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その名も『崇敬』

「……」

暫く続いた、無言の戸惑い。

ムウロは予想がついていた。此処にシエルを連れてくれば、そういう反応をするということを。いや、シエルだけではない。この場に訪れることとなった魔族も人間も、決まって同じ反応を示す。その光景を嫌という程、ムウロは知っている。直接見たことも何度も、噂話にも何度も、そして姉ビアンカの鬱憤晴らしの愚痴からは何十、何百回も。

だからこそ、ムウロには手に取るように、この後に続く反応というものが見えていた。


「うわぁ…」


ドン引き。

そう言い表すしか他に無い、そんな声や表情、反応を皆が皆、見せる。

ここまでの一通りが、お決まりの行動という奴なのだ。この、『崇敬の迷宮』最下層まで後一段階という、階層に降り立った際の。

許容量が人よりも大きいであろうシエルでさえも、その反応を違えずに示したのだから、誰が見てもこの光景は異様なのだとムウロに突きつける。

一応、他人ではない、一度は義兄と呼んでいた人の仕業によって引き落とされる反応に、ムウロは何だかいたたまれない思いに襲われる。


狼、狼、狼、狼…。

しかも、どこからどう見ても、その狼は『銀砕大公』アルスが魔狼の形である時の姿。

勿論、銀色に煌めいている毛並みも、魔狼という種族も珍しくはない。

これらが彼である、彼でしかありえないと思ってしまうのは確実に、四方八方に配置されている狼の置物に絵画に、誰が拵えたのかヌイグルミ、それら夥しい数の物の中心に配置されている物体のせいだろう。


巨大な、見上げると首と肩が悲鳴をあげる角度を強いられる程に高い場所ある天上に迫る高さの、見慣れた人の姿をして胸の前で腕組みをした姿。

自信に溢れた表情だということが、足下で呆けているシエルにも見てとれる。

『銀砕大公』アルス、その彫像がドドンと立っている。


「……………ここって、おじさんの迷宮じゃないよね?」


シエルがそう、尋ねてきたのも仕方ないことだ。

むしろ、それこそが此の迷宮における多大なる勘違いを生み出した、その原因と言える。

「というか、もしも本当に父上の迷宮だったなら凄く嫌だな。自己主張し過ぎじゃないかな、縁切りしたいって思うくらいに」

本人が自分から自分の姿を模したものを飾り付ける、それは度が過ぎた、狂気さえ感じる行いだと思える。

「そうだね。うん、お父さんがこんな事したら嫌かも」

シエルもこの目の前の光景を、ムウロがアルスを想像したように、父に置き換えて考えてみた。すると顔は強張り始め、ブンブンと頭を激しく降り、思い浮かべてしまった想像を打ち払おうとした。

「それでムウさん。これって」


「『崇敬』という言葉を冠することになった、原因がこれ。後から分かることだけど、各階層が程度の差や置かれている物の違いがあるだけで、ほぼこんな感じ。うんざりするくらいに父上ばっかり」


第一階層から正規の道筋を守って此処まで降りてきた人間は少しずつ、じわじわと気づいていく。

第一階層では「此処はこういう場所なのか」、第二階層では「なんか似たモチーフの置物があるなぁ」、第三階層では「あれ?…あれ?」、第四階層では「…此処の主って…」と、彼らは気づかされていくのだ。


その光景を思い出さないように、それでもシエルに説明していたムウロだったが、うっかりと思い返してしまい、うっと息が詰まり、うんざりと顔を青褪めることになってしまった。

四方八方の何処を向いても、何よりも異様な程に美化されているとしか思えない、父親の姿を見せつけられるという光景を直視させられる。

それは魔界の住人が言うのはあれなことではあるが、地獄のような光景、何それ拷問楽しいの?状態だった。

『銀砕大公』アルスの子等は口を揃えて言う。

アルスの子として愛情を向けられているムウロ、ビアンカを始めとする兄弟達だけでなく、普段は仲が悪い、もしくは年に一度も会うことのない希薄な関係の兄弟達も、これに関しては意見を違えたことは無い。


現物と懸け離れすぎた、夢を見過ぎといって過言ではない。

実際に何人か、主に空気を読まないアホと兄弟からも思われている長兄ケイブが直接、クリーオを目の前にして聞いたことがあった。「お前、目大丈夫か?」「いい医者見つけただよ。行って来い」と。流石に他の兄弟達はもう少し遠まわしな、言葉を濁したものだったが、目を逸らし顔色を悪くしながら告げた言葉の意味をケイブをそう変わらないものだった。


「クリーオさんは、それにどう返したの?」


ムウロが遠くを見ながら、しかも周囲に溢れるアルスの人型や絵画などを目に入れないように焦点を揺らしながらという器用な真似をしながらの中、説明してくれたケイブの言葉が人に向けるに適していないものということはシエルにも理解出来た。

それを目の前で告げられてという、『狂情伯爵』クリーオがどう反応したのか。

もしや大喧嘩があったのか、とシエルは恐る恐る聞く。


「"親と子であるからこそ、分からぬこともあるのではないでしょうか。義兄上、親子の繋がりから外れてみた目で今一度、あの御方を仰ぎ見てはいかがですか?そうしたのならば、きっとその素晴らしさを知ることが出来る筈です!そして、私と共に語り合おうではありませんか!!!"」


「…」


「あの兄上が顔を青褪めさせて恐ろしいモノを見た目をして、その上で慌てて逃げ出す姿を見たのは、あの時が初めてだったんじゃないかな?」

純真無垢な目を輝かせて、アルスの良さ・素晴らしさについて語りだす義弟から、「よ、用事思い出した!俺!帰る!また、今度、話は!」と意味不明にも近い言葉の羅列を残して、脱兎の如くケイブはその場を離れた。それは大戦よりも前の話だと、ムウロはこれまた遠く、焦点を合わさないようにする目で語った。

シエルは言葉も無かった。どう反応していいのか、分からないからこそ言葉は何も出てこない。

何度かケイブにも会っているシエル。そのケイブがそんな反応をする、という光景がまず頭にすっと浮かんでこなかった。


「じゃあ、それが離婚ってことになってしまった原因なの?」


クリーオはまだ認めていないようだが、少なくともビアンカはそう考えている。その理由は義父にあたるアルスへの、行き過ぎているのだとムウロの様子や話からも、周囲の光景からも分かる考えや思いが関わっているのだろうか。

シエルはそう考えたが、だが自分の口にする言葉に自分である疑問を持った。

ムウロは、クリーオに会ったら分かる、と言った。でも、この一つ階層をあがるだけで分かることなら、そうは言いはしなかったのでは、とシエルは思った。


「ん~二割ってところかな。残り八割は本人に会えば、」

「二割?」

二割。喧嘩、離婚の原因とは言い切れない数字を、ムウロは告げる。その目はシエルに向けられ、しっかりと固定され、周囲の光景を絶対に目に入れないようにとしていた。

「さぁ先を急ごう。この上のそう変わりのない光景が広がっているけど、此処よりはまだ威力は小さいから」

一番酷いのは此処で、上の階層はもう少し目を逃がす空間が確保出来るようになっているから。

「…うん」

どんな空間が広がっているんだろう。

ドキドキと、戸惑いをまだ持ちながらも、シエルは少しだけ好奇心に興味を逸らせる。

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