女王陛下のお客様
久方ぶりの、この城に仕えている者達の大半にとっては初めて、客人をもてなす宴という事態。荘厳な佇まいを見せている王城の中では今、上から下にと大忙しに準備を進めていた。
「陛下、こちらはどのように致しましょうか?」
「そうねぇ。こうしておいて頂戴」
「お食事の際のお飲み物については…」
「そうねぇ」
ちょっとした祭のような賑わいのその中心には、女王アウディーレの姿がある。
飾りつけから料理の内容など、乞われるがままに指示を与えていく。
カツンッ
優雅に足を組んで椅子に腰をかけるアウディーレの周りを、あっちへこっちへと侍女達が動き回っている光景。
その中にそぐわない足音が割って入った。
硬く高いその足音は迷うことなく、真っ直ぐに背中を向けているアウディーレへと近づいていった。
「これは何の騒ぎ?」
「いらっしゃい。可愛らしいお客さんをおもてなしする準備よ?」
背中を向けたまま、振り返ることもなくアウディーレは、声を掛けてきた背後の人物に言葉を返す。その声は親しげなもので、背後から近づいてきたそれに驚いた様子も微塵に見せなかった。
アウディーレは『目』を持つ。その為、例え自身の視界から外れた背後であろうとも、その全てを見逃す事はない。それ故の余裕という態度が、その声から溢れ出ていた。
「客?お前のところに?それは奇特なものも居るものね」
それに対して返した背後の存在もまた、アウディーレに対する気安さが滲み出た軽口を吐く。
鼻で笑う音が振り返らないアウディーレの耳にも届く。
「そうだわ。良かったら、参加していかない?」
「どういうこと?」
そこでようやく、アウディーレは腰掛けていた椅子から立ち上がり、くるりとそれを振り返った。
突然のその行動にも驚くことなく、それは冷静にアウディーレに発言の意味を問うた。
「貴女も参加してくれるのなら、きっと楽しいと思うの」
だが、その問い掛けに対してアウディーレがはっきりとした返答をすることはなかった。
「そうね。そうしましょう」
「ちょっと聞いているの?」
「ふふふ。鏡よ鏡。きっと楽しいことになるわ」
それの声が冷たいものとなって飛んでこようと、アウディーレは答えることはなかった。
その目はただ、この場所には無い彼女の『鏡』へと向かっている。
「化物め」
「私が化物というのなら、貴女は一体何だというの?」
小さな小さな、吐き捨てるような呟きにだけ、アウディーレは反応を示した。
ただそう思ったから、というだけの何の感情も宿していない呟き。
それに対するアウディーレの言葉にも、何の感情も含まれてはいなかった。
「同じよ。願いの為に突き進む、私も貴女も。だからこそ、私達は友達でしょう?」
クスクスと。
アウディーレの笑い声が、忙しく何人もの侍女達が動きまわっている空間に、際立つように響いた。
「『目』のおかげ?」
「そうだろうね。あの化物の『目』なら、こんなこと簡単だろうね」
健脚の足取りで数分の歩みでアウディーレ王国の王都へと辿り着いたシエル達が目にしたのは、帝都や他の国々の大きな都市とそう代わり映えのない、人々が行き交い活気に満ちた街並みだった。
アウディーレ王国は固く閉ざされ、他国との交流の一切が行われていない国である。
が、シエルが目にした王都の街並み、並ぶ建物、人々の服装、目に見える全てはあまり他国と大きく違っているということはない。
通りに面した店先で売っているものの殆ども同じで、シエルよりも見識が広く流行りにも敏いムウロ達に言わせると、今まさに帝都や遠い異国で人々の興味を引いている物まで、盛んに売り買いされていた。
「『目』の力で世界中を見通せるからね。自分が気に入ったものを、この国でも作らせることなんて簡単だよ」
「製法を秘匿されているものでも、簡単に再現可能だ」
「…何か実感がこもっておるの、シリウス」
店先に並んだ商品を一つ持ち上げ、それがとある国の少女達の間で熱狂的な支持を受けているものだと聞かされたシエルに、ムウロは色々と話を付け加える。
それに言葉を挟んだシリウスのそれは何処か実感のようなものが含まれていた。ユーリアがそれを指摘してみせると、シリウスはすっと目を全員から逸らして、指摘への返答を無言で拒む。
「まさか、皇太子様?」
もしかして、とシエルは一応付け加えてはみたものの、シリウスのすぐ傍に存在する『目』を持っている主君ならば、と思えてしまう。
そんなシエルの言葉にも、シリウスは無言で目を逸らすだけだった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん達?」
可愛らしい少女向けの小物を売っている店先で立ち止まっていたシエルへと、一人の子供が声を投げ掛けた。
10歳にも満たない子供は腕をシエルの腕へと伸ばそうとしていたようだが、それは自然な動きで身体を挟みいれたムウロによって阻まれ、声を掛けるだけに留まった。
「女王様の御客様って、お姉ちゃん達だよね?」
キラキラと無邪気に笑って、子供は尋ねる。
「そうだが。何用だ?」
黄金の目に浮かばせた強い威圧を子供へと突き刺し、ユーリアが聞き返す。
『大公』位にある大魔族の威圧に、ただの子供が耐えられず筈もなく。ヒッと息を飲んだ子供の顔からは血の気が引き真っ白に染め上がった。
そんな状態ではユーリアの問いに答えるなど、考えることにも及ばない。
「あれぇ!皆聞いたかい!?やっぱり、この人らが陛下の御客様だってよ!!」
蛇に睨まれた蛙という状態に陥ってしまった子供を助けたのは、ムウロとシリウスに庇われる位置にいたシエルでもなく、威圧する張本人でもなく、近くの服を扱っている店から顔を出していた中年の女だった。
何処から声を出しているのだろうという大声で、はしゃぎながら周囲へと声を掛けていく。
恰幅のある中年の女の声によって、それまでも何かと気づいていたシエル達への注目がより一層、この周囲一帯の目と言う目が集まってきたといわざるを得ない視線が集まった。
「やっぱり!ここいらの顔立ちじゃねぇとは思ってたんだよ」
「この人らが。陛下の招待を受けられるなんぞ羨ましいこった」
「いいなぁ。私も陛下にお会いしたい」
注目が集まると同時に、色々な声が耳にも届く。
その声のどれもが、女王アウディーレへの好意、敬愛が溢れんばかりに秘められている。
その視線には、アウディーレに間近で会って話が出来るというシエル達への、嫉妬と憤りが含まれていた。
しばらくの間、その視線と声に晒され続けると、それらにはある変化が起こった。
周囲に居て嫉妬をしたり、羨ましがったり、歓びに満ちていた各々の気配が、ある一つの思いによって纏まったのだ。
「でも、駄目ね」
「あぁ、駄目だな」
「どうしようか」
「あぁ、そうだ!」
シエル達を中心として巻き起こったその声に敵意は無い。
敵意は無いのだが、明確な意思と決意となってシエル達へと襲いかかった。




