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愛の告白

「す、好きです!初めて会った時から、一目惚れしました!結婚を前提に、どうか私とお付き合いして頂けないでしょうか!?」

それは大きな話題として、この後、瞬く間に魔族の中を駆け巡った台詞だった。


まだ人と魔が、いまよりも近い位置に睨み合いながらも暮らしていた、遠い昔の頃のことだ。

魔王によって有象無象だった魔族に纏まりというものが見られるようになり、人々が勇者の下に警戒を強め、協力を強めようとしていた。

魔王の下には、魔王本人からその力を認められ、傍に存在することを許された強力な魔族達が揃い踏み、人々の恐怖が最も高まった、まさにその頃。場違いにも魔族達大衆の面前で行われた、愛の告白。それは、それを行った者、それを行われた者、その二人の背後にある大きな存在の為に、好奇と警戒をもって魔族達全員が知るものとなり果てた。


「…随分と勇気がある、肝の据わっているな」

いくら私でも真似は出来ない勇気だ、と滅多に身内以外に見せることのない笑み、苦笑、含み笑いというものではあったが、それが妹や大公達以外の目に触れることは本当に希少なことだった。

感情を目に見える形で見せる必要を感じていない、弱き魔族達もしっかりと目撃してしまう場所に居るというのに、魔王はクックッと笑っていた。

その視線の先には、今この場の注目を魔王たる御方の存在を一瞬でも忘れてしまう行為をもって集めている、一人の青年と、一人の少女。

青年は大きな、女性が受け取っても支えきれないかも知れないような、色とりどりで鮮やかな花束を差し出した状態のまま、顔を真っ赤に染め上げて、次の時間を待つ。

一方、少女は予想だにもしていなかった突然の告白に、目を大きく見開いて氷像の中に閉じ込められたのかと見紛うばかりに、かっちりと固まってしまっている。

少女が花束を受け取り、返事をするまで。

多くの魔族に円を描くようにして注目され、それだけならいざ知らず魔王にまで注目されてしまっている、この二人の周囲は緊張感を孕んでさえいる静寂が支配し続けることになる。


魔王のその笑いながらの言葉は、自分の斜め後ろに控えている存在へと向けられていた。

「愚息が御前を煩わせました。きつく、きつく、叱っておきます故どうかご容赦の程をお願い申し上げます」

魔王の言葉を受け、左右、そして上と下までもが歪で不快な気持ちさえ浮かんでくる、そんな姿形をしている壮年の男が跪き、重苦しい程に低めた声で謝意を示す。

「お前らしくもない、堅苦しい言葉だな。別に構わない。面白いじゃないか、お前の子とアルシードの子が。一般的にどういったものが理想なのか、私が知るものではないが。この後どうなるかはお前の子の努力次第だ、と言うのが普通なのかな?」


バッチーン!!!


魔王の興味を示す視線を受ける中、静寂の時間に大きな進展が生まれていた。

これには、自分の知る限りの常識らしきものに当て嵌めて言葉を選んだ魔王も、その後の言葉を紡ぐ事なく、そちらに注目を向けることにした。

少女が顔を真っ赤に染め、花束を差し出してくる青年の頬に、大きく振り被った手を叩きつけていた。


魔王の斜め後ろで跪いていた男も、その音と見ていた魔族達の囃し立てる声、魔王の言葉に、何が起こったのかを見ることなく察したようで。僅かに上げた顔には、少しだけ剣呑に細められた目が煌いた。

魔王の御前で我が子が成した行為への怒り、情けなさ。馬鹿げたものを目にさせてしまった魔王への申し訳無さ。息子への仕置きはきっと激しいものになるだろう、と他人事のように考えてはいたが。それでも、やはり父親なのだ。我が子が素気無くされる事へイラつく思いは止められない。



まさか自分がそんな思いを抱くことになるなんて。

いや、まさか子を得ることになるなんて。


男は、そんな事を感慨深く考えている自分が頭の端に存在していることさえも、可笑しなことだなと思い知る。

寄り集めの彼はその体と同じように、心も思考も自分の中に幾つも存在していた。その中に、そういった歓声をもつ一部があったのだろうと、面白く感じる。


「なかなか激しい返事じゃないか。だが、少し哀れかな?」


「普段の姉上は大人しくて、手より口がちゃんと先にくるんですよ?」


可哀想に、と笑いが少々含まれてはいるものの、呟いてみせた魔王。

その言葉は、告白を大衆の面前で受けることになった『銀砕大公』アルシードの娘ビアンカへ向けられたものなのか。それともビアンカからの激しい一撃を受けることとなった青年になのか。ビアンカによる痛恨の一撃を、魔王は断りの意味だと解釈した様子で。二人の当事者は他の有象無象の魔族達よりも、父親達を通じて見知っている者達。それだけで滅多にない程に魔王の心を僅かにでも動かすことが可能であり、その二人のどちらかといえば、多くの目の中心で玉砕するという経験を得てしまった青年に同情を少しだけ、魔王も抱いたようだった。

