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準備の始まり

うふっうふふふふっ


鏡よ鏡よ。


珍しい、とアウディーレ王国の中心である王城に長年仕え続けている女官長は驚いていた。

表情に出ていないように見えて、親しい者が見たのならばそうと分かる程に、彼女にしては分かりやすいと言われるであろう驚きを、女官長は全身で示していた。


女官長がまだ役付きになるよりも前、いや彼女が女官として城にあがるよりも、彼女がこのアウディーレ王国の貴族の娘として生を受けるよりも前から、この王国に絶対の存在として君臨している女王アウディーレ。

美しい微笑みを絶やす事なく、王国の全ての民に平穏と豊かな日々を与える女王アウディーレは滅多にあからさまな感情を示すことはない。

だというのに今日の女王は、特に時間にすると一刻程前から、は城に五十年程仕えている女官長も見たことが無いと驚く程の機嫌の良さを見せつけ、しまいには鼻歌まで周囲に漏らしている。


「へ、陛下?」


「いいところに来たわ、フロイライン。さぁ、準備を始めて頂戴」


何を、という問い掛けは女官長の口から出ることは無かった。

女王の淡く輝く目と女官長の目があった瞬間に、頭の中に流れ込んでくる映像の数々。

それが女王の望むもの、それを実現する準備を今すぐに女王は望んでいる、と女官長は音もなく知らされる。

そうとなれば女官長が起こす行動はただ一つ。

女官達、侍女達を率いて、女王が示した映像を完全に再現出来るように動くのみだった。


「ふふふ、鏡よ鏡。貴方もきっと、楽しみに思ってくれるでしょう?」


シエルの前から強制的に退場させられた筈のアウディーレは、シリウスに斬られ、ユーリアに燃やされた、なんていう痕は一切無く、カツカツと高いヒールの音をかき鳴らして踊るように足を運んでいる。

喜びに満ち足りた表情といい、その足取りといい、まるで社交界に初めて出た少女のようにアウディーレを見せていた。





パンパッカッパー、パッパッパッパ、パンパッカパーン!


上機嫌なアウディーレが王城で女官達に指示を出している頃、『崇敬の迷宮』の地上へと開いた入り口にはシエル達四人の姿が並んでいた。

その四人の周囲に花が舞い落ち、華やかな音楽が鳴り響く。

華やかな事には立場上慣れているのか、シリウスは顔色一つ変える様子もなく周囲に目で警戒を廻らせている。ユーリアは長い髪に張り付こうとする花を「鬱陶しい」と払いのけた。その後、彼女がふぅと息を吹きかける動作をたった一度だけ見せると周囲に舞う花は炎に包まれ燃え尽きていく。花が燃える際に一瞬だけ強まる匂いが鼻につくのかムウロは不快そうに表情を歪ませた。

そして、迷宮の出口を抜けてすぐに目の前に広がった華やかな光景と音楽に驚いていたシエルと繋ぎ合せている手に、シエルの手を傷めない程度とはいえ力を強めて、何があっても離れないようにと注意を注いだ。


「ようこそ、アウディーレ王国へ!我々は女王の御客様を心より歓迎致します!!」


それは何重にも声が合わさり、華やかに響く音楽の中でもしっかりとシエル達に届いた。

長い筒状の楽器に口を当てて大きな音楽をかき鳴らしている人々、満面の笑顔で歓迎の声を発する人々。

熱烈歓迎のその光景にただただ驚いたシエルだったが、暫くして驚きが去ると意味が悪いと思い始めた。


笑顔、笑顔、笑顔。

口々から聞こえてくるのは歓迎する好意的なものばかり。

その笑顔もまた、よく見れば仮面を貼り付けられていると言われても納得してしまうような、全員が同じに見えるもの。人はそれぞれに顔が違うというのに、その笑顔だけは全くといっていい程に同じに見えるのだ。指示をされて笑顔を作っている、と言われても可笑しくないそれなのに、全員が全員、無理をしている様子もない。心の底からの笑顔だとしか思わせない。

