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馬鹿息子

「あー…シエル。実は、ね。うん、クイン・ドクマは人間では無いんだよ。いや、人間ではあるんだけど…」

今まで驚くこと、驚かざるを得ないことに沢山遭遇してきたシエル。

この驚きはその中で五本の指に数えることの出来るものだったと、シエルは自信をもって言える。それをそのまま、口をパクパクと動かして表現すると共にムウロを見上げた。

どういうことなのか、と思ってのことだったのだが、ムウロが苦々しく表情を崩している姿を見てしまうと、その驚きも何もかもがすっかりと鎮まり、冷静になることが出来たのだった。


そして、冷静になることで出す事が出来るようになった声で、ムウロ、ユーリアを見回しながらシエルは尋ねた。

どういうことなの?と。


「クインさんは人じゃない?」

シエルの言葉に溜息交じりにムウロが頷いてみせた。

「竜なんだよ。僕も昔から、よく知っている奴だったから。僕も驚いたんだよ、王都で顔を合わせた時には」

「竜…?ユーリアさんも竜で、クインさんのお母さんがユーリアさん?」

シエルの言葉に、凛とした微笑みを湛えたままのユーリアが頷いてみせた。

あの子、とユーリアは口にしていた。その時のユーリアの表情は面白がるような笑い方、呆れるようなもの、そして凛々しい雰囲気を僅かに崩して柔らかく、優しげなものが混じっていた。そう、シエルは思い返してみれば思えるものだった。

「とうの昔に独り立ちし、顔を見せに帰っても来なかった親不孝者だが、確かに私の子でね。私も、あれが人になっていたと知った時は本当に驚いたものだった」

まぁ昔から抜けた子ではあったがな、とユーリアは笑う。

そんなユーリアの表情にも全体の雰囲気にも、そのクインが死んだとは絶対に信じていない、という考えが堂々と鎮座していた。


「……お兄ちゃん、知ってた?」


「いや。ユーリア殿の話を聞き、殿下の言われて知ったばかりだ」


兄に確認を取ろうと尋ねれば、渋い顔をしてシリウスは首を横に振る。


「多分、グレルも知らない。…もしかしたらロゼも知らないのではないか、と殿下は仰っていた」

「…それって、いいの?」

姉のロゼとクインは恋人同士だ。ロゼからも聞かされていたし、クインからは母と共に挨拶を受けた。

それなのに"自分が竜である"ということを教えていないかも知れないというのは、大丈夫なのかとシエルでさえも心配になることだった。

「まぁ、普通だったら殺されても仕方無い秘密だろうね」

「そうねぇ。何時だったかねぇ、ムウロ。魔狼の男が地上で人の中に紛れ人の嫁を貰い、子が生まれて後に正体が露見したという話があったろう。最後には聖騎士が出る事態になったと聞く」


人に化け、人よりも人らしく完璧に紛れ込んで暮らしていた魔狼の男。

最後は住んでいた街から追われ、神聖皇国から派遣されてきた聖騎士によって、男を信じて共に逃げた妻と、半人半魔として生まれた子と共に殺されてしまった。


そんな事が実際にあったのだと、ユーリアは語った。

同じ種族では無い為なのか、それとも彼女にとってはどうでもいい話なのか、その話を語ったユーリアはあまりにもあっさりとした顔と声音だった。勿論、人の側が語ったのならば別の視点の別の意見があるのだということは、シエルも分かってはいる。だが今のシエルには魔族の側からの視点の方が何だか身近で、そちらからすれば悲しい話になるであろう話だったそれに、シエルは悲しげに眉を顰めることになる。のだが、ユーリアはお構いなしに表情一つ変えることはなかった。しかも、それを魔狼の一族であるムウロに語りかけたのだ。

「また随分昔の話を。シエル、もう何百年も昔の話だよ。最近では上手くいっている方が多いという話だよ」

そこまでの話を最近は聞かない、とシエルにフォローを入れるムウロ。

「此処百年は例え聖騎士が出てきたとしても、問答無用で殺されるということは無かったっていう話の方が多いくらいだったし。今となっては、姉さんが手を回していたんだってことなんだろうけど」


