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その頃、彼は。

ふんふん、と能天気にしか聞こえない鼻歌を周囲にばら撒きながら、帝国の皇太子という高貴な身の上である筈のブライアンは友人でもあり部下でもある者達を引き連れ、ある場所へと向かい皇宮の通路を歩いていた。主要な部屋などから一番離れている、それでいて簡単には入り込めない、また簡単には抜け出させない奥まった位置に存在してる部屋へ、ブライアンは向かっていた。

本来、皇太子たるブライアンが直接足を伸ばすような場所ではない為、自分達に任されている仕事をこなしている侍従や侍女、騎士達の全員が驚きのあまりに声を失い、その作業をしている手を思わず止めてしまう事態を引き起こしている。皇太子が過ぎ去っていくまでの間、ただ無言で頭を下げ続けなければならない彼らは、どうして、なんで、という疑問を口にすることは出来ない。が、皇太子達が通り過ぎた後、目と目で驚きと疑問を共有し合い、その後の仕事にはどうしても身が入る事はなかった。


「殿下。彼との面会は禁じられている筈ですが?」


ブライアンがその足を止めたのは、ある一つの部屋の扉の前でのこと。

二人の騎士、しかも皇帝直属の近衛騎士が二人、門番の真似事のように扉の前に立ち一切の気を抜くことなく立っている姿は驚きよりも、異様だという感覚が強い。本来ならば、皇帝の傍近くに控え、何時如何なる時も有事に備えねばならない立場。特例として主である皇帝の勅命を持って派遣された際には、皇帝の傍近く以外にもその姿を拝む事も出来るが、近衛騎士以外にも帝国として正規の軍としての枠組みに属している騎士達や兵達が居る以上、そんな事態は滅多に遭遇するものではない。

ブライアンが対峙している彼ら二人は勿論、皇帝の勅命を受けて皇宮の奥端に存在しているこの部屋の前に配置されていた。

窓一つ無い部屋、唯一の出入り口である扉には実力が無ければ選ばれることのない皇帝の近衛騎士が二人。その上で、部屋の内部には魔術による介入を阻害する術が張り巡らされている。

この部屋の中に入る人物は監禁されている、といって過言ではない状況だった。


皇帝の近衛騎士にとっての主君は、皇帝ただ一人。

その為、それが例え皇太子であろうと、皇妃であろうと、一歩も引く事なく媚び諂う事もなく臆する事もなく、彼らは細めた目に強い眼光を讃え、ブライアンに問うた。

何故、どのような意味をもって此処に来たのか、と。


「しっかりと父上の許可は得て来た。暇を持て余しているであろう友人に少し、話をしにきただけだ」


ブライアンは歴戦の猛者である二人の視線を一切気に留めることもなく、あっさりと笑みを浮かべて問いに答え、そして扉を開けるようにと指示する。

「話…本当に本当ですね?嘘だったら、酷いですよ?」

皇帝の近衛騎士として、皇帝が即位する以前から仕えている壮年の騎士が冷たい眼差しをブライアンへと注ぎ、念を押す。

ブライアンがまだ頑是無い子供であった頃、休憩中や休暇の際には立場を忘れ、まるで親戚の叔父のような親しさで彼の悪戯に付き合わされていた騎士にとっては、許可を得たという言葉さえも怪しく聞こえたのかも知れない。勿論、それは不敬な事ではある。皇帝の名を使っての嘘など、許される訳ではないとも。

「いやいや、殿下はもういい大人。あの頃みたいな子供ではないのだから。信じてさしあげねば」

もう一方の近衛騎士が笑いながら、ブライアンに冷たく笑いかけたままの相棒の肩を叩き、その最中にブライアンに対して詫びの言葉を口にする。

「これの不敬、代わって御詫び致します」

ささ、どうぞ。

扉の前に立ち塞がっていた二人の騎士が脇へと避け、そして扉の鍵が開錠される。


と此処までは何時もの通り、ブライアンがこの部屋へと足を運ぶ度に行われている一連の、最早決まりのようになっている会話と動きだった。


誰一人通すことは成らない、という命令に背く事が無い。という皇帝の近衛達の確認。

許可を得ている、という皇太子の返し。

幼少の頃から今に至るまでの皇太子の悪ふざけという所業への意趣返し。

ブライアンが暇を見つけては足を運ぶ度に行われている事だった。


「やぁ、元気にしているか?」


自分の近衛達の中から二人だけを連れ、部屋に入ったブライアンは片手を挙げ、軽い声音で部屋の中で椅子に座り物音一つ立てずに居る人物へと話しかけた。


「シエル嬢に会ってきた。彼女は私の頼みを快く引き受けてくれたよ」

兄弟想いの優しい子だ。

ブライアンは彼の返事を待つことなく、自分の言いたいことをすらすらと口にしていく。

「このまま行けば、彼女がロゼを見つけてくれるのもすぐの事だろう。彼が居れば、此処に連れてきてもくれる筈。そうなれば、こんな状況からお前もすぐに解放される」

「えっ!はっ!?ちょっ」

バシンッ!