命令をされているようなのに、そうでもないように思える。

その違和感が、シエルに気味が悪いと思わせた。


何より、笑顔を向けて歓迎してくる人々の纏っている服が、シエルが感じる不気味さ、違和感を助長させた。全員が同じ色、同じ意匠を纏っているということは彼等の制服であり、彼等がアウディーレ王国の兵であることを示しているのだろう。

その制服をシエルは、迷宮の中でも目にしていた。


『崇敬の迷宮』の第三階層で起こった出会いと別れ。

その瞬間をシエルは目にすることは無かったものの、王国の女王であるというアウディーレが消えた後。つい先程までクーリオを始めとする迷宮の住人達と戦闘を繰り広げていた兵達が一切姿を見せなくなった。

のんびりとクーリオ、声だけのカズイを交えて話をしていたシエル達に襲い掛かってくるどころか、近づいてくるものもいなかった。

そのおかげで第二階層、第一階層と移動する際も何事もなく、これまでの戦闘によって何も無くなってしまった空間を順調に登る事が出来た。

本当ならば迷宮の主であるクーリオが居るのだから、迷宮内の道のりなど足を一歩も動かすことなく通り抜けることも出来た筈。なのだが、そのクーリオがさっさと姿を眩ませた為、シエル達は歩くことを余儀なくされてしまったのだ。カズイの願いを後回しにして、先にアウディーレ王国に出向き自分達の用事を済ませる。そうシエル達が声にして決めた直後に、それならばと彼はあっさりと姿を消した。クーリオが消えたと気づいた時に残されていたのは、カズイによる「申し訳ありません!父様!!」という謝罪とクーリオを止め様とする、段々と小さくなっていく声だけだった。

彼は何処に行ったのか、それはムウロとユーリアは考えることもなく理解していた。

友人であるバックによって最下層に留め置かれている筈の最愛の妻の下へ。

カズイの願いによって、シエルが説得するそれまで待つ。という考えはクーリオには無かったのだろう。

そのせいで、シエル達は労力はそう必要ないとはいえ、迷宮の階層をしっかりと歩かなくてはならなかった。

その中でも兵達に遭遇することは無かったが、すでに戦闘によって力尽きてしまった兵達の姿を何度か遠目にすることになった。


今、歓迎してくれている人々と同じ制服を纏って倒れた人達。


それを考えれば、この歓迎を素直に受け止めることなど、出来る訳がない。

シエル達は彼らが仲間を戦いによって失った迷宮の中からやってきたのだ。彼らの言葉から、この光景がアウディーレの指示であることが知れる。なら、シエル達が何者かも知っているのではないだろうか。

そうであるのならば、嘘偽りのない笑顔で歓迎するなどと言えるものなのか?


「歓迎、か」


「どういう歓迎なのだろうね」


シリウスにユーリアの目が鋭く光る。

シエルにはただ、手先を少し動かしたかな?という程度の変化にしか見えなかった。だが、戦いの中に身を置いたことに慣れている者が見たのならば、二人が何時でも攻撃を繰り出せるように構えたことが理解出来ただろう。

「僕の出番は無いね」

二人が対応するのならば、とムウロはしっかりとシエルと手を繋いだまま、ただ視線を周囲に送って警戒するだけに留まっている。



「あぁ!滅相も御座いません!!」


ユーリアとシリウスから僅かに放たれた気配を感じ取ったのだろう。

慌てた様子で、それでもシエルが気味が悪いと感じた笑顔だけは崩れることがないという奇妙な表情で、歓迎を全身全霊で表現していた兵士の中から一人、飛び出してきた。

纏う制服は同じ、筈。そう考えこんでしまうような、ゴテゴテと制服だけでなく頭の先から足の先まで全身を飾りつけている、シエルでもこれが戦う人でないと察してしまう程に着飾った少年だった。


腕を大きく振り回すなどの、まるで舞台の上で演じている役者のような動きで、その少年は四人の前に肩膝をついて跪いた。

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