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女王陛下の御為に

いいなぁ。

羨ましい。

私達もいつかは…。


シエル達の周りには人垣が築かれた。

人垣を築く人々の目には、老若男女、皆一様に羨むような憧れのような輝きが宿っている。

その口々には、女王アウディーレの客人として招かれている立場のシエル達への、羨みの言葉ばかりが溢れでている。


「ちょっと、怖い」


人垣は減ることなく、周囲の人々全てを取り込んでいき、段々と大きくなっていった。

小柄で身長の低いシエルからはもう、頭上の青空が僅かに見える程度にしか、人垣以外の光景を見ることが出来なくなっている。

シエルよりも幼い子供‐中には立っているのもやっとな幼子まで大人達の足下から顔を覗かせている‐から、屈強なあらくれ者のような男達までの数えきれないほどの目を向けられて囲まれている状況は、そこに悪意が不自然な程に一切含まれていないといっても、ただ恐怖だけをもたらすだけだった。

そう、悪意は無いのだ。

人の悪意を感じることをあまり得意としてはいないシエルであっても、不自然、気味が悪いと思ってしまう程に、辺りには好意的な空気が満ちている。その言葉や目の輝きに羨む色がはっきりと含まれているというのに、だ。


「此処はあの化け物が支配している国だからね。『勇者の欠片』を悪意をもって利用した初めての人間が、あのアウディーレなんだよ」


あの女の恐ろしいところはそれだけではないけど。

そう言い置きながらも、ムウロは好意の注目を向けてくる周囲への警戒を露に絶やさずにしながら、シエルへと説明した。

大戦の後に世界へと放たれた、人々の暮らしと命を闇に属する存在から護るために遺された、勇者の慈悲、勇者と聖女による底無しの慈しみ。

それが『勇者の欠片』だった。

世界中に飛び散った『勇者の欠片』は、それを持つに相応しい資質を持つ者への宿ったり、大戦の後に生まれた命と共に世界へと姿を現した。

大戦を生き抜き『欠片』を宿すこととなった人々は確かに、その資質というものを持っていたのだろう、力無き人々を護るために惜しみ無く、その力を奮い続けた。『勇者』の意思を掲げ、彼と聖女の子供が神聖皇帝として立った神聖皇国も、そんな彼らへの援助を惜しむことなく、彼らが人の世の柵によって行動を妨げられないようにと庇護を与えた。

『欠片』をもって生まれた赤子達も同じことで、家族が望むのならば一家全員を国内に招き、その暮らしを保証もした。そのおかげか、成長した赤子達も自分が生まれ背負った使命を嘆くことなく、貫いてみせた。


「そんな中でただ一人、アウディーレだけは仲間達の、神聖皇国が予想もしていなかった動きを見せた。それが、この国」


仲間達からも離れ、自分の国へとアウディーレは籠った。そして、仲間達が大戦からの復興を進めるという忙殺の日々に一息いれることが出来た頃には、その異変はすっかりと王国の全てを覆いつくしていた。


「女王となったアウディーレだけを讃え、アウディーレだけを妄信する国。そもそも、アウディーレが『勇者の欠片』を宿していたことも、『勇者』の仲間達は知らなかった」


仲間達にも知らせぬように、国に篭り、宿した『目』の力をもってして、他者の視線、それに付随する意識を支配してみせ、自分以外を魅力的に思えないように、自分以外を尊敬しないよう、好意を向けぬよう、従ったりしないようにと仕向ける。

そうやって完成したのが、この国。

それまでの名前を廃して、自分の名前を国の名にしたのも同じ頃。

「それ以来ずっと、この国は他国から隔絶し続け、アウディーレという名前の女王だけを国民全体で慕い続けている。勿論、神聖皇国を始めとする多くの国々が何とかしようと何度も試みはしたらしいけど。『勇者』のすぐ傍でその力の真価を見続けてきたアウディーレを出し抜ける者はいなかったんだって」

魔界の地が作られ、地からある魔族達が迷宮を作り始めた頃、早々に力の大半を封じる形で地上へと出歩き始めたムウロは、そんなアウディーレ王国と神聖皇国の攻防などを何度も遭遇し、その都度興味深く観察していた。その為に他の魔族よりは詳しいよ、と真剣に説明を聞いてくれるシエルに種明かしをしてみせた。


「『勇者』の仲間という経験があった上に、持っていたのが『目』だからね。どうしようも出来なくて時間が経てば経つ程、アウディーレの『目』の力は強まっていくし精度は高まっていった。貪欲な程に成長し続けた。世代が変わって『欠片』を持つ者が変われば、経験は失われて、力も弱まってしまうから。勝てないのはまぁ、しょうがないことではあったんだよ」


それに、と。

真剣に聞いてくるシエルが居ることで少し得意げになって説明をしていたムウロの声が、そこに含む音を変えた。


「アウディーレは化物。それはね、僕だけじゃないく父上やユーリア様達『大公』位を持っている方々も、神聖皇国のお歴々も、その事実を知っている存在は全員思っていることなんだ」


「…人間なのに、とっても長生きだから?」

じゃないの、とシエルが口にしたのは、それを聞いた時から不思議だなと思っていたこと。

アウディーレは人間なのは確からしい。だというのに魔族でも死んでしまうような大戦の前から生き続けているという、しかも若い姿を保ったまま。

だが、シエルのその解答は首を横に振ったムウロによって否定された。

「まぁ、それも化物といえば化物だけど。あの女の他にもそれを成し遂げている人は居るからね。違うんだ。あの女が化物と嫌悪されているのは」


わぁ!!!

ムウロが口にしようとしたその言葉は、周囲の人垣から巻き起こった歓声によって、完全に打ち消された。

「『あら、でも。私達にも女王陛下を喜んで頂ける手伝いが出来るじゃない!』」

誇らしげな女の声が高らかにあがり、それに反応した人々が巻き起こした一斉の大歓声。

それは特に『耳』を意識していなかったシエルの、それでも普通の人よりは耳がいい筈の耳に、ムウロの口から飛び出そうとした言葉を完全に押し殺してしまったのだ


「…わざとか」

クスリと零したユーリアの言葉さえも、その大歓声は圧倒していた。

「あの声は…」

ただ、ユーリアのすぐ隣に居たシリウスには少しだけユーリアのその言葉が届いていた。そして、シリウス自身も大歓声を誘発した女の声がすぐ最近に聞き覚えのあるものであると気づいていた。


「びっくりした!?」

純粋に驚いた様子のシエルが、わぁという歓声が治まることを知らずに上がり続けている周囲に目を配ると、歓声を上げる彼等もパッとシエル達へと向けて、特にシエルへと向けてきた。


「陛下にお会いするのなら、可愛らしく着飾らないと!!」


人垣から声を張り出しながら飛び出てきた身奇麗な女が手に掲げていたのは、ストロベリーピンクが可愛らしい、フリルがたっぷりと使われているドレス。

あまり畏まったものではなく、ドレスの裾から足首が望む程までという、動きやすさも重視したものだ。


「じゃあ、足下はこれなんてどうだ!?」


人垣の中で、上空に向けて突き出されたくたびれた男の手には、渋い茶色のブーツ。


「首にはこれを飾りましょう!」

「いや、こっちだ!」

「あら、それよりもこれじゃない?」


人垣から幾つもの、可愛らしいデザインの、品質のよい高価なものが差し出されていく。


「「「女王陛下に喜んでもらわなければ!!!」」」


その勢いは止まることなく、ただ強まっていくだけだった。

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