部屋に監禁されている人物がブライアンの言葉に反応し、焦りと驚きのままに何かを言おうと口を開けば、その口をブライアンは平手を勢い良く押し込むことによって中断させた。

「はい、駄目。やり直し。あいつはそんなんじゃないからな?」

にっこりと笑えば、口と鼻を覆うようにブライアンの手によって押さえ込まれている彼は、こくこくと首を縦に振って承諾の意を示す。

「というよりも、動くことも話すこともするな、と初めに言っただろ?お前は、此処に誰かが居るという事実を作っていればそれでいいんだから」

また、それはコクコクと首を大きく、そして激しく振る。

「ん?シエル嬢が危険じゃないかって?」

それは言われる通りに口を開くことなく、音を一切立てずに無言を貫き、それでも自身の考えをブライアンへと伝えた。言葉にすることなく考えを伝える、それはそれにとって息をするのと同じ程度には簡単な事ではあるのだが、自身が今置かれている状況を考えると顔は青褪め、緊張に震えが抑えきれない。

それにとってブライアンは天敵の一人。一人、ブライアンよりも先に天敵に出会っているのだが、出会っている筈なのだが、どうしてこうも与えられている感覚が違うのか。疑問に思うが、それを考え続けていることもブライアンを前にしていると長続きしない。それ程の恐怖と絶望をそれは今、じっかりと味わっていた。


「シエル嬢ならば大丈夫だ。彼女をあそこに送り込んだのは確かな確信があってのこと。あの化物が『耳』が嫌いで、不必要だと確固とした考えを持っているのを知っているからこそのことだ」


ブライアンの答えはそれには意味が分からないものだった。その上、それをしっかりと理解しようと思っても、考える時間も余裕も今のそれには存在しなかった。


自分はただ、召喚主たる女の所業を証言する為に来ただけなのに。

それは深く深く、安易にも応じてしまった召喚をただただ悔やむのだった。





早く帰ってきて!

皇宮の閉じられた部屋の中で悔やむ日々を送っている存在が、自身が一瞬でも命を狙っていた相手だということも忘れ、シエルへの届くことなどない願いを唱えている頃。

シエルはある意味で、微妙に、目的を果たす為の大きな一歩を進めていた。


『崇敬の迷宮』の主である『狂情伯爵』と共に、第三階層に存在していた一人の女性。

その女性は、ほんの少しの隙も見つけられない笑顔を絶やすこそなく、知り合いであろうムウロも、今の今まで対峙していたクリーオにも目を向けず、ただシエルだけをその目に映し、柔らかな声を口にした。


「初めまして、可愛らしいお嬢さん」


恐怖。親しみ。その胸の奥底から湧き上がってくる二つの相反している感情に、シエルはくらくらという眩暈に襲われた。

「まさか此処まで出てくるなんてね」

予想外、と口にしながらムウロが自身の背中に隠れたままのシエルをより一層背中の奥、服の一部でさえも女の目に触れないようにと庇う動きを見せた。

「まさか、本当に浮気なんてことは無いよね?」

義兄上、と疑っているのは本心ではないとは分かる声音で、ムウロは義兄に当たるクリーオに、八つ当たりの気分で声をかけた。

「冗談でも止めてくれ、こんな化物」

「まぁ、それは私も同じ思いね。このような獣、怖気が走るわ」

苦々しく表情を顰めたクリーオの言葉に、同意であると女性の声が被る。

「私の愛するのが誰なのか、坊やは知っている筈でしょう?なのに、どうして?そんな酷い想像をするのかしら」

「全くだ!俺がビアンカをどれだけ愛しているのか、よく知っている筈だろう!なのに、あぁなのに!!」

鮮やかな化粧に彩られた目元に涙を滲ませる程の嘆く姿を女性が見せ、ムウロに非難の言葉を向ける。

そこに先程とは逆に、感情を昂らせたクリーオが同意するように言葉を重ねる。


お互い嫌いあっているということは、よく分かる。

だが、何だろう。お互いにとても気が合うのではないのか。


クリーオと女性、二人の姿や物言いをムウロの背中の後ろから目撃していたシエルは、暢気にもそんな感想を抱き、少しだけ感じていた恐怖を和らげたのだった。

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