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誤解が解けるまで、

クリーオとカズイを余所に、四人が考えに考えた結果。

「まぁいい。フレイに関わることを深く考えても理解出来る訳がないのだ。そういう生き物だからね、あれは、あれに連なる者達は」

話に終息をもたらしたのは、ユーリアだった。

この四人の中で誰よりもクーリオの父親であり、彼等という種族の始まりに位置している『死人大公』フレイをよく知っているユーリアの下した結論に、誰が文句を付けられるというのか。出来るとしたならば、父親と共に特殊な生き物扱いをされたクーリアだけだが、目を泳がせて四人に向けないようにしている姿を見る限りには、反論する様子はなかった。

「カズイも母親に似て魔狼よりかと思っていたが、半分は父親の血が入っているのだ。例え耳一つであろうと存在を保つ程度のことは可能だったということだろう」

切り捨てるようにしたユーリアの結論に、これ以上考えても結果は見えないと考えたムウロ達も、あっさりと頷きそれを受け入れた。


「ビアンカさんに伝えればいいんだよね、カズイさんが望んだことだったって」

《お願いします。さすがに、御爺様に憧れるあまりに息子の身体に手をつけた、なんて誤解で嫌われるだなんて父が可哀想過ぎますから》


「結局どういう話なんだ?」

シエルが見聞きしてきたこれまでの経緯を知るよしもないシリウスは、シエルの力の影響によって聞こえてきたカズイの言葉に、詳しい説明を求めた。

それに対して答えたのは、ムウロ。

「僕の姉が彼の妻でね。息子の亡骸から耳と尻尾を自分へと移したことに激怒されて、離婚するしないで何百年という時間、喧嘩し続けていたんだよ。で、今それは誤解だったのだと死んだ筈の甥から確認がとれたってところ」

簡単な説明だったが、おおまかな流れを何となくシリウスも理解出来た様子。


「い、いくらアルス様に憧れているとはいっても!我が子の亡骸を痛めつけてまで近づこうなどとは思わない!それをするのなら、そこらの魔狼の耳を狩って」


「言っておくけど。それを本当にやってたら、うちとそっちで戦争だからね?」


あんまりな誤解だ!と叫んで主張したクリーオの過激な物言いに、ムウロがにっこりと凄みのある笑みを浮かべて釘を差す。

アルスは『銀砕大公』という現在の魔族の頂に立つ者であると同時に、魔狼を率いる種族の長でもある。そして、クーリオは『死人大公』というアルスと同格にある者の一人息子。あまり知られている事実ではないにしても、アルスを始めとする魔界でも上位に当たる者達は知っている事だ。

子の所業の責は親にまで及ぶ。そうでない場合もあるにはあるが、『大公』の率いている種族を他の『大公』の息子が馬鹿みたいな理由で害したとあっては、二人の『大公』達の関係が険悪なものとなるのは日の目を見るよりも明らかなことだった。

「そ、そんな、戦争だなんて…。…選べない、親とアルス様、ビアンカ…どちらかを選べなんて、そんな」

ムウロが口にした『銀砕大公』と『死人大公』による戦争という、高い可能性で起こり得るかもしれない事態を想像したのだろう。クーリオが頭を抱えてぶつぶつと悩みだした。


「迷ってるね」

「まだ親と嫁で迷うのならば分かるが、そこにアルスの名が入っていることが何とも可笑しなものよ」


本当に何という体たらくか。

呆れた様子で呟いたユーリアは悩みに悩むクリーオの姿に、まだ記憶にも新しい人の身体を纏った自分の息子の、あまりにも情けない様子を重ね合わせていた。


「まぁ、いいや。義兄上と姉上のことは、暫くの間あのままだろうから放っておくとしよう。カズイの願いも後回し。此処まで来たというのに、わざわざ戻ることも無いしね」

悩み続けているクリーオを放って、先に進んでしまおう。

優しいことにクリーオを心配そうな目で見ているシエルに向かい、ムウロはそう提案した。

「放っておいていいの?」

「あぁなったあの人が正気に戻るまでには時間がかかるからね」

「あれの身体の一部は竜族のもの、そのせいか竜族の性質が強く出てしまったことが原因であろうな」

ムウロとユーリア、クーリアをよく知る二人の呆れ顔。別に声を潜めるわけでもない二人にそんな風に言われていることも確実にクーリオの耳には届いている筈だ。そうだというのに、目を向ける素振りもなく悩み続けているところを見ると、シエル達が話しかけても返答を望めそうはなかった。

「カズイもそれでいいな?」

《かまいません。けれど、まさか上に行かれるのですか?》

返ってきたカズイの声は怪訝と不安を秘めていた。

《アウディーレはきっと、何らかの手を打っていますよ?危険ではありませんか?》


実体もなく、ただ意識だけ声だけの存在として常に父親の傍に在り続けてきた、カズイ。

それ故に、クリーオが地上から送り込まれてくる敵と対峙する際は、カズイも同じように対峙していたのだ。例え、父親以外がその存在を理解していなくとも。

だからこそ、アウディーレの恐ろしさも知っている。アウディーレであってアウディーレで無い者達とは何度も対峙し、その恐ろしいまでの化物っぷりを見せ付けられてきたのだ。


「でも、あの人はお姉ちゃんの事を知っているみたいだった」


アウディーレは言った。

自分の力を使えばロゼを探す事は容易である、と。

けれどシエルはそれだけじゃないと、向かい合っていたアウディーレの表情から、そう見て取れたように思えたのだ。

シエルを揺さぶる為じゃなくて、ロゼ自身を知っている。

それはただの勘でしかない。

けれどシエルは、本当にそうなのではないかと、思っていた。


「この地から、うちの馬鹿息子の気配を感じる。それを思えば、この地に潜んでいる可能性は高いであろうな」

「クインさんが!?」

「母が我が子の気配を読み違えることは無いよ。そして竜である息子あれが自身のよめから無闇に離れるなど思えぬ」

疑うか?と意地悪く聞き返すユーリアに、シエルはぶんぶんと首を振り、僅かにだが喜びを前面に押し出して笑顔を造り出した。

「ううん。じゃあ、やっぱりアウディーレさんはお姉ちゃんやクインさんの事を知ってるのかな?」

アウディーレは『目』。見ようと思えば、国中の事など簡単に見通せる。何よりも、アウディーレ王国は他からの来訪者を厳しく取り締まっているという。ロゼや、ロゼと行動を共にしている可能性が高いクインを、どのようにしてアウディーレ王国に入ったかは分からないまでも、見逃すなんて考えられない。


「嫁の家族もまた、私の護る手の内とも言える。あの女がどんな手を差し伸べてこようと、私にムウロ、シリウスの三人がついておるのだ。安心するといい」


金色の縦長の目がキラリと輝く。


「確かに『大公』である貴女が一緒なんて、心強いことこの上ない」


ムウロは思う。

『大公』達の中で一番、心強いなんて評することの出来る人は彼女か『毒喰大公』くらいだろう、と。


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