「いいの?」


しみじみと言うムウロからユーリアへと視線を移し、シエルは首を傾げた。

吸血鬼、魔狼。

その二種族になら、ディアナが神聖皇国に居たということを聞かせてもいいのだろうが、ユーリアはそのどちらとも関係ないであろう竜族だ。


「ディアナの事は聞いている。あれが生まれた頃から知っているからね。今更、あの子が何を仕出かそうと驚きはしまいよ」

ディアナの父親も知っているのだと目を細めるユーリア。

「…あれ?」

「ん?どうした?」

シエルの小さな、短い疑問の声。ユーリアは言ってみるがいいと促した。

「ディアナちゃんのお父さんを知っているっていう事は…。でも、竜は長生きだって本にも書いてあったし…」


「あぁ、そういうことか。『桜竜大公』。私が陛下より賜った名よ。」


ディアナが生まれた頃から、ということはムウロやレイなどのシエルが出会ってきた爵位持ち達よりも年上であるということで。『大公』であるアルスと同じだけを生きているのだと言っているようなものでは、とシエルは思ったのだ。

竜は力の強いものならば何千年と生きる、とも教えられたり本に書いてあったりという事も思い出していた。そういうことなのだろうかと納得しようとしたシエルに、ユーリアは名を名乗った時にはまだ明かさなかった自身の正体をあっさりと明かした。

「『大公』、アルスおじさんと同じ」

「そう。そなたの契約主である『銀砕大公アルス』、ムウロやディアナの母である『夜麗大公ネージュ』、そして、そこな『狂情伯爵クリーオ』の父親である『死人大公フレイ』、それらと共に並んでおる」

永い付き合いよ、とユーリアは口元を引き上げて言っているのだが、シエルの視線はユーリアが長く鋭利な形に整えられている爪先を向けている先に釘付けになっていた。


「?」


「あれ、言ってなかったっけ?」

「ムウさん、クリーオさんは『死人大公』の部下だって」

親子だなんて聞いてない、と「あれ?」と自分の説明などを思い返しているムウロに、頬を膨らませてシエルは募る。

「そうだっけ?『死人大公』の子で、此処の管理を任されてるって…」

言ってないかなぁ、と思い返して自信無さげのムウロに、シエルは少し強気に言っていないと言い切った。

けれど、言い切った後に少しだけ、それっぽい事は言っていたのかな、と考える。

「クリーオさんのお父さんが始まりの種族とか、生まれる時に魔王が助けたとか…そういうこと?」

少しだけ、それが聞いていたことにあたるのかと不安になったシエルだったが、それでもはっきりとは教えてもらっていない、ともう一度考えをしっかりと持ち直した。


ユーリアに指を差され、シエルとムウロの争点の的となっているクーリオは、といえば。


呆然とした様子のまま、固まっている。

その体勢や顔など、その全てがシエルに対して「声を聞いたのか?」と驚きながら聞いてきた時から寸分違わずに同じように、シエルには思えた。

それが本当ならば、彼はずっと、あれから短くはない時間が経っているのであろうというのに、固まり続けていたということになる。


「…うちの馬鹿息子といい、ケイブにこれ、どうして我等の息子達は親に似ておらぬ間抜けばかりなのであろうな?」

「僕もその、息子の一人なんですけど?」


彫像のように凍り付いているクリーオをしみじみと鼻で笑ったユーリアに、その言葉には共感し頷けるものの、"『大公』の息子"には自分も含まれてしまうということには物申したい気分に陥った。


「クリーオさん?」


「君は…」


シエルが話しかけてみれば、固まっていたクリーオから小さな声で反応が返ってきた。


「はい?」

「あの声が聞こえたのか、本当に…」


恐る恐る。呆然とした様子はそのままに、クリーオはシエルに問い掛けた。


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