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銀砕の迷宮 第四階層

第四階層は、地図の説明によれば森と草原が広がる空間だという。


木枠を潜ったシエル達は、森の中に出た。

四方、何処を見回しても緑豊かな森。鳥の声も聞こえ、小さな動物が動く気配があちらこちらから感じられる。空を見上げようとすれば、木々の間から青い空が見え、雲も動いている。

まるで、本当に地上に出たようにも感じられた。


「さぁ、どっちに行こうかな。」

地図を広げては見るものの、まずどちらが北で南なのか。方角が分からなければ、地図に道が示されていても、どうしようもない。

シエルは地図を引く返したり左右逆にしたりしているが、それって迷子になる人がよくやる行動だよ、とムウロが指摘すると、すぐに大人しく地図を元に戻した。

「方角はコンパスを見るか、太陽の位置、星の位置、あとは年輪で調べるといいよ。」

「迷宮の中でも?」

「迷宮の中では使える時もあれば、使えない時もあるね。」

せっかく教えてくれたのだが、今の状況で使えないなら意味ないじゃないか。

シエルはムウロを睨み上げた。

「ゴメン。ゴメン。まぁ、僕が一緒なら大丈夫だよ。もしも一人になった時は動かないで、僕か父上の名前を呼ぶように。」

下手に知識を与えてもシエルの場合は怖い事になりそうだ、とムウロはあえて教えないことにした。もしも、一人になったしまう事があった時の為には教えておいた方がいいのだろうが、シエルが一人で行動してしまうと余計な騒動の種にしかならない事だろう。

それでも、後で迷宮内で使える特別製のコンパスでもプレゼントしようとムウロは考えてはいた。


「ムウさん、ムウさん。あれって、兎、でいいの?」


ムウロの案内でシエルは森の中を歩いていた。

村はこっちにある、とあっさり指差したムウロに、シエルがどうして分かるのか聞いてみたが、匂いがするからと鼻を引く付かされては、人間のシエルには参考にもならない。

少しだけ、ふて腐れたシエルだったが、木々の間の草の中に見えた奇妙な動物を何種類か見つけてからは、それが気になって方角の事など頭の中から消し飛んでいた。

「あぁ、あれは兎でいいよ。フューサーラビット。ステーキにすると美味しいよ。」

シエルが指差していたのは、左右に6本ずつ虫のような足を持った白い兎だった。カサカサと百足のように歩く姿にウッと後ろに下がってしまったシエルだが、足を見ないようにすれば一応可愛い兎だと、気を取り直した。

「美味しいの?」

視線を兎の足に向けないようにしながら、シエルはムウロの言葉に反応した。

美味しいのなら、お父さんへの御土産にいいかも知れないと思ったのだ。

「美味しいよ。帰りに何匹か捕ってあげようか?」

「うん。お願い。」

にっこにことシエルは上機嫌に笑い顔になった。

お父さんに料理してもらって一緒に食べようね、という言葉にムウロも笑顔になった。

じゃあ、あれは?

あれは、トポモンキー。あっちは、スラグスネイク。

シエルの無邪気な質問に答えながら、シエルとムウロは森を抜けた草原にあるケンタウロスの村を目指した歩く。

  



「おい。人間だぞ。」

シエルたちが、森の中にポツンッと佇む木枠の中から出てきたのを見ていた者たちがいた。彼らは、突然変性が起こった事で何か凶事が起こるのではないかと心配を始めた村の長老たちの命令によって、木枠の傍で潜んでいた。これに乗じて勢力を増やそうとする種族や探りを入れようとする人間といった他の階層からやってくる者たちを警戒するよう命じられている。

変性直後に動く奴なんているものか、と年寄りたちの心配を鼻で笑っていたのだが、シエル達がやってきたのだ。

背中に背負っていた弓を持ち、何時でも矢を放てるように構える。

迷宮にやってくる人間にしては可笑しな格好をしている上に、人間とは違う年の取り方をする彼等からしても、どう見たって子供の女の子なのだが、この第四階層に変性後で魔物たちの活動が活性化しているこのタイミングで現れたのだ。只者の訳がないと考えるのが普通だ。

それに、その横にいる男の顔に彼等は何処かで見た記憶があるような気がした。

後ろ姿しか見えないのだが、一瞬だけ見えた顔。

思い出さなければいけないような、思い出したくないような。

男たちは緊張に汗を流しながら、音を立てないようにシエル達の後を追っている。


兄と妹のように仲睦まじい様子の青年と少女。

その足取りは、真っ直ぐと彼等の村に向かっている。


その道中、フューサーラビットやスラグスネイクなど、勇猛な戦士である彼等でも危険を伴うような魔物が目と鼻の先に現れたりしているというのに、二人は気にも留めず、ニコニコとそれを指差して笑っている。

何より恐ろしいのは、獰猛で近づくもの全てを襲って喰らうトポモンキーがビクビクと怯えて立ち尽くしていることだった。


「おい。あれはヤバイぞ。」

仲間達の中で、誰かが言った。

確かにそうだった。

あの二人が何者なのかはまだ分からないが、何か悪さをするつもりなら危険極まりない。村に居る、彼等よりも戦いの経験が豊かで歴戦を潜り抜けている者たちでも、勝てるところが想像出来ない。

「村に連絡しておこう。」

連絡用の道具を取り出し、空に解き放つ。

村にいる者たちが見れば、緊急事態だと分かってくれるだろう。


「ヒッ」


匂いで勘付かれないように風下にいた。

目晦ましの術をかけ、木々や草に身を潜め、息も殺していた。

今まで、気づかれていないと思っていた。

だが、空に道具を解き放った時、青年の目が彼等に向けられた。

その目には何の色も無かった。見張られていた怒りや殺気、そんな感情は何も無く、青年は見つかったと怯えを露にした彼等に向けて、ゆっくりと笑みを浮かべていった。


気づかれていた。

完璧に隠れ、二人の様子を見張れていたと思っていた。

しかし、あの笑いは、最初から気づいていたと言っている。


逃げよう。


言葉は無くとも、仲間達の心は揃った。

迂回して、駆け抜ければ、あの二人よりも先に村に帰ることも出来る。

村に帰れば、智にも勇にも秀でる者たちと共に戦える。

ジリジリと、足を後ろへと下がらせていく。

やはり、皆考えていることは同じだったようで、皆一斉に後退を始めていた。


「?」


十歩程、青年から目を放さないように全員が後退して時、彼らは仲間の一人ラシドが後退していないことに気がついた。

「ラシド、どうした。」

一人がラシドの元に駆け寄り、彼の肩を叩く。

だが、ラシドは一切反応を返さず、ただ真っ直ぐと青年に目を向けている。

「おい!ラシド!!」

「・・・・・・・だ。」

「えっ?」

少し乱暴に肩を叩く。

すると、ようやくラシドは何かを呟いた。

それは、後退したままの仲間たちにも聞こえていた。彼らは青年から目を放さずに、耳を澄ましてラシドの言葉を待った。


「好みだ。」


はぁ?

あまりにも場違いな言葉に、彼等は顎を外した。あまりの事に、あれ程目を放さずにいた青年のことも意識の外に放り出してしまった。

だから彼らは気づく事が出来なかったのだが、ラシドの視線の先にいる青年もまた目を見開いて、はぁ?と顔を歪めていたのだった。


「嫁、見つけた!!!」


呆気に取られている彼等を置き去りにして、ラシドは二人に向かって走り出してしまった。

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