そんな魔王の呟きに、青年に味方してしまうののか、と大いに焦りを覚えた存在があった。この魔王と青年の父親たる魔族が存在する場にたまたま居合わせてしまった、頭に父親のものよりもくすみのある灰銀の耳を頭からひょこひょこと出した、人の形を完璧に模す事がまだまだ苦手である程の幼子である、ムウロだった。

『銀砕大公』アルシードを父とするムウロにとって、ビアンカは異母とはいえ姉。しかも、姉と呼べる存在が複数人存在しているムウロが姉と呼び慕う三人の内の一人である人。魔王が敵に回ってしまい、姉ビアンカの不利な状況になるのは避けなくてはいけない。幼心にそう考えたムウロは、口を閉ざして、ただ時間が過ぎ去り解放される時をまっていた姿勢を思わず崩し、魔王の同情による言葉に声を続けてしまっていた。

「告白をこんなおおっぴろげな所でする方が悪いんです!」

姉のフォローを、ムウロは必死に魔王へ向ける。

「そういうものなのか?人間の結婚式というものを見たことがあるが、大勢の前で誓いの言葉や口付けなどを行っていたが?」

「陛下が見たのは結婚式ですよ。告白はその前の前にしておくことで、雰囲気や場所をしっかりと吟味して行わないと、相手を怒らせて嫌われることになるんです」

魔王に対し説明してみせたムウロだったが、その後には少しだけ自信無さげに「って姫様やディアナ姉さんが言ってました」と続けたのだった。

「あの二人がそんな事を?」

「自分の時はこんな感じがいいわね~って話してました!」

自身の妹とその妹分であるムウロの姉による話、ということに魔王が興味を示すとムウロは、言葉もなく続きを促した魔王に応じ、どういった話をしていたのか、こんな事を言っていた、などと悪びれる様子もなくあっさりと口にしていく。

まだまだ子供なムウロにしてみれば、魔王の妹であるアリアと姉であるディアナが侍女達を交えながら、はしゃいだ様子で語り合っていた事が一体何を意味するのか、本当の所で理解はしていない。それ故の口の軽さではあったが、この場にアリアとディアナが同席していたのならば、顔を真っ赤に染め上げて恥ずかしさに身を縮こませていただろう。

姉妹、女友達、そうでなくとも相手が女性であったのならばこそ、自分の気持ちや考えなどを恥ずかしさに濁すことなく語ることが出来るのであって、男性、しかも近しい身内に聞かせられる話ではない。


ならば幼いとはいえ男、しかも弟であるムウロが聞こえている場所でするものではない。

と成長したムウロはふと思い出して考えることもあったのだが、彼女達には共に生活をしていたムウロの存在は当たり前過ぎた。その上、小さく丸まって寝転んでいた子狼の姿など目に端にも気に掛からない程、話に夢中になってしまっていたのだろう。


「あの子がそんなことをね。…まだまだ子供だと思っていたというのに…」


魔王がしみじみと、苦笑を浮かべ呟いた。

「ムウロ。あの子の相手というものが目の前に現れた場合、兄というものをどう行動するのが普通かな?」

「…"相手に相応しいか、試してやろう"って殴りかかる?」

魔王の疑問にムウロが頭を悩ませ、ようやっと頭に浮かび上がってきた答えを口にした。それは姉達の話に頬を染め上げながら参加していた竜人族出の侍女、最近結婚したばかりだという侍女の経験談としてムウロが耳にしたものだった。

まだ子供のムウロに、そんな質問に答えられる訳がなく。聞きかじっただけの例を思い出し、それをあたかも普通の事のように答えたとしても、誰が責められるというのか。


「では、この場合はアルシードが彼を殴るのか」


魔王の目に、好奇心が宿った。

「父上はそういうタイプじゃないと思うけど?」


「あれはそこまで、丈夫には出来ておりませんので」

止めて欲しい、と今まで口を閉ざし成行きを見守っている状態だった男が苦言を挟んだ。

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