

地上に住む竜、迷宮の中に住んでいる竜達の中には、人間によって倒され宝を奪われたという経験を味わった事がある者も多いし、そういった逸話は数多く残されている。その為、竜は人を嫌悪する種族の筆頭に数えられる事が多く、竜族を率いているユーリアは然程でもなく人と変わらずに関わることも出来るのだが、側近に数えられる高位の竜にも人と出会ったのならば容赦なく殺してしまうような憎悪を抱くものがいる。

そんな彼等に、欲も何もなく、逆に怖いからと本心から倦厭する様子を見せたシエルを見せたらどうなるのか。今抱えている馬鹿息子と嫁の問題を終わらせた後の楽しみを、ユーリアは見つけた。


「あぁ、そうか。よい事を思いついた」

己が種族の者達を思い浮かべ、考え付いた企み事をほくそ笑んだユーリアは、ある妙案を思いつく。

そして、その笑みをそのままに、絶えず間もなく各々の手に掲げる品物を薦め続けている人垣に向かって、彼等が放つ声に負けることのない声を張り上げた。


「女王に会う支度ならば自分達で整えがある。我等はそれらを必要とはしておらん!」


人垣から立ち上り続けていた声という声が、ユーリアのその声によって掻き消されピタリと止まり、それ以降再び品々を薦める為の声が上がることは無かった。

紹介する声は上がらなかったが、それ以外の声を止めるには及ばなかった。いや、しばらくの間はユーリアの言葉と大声によって呆気に取られ、一言もなく静かではあった。


「『支度がある?まぁ、何処に?どんなものなのかしら?』」

「そうだ、あんたら手ぶらじゃねぇか?」

「そんな格好で陛下の前に行くなんて、そんな非礼をしようってんなら俺達が許さねぇぞ!?」


だが、再び聞き覚えのある女の声が無音の人垣の中から飛び出たと思えば、それに先導されて多くの声がぽつりぽつりと出てくる。

先程の好意に溢れた声ではなく、ほんの僅かにしろ怒りや悪意が秘められた声だ。


「…さて、私の城にある宝の中にはドレスもあるし、飾りも揃っている。それを着せて、納得させるか」


ユーリアの妙案に、またシエルは首を横に振ろうとしたが、他に何か良い案があるのか?というユーリアの問い掛けに息を詰まらせることとなった。


「貴女のものでは、シエルには大き過ぎる」

着ようとしても無理ではないのか、どうしろうと顔色を変えて悩んだシエルの頭を一撫でしたシリウスが口を挟む。

長身のユーリアと小柄なシエルでは、年の頃によるものだけではない違いがあり過ぎる。

「それに、ユーリア様の好き好むものがシエルに合うとは限らないし」

ムウロも妙案に対してツッコミを入れた。

その後で、それならば、という言葉もつけられた。

「それなら、僕が手配した方がシエルにも合うと思うよ」


「えっ?着なきゃいけないの?」


助け舟を出してくれたと思ったムウロの中では、人々を諦めさせる為にシエルがドレスを着たり着飾ることが決まっていたらしく、色やデザイン、大きさなどでぴったりなものを用意すると言い出した。

「そうでもなければ、この人垣をどうにも出来ないしね。あの女に会わずに帰るにしても、まずはこの人垣をどうにか退かしないと探し始めも出来ない」

「そ、そうだけど…」

ムウロの言い分に一応は納得することが出来たシエルだったが、それでもドレスというものを纏うには勇気が必要だった。

汚したり、破いたりしたら、どうしよう。

不安が過ぎって仕方無い。

「大丈夫、大丈夫。良いものがあるんだ」

にっこりと満面の笑みになったムウロが、ちょっと失礼と言いながら、くるりと背を向けるとなにやらゴソゴソと動いた。

うん。

そうそう。

そういうこと。

頼むね?

そんな小さな声が漏れ聞こえてくる。相槌を打ったりしている事と、少しだけ覗き見た様子から、誰かに通信の魔具を用いて連絡を取っていることが分かった。


ついでに兄上のも持ってきてくれたら助かるんだけど。


その返事を待つことなかった。ムウロはそれだけを言い捨てると背を向けていた身体をくるりと回転させて、笑顔をそのままに「もうすぐ来るよ」とだけ言った。





それは本当に、「もうすぐ」の時間しか経たなかった。


「はいは~い。呼ばれて飛び出て、お届けものだよ~」

ふわり、と。

音もなく、気配もなく、滲み出る染みのように、その人は現れた。

手には大きな白い袋が吊られ、その人自身もシエル達の上空に浮かんでいた。

「…ルザーツさん?」

「よ、お嬢ちゃん。まったく、兄貴そっくりな人使いの荒さだ」

やれやれと肩を竦めて笑うその人は、身体の向こう側の景色が少しだけ透けて見えるゴースト。

ムウロの母の迷宮『夜麗の迷宮』にてシエルが知り合った、ルザーツだった。



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