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化物

頭の右側には赤い髪、左側には緑の髪。

そして、くっきりと二色に分かれたその頭の上には真っ白な三角の耳。

『狂情伯爵』クリーオは真っ白な狼の耳をピクピクと落ち着きなどなく動かし、恍惚と悦びに溢れた表情を何よりも表している青の右目と黒の左目からは滝のように涙が流れ落ちる。全身を激しい感動によって打ち震わせながら、彼は襲い来る敵を一切気負う様子もなく、指揮者のような手の一降り、踊るような足の運びによって、まともな形を残させはせずに命を摘み取っていった。


「クリーオ…真面目にやれって」


油断も隙もありありなその様子は、下手をすれば怪我を、敵によって殺されても仕方ないものだ。今はまだ怪我もなく済んでいるが、いつか絶対にヘマをやらかす。バックはそれを注意するが、三角の耳に届く待ち望んだ最愛の端の声を堪能するクリーオの、その人と同じ形の耳には届かない。


「お前も嬉しいか。そうだな。久しぶりだものな」


その言葉はバックに向けてのものではない。

かといって、この場に他に居る者へと向けたものではないのは、その声に込められた温かな愛情に溢れた想いが示している。

次から次へと、湧いて出てくるように地上から降りてきている武装した人間達を凪ぎ払いながらも、その表情は優しさと愛情に柔らかく緩み、此処には姿の無い誰かに話しかける。

「そうか。そうだな。ちゃんと仕事を終わらせないと、ビアンカをもっと怒らせることになるな」

クリーオが聞いているその声はバックには聞こえない。それが誰なのか、ということは知っているのだが、その声を聞くことは出来ない。

だが、クリーオが返している言葉から、その声がクリーオを諌めてくれていることは知れた。


サンキューな。


聞こえない声に向かって、バックは心の中で感謝した。

幼い頃からの友人の声でさえ聞こえない状態に陥っても、クリーオを従えてしまえる三つの声の内の一つが、その声だった。

「バック。ビアンカが帰ってしまわないように、足止めをして引き留めておいてくれるか?」

此処はちゃんと始末するから、と。

先程までの、この場を放り出してビアンカの元に向かおうとした姿を完全に消え、バックにまず行けと笑って言う。

「やる気になってくれて、マジで良かったよ。しっっかりと、引き留めとくわ!」

バックはそれを満面の笑顔を浮かべて、了承したのだった。


この『崇敬の迷宮』の上に広がっている人の国は何時如何なる時であっても、この迷宮に住まう魔族を駆逐し、迷宮を消し去ろうと考えている。勿論、それはどの迷宮であろうと同じことではある。が、この迷宮が対峙している人の国アウディーレ王国はそれが度を越しているように、バックは思えてならない。

大戦の後、他の迷宮達が乱立した時期を大きく外れた頃に、この迷宮は造られた。

それはクリーオの意思によるものではなく、クリーオの父親の命によってのことで、場所から何からを指示されての事だった。それだけでなく、迷宮が造られた当初から何度も何度も、最下層にまで到達する程の猛攻に晒されてきたのだが、これも彼の親が嬉々として介入し、これらを退けてくれてきた。

『狂情伯爵』という爵位を持つだけあって、クリーオには確かな力がある。

そのクリーオが最下層にまで押し入られ、迷宮どころか命すら危ぶまれたこともあった。それだけの戦力をアウディーレ王国は有し、迷宮に向けて投入してくる。

今もそうだ。

クリーオが居るからこそ、第二階層で押し留めていられるのだ。これでビアンカ会いたさに前線を離れられては、バックや他の同族達だけでは持ちこたえるのは難しい。

本当にやる気になってくれて良かった。

そのやる気を削がぬよう、バックは何としてもビアンカを引き留めようと意欲を露に、第二階層、友の側を離れた。



「とっ言うわけで!せめて一目!遠くからチラッと見るくらいでいいから、それまで帰らないで貰いたいんだけど?」


「あぁ、彼みたいなのが、この話の“造られた魔”から派生した魔族なんだ」

バックが迷宮の中を駆け降り、最下層に居たビアンカに懇願の声を投げ掛ける。

最下層にどたどたの駆け込むように現れたそんな彼に対して、一番始めに返ったのはムウロの、バックに向けてではない、バックを指差しての言葉だった。


「唯一無二だった魔物が同族を欲し、造り出していった眷族。彼、バックはその中でも上位にある者だよ」

「スゴい、ね」


ムウロが指差した、突然現れたバックを見て、シエルは目を見開いてぱちぱちと瞬きし、そして驚きの声を出すしか出来なかった。





フランケンによって造られ、魔王によって命を得た、一人の魔物。

初めはただ、興味本意の眼差しを受ける程度の弱く小さな存在だった。

魔王が与えた力は本当に小さな、魔王からすると欠片とも呼べぬもの。形作っているのは人の肉体。人にしては強い存在ではあったものの、人の枠を抜けてはいなかった。

それが変化を起こしたのは、その身が損なわれた時。それは手近にあった魔物の肉体を用いて、自身の損なった部分を補ったのだ。

元から様々な部品を繋ぎ合わせての存在であるそれにとっては、そんなこと難しいことでは無かった。

魔狼の腕、吸血鬼の牙、天人族の翼…。

ただ、欲しいという思いのままに、それは姿を変化させ続けた。

そして、自身を変え続ける一方で、それは自分と同じものを造り出していった。

今では小数ながら、魔界で一勢力としてしっかりと幅を効かせている。

眷族達に共通する形、という目に見えるものは無い。

ただ、そうとはっきり分かることは出来る。

継ぎ接ぎだらけ、その姿は一目見ただけで判別することが出来た。





背中には蝙蝠のような、身長よりも大きな羽根。

両足は茶色の、鹿のような力強くしなやかなもの。

片目は瞳孔が縦長の猫のようなそれ、もう片目は真っ白な中に黒い点があるという不可思議なそれ。

片腕はゴツゴツとした筋肉が盛り上がっている逞しい男性のもの。もう片腕は真っ白でほっそりとした女性のもの。両腕で長さが揃わず、男性のものとしか思えない腕が手のひら一つ分、地面に近い。


全身をじっと見回しても、違和感しか感じることが出来ないバックの姿。

シエルは今しがた聞いたばかりの説明を、しっかりと呑み込むことが出来た。



「へっ?な、何?何?」


納得の声と頷きを見せるシエルとは違い、自分に向けられたムウロの指と見知らぬ少女の視線に、戸惑いを隠せない。

「ってか、彼女が例の?」

ビアンカに、子供達、そしてムウロ。

バックが顔を知らない少女はシエルただ一人。ムウロが嫌そうな顔もせずに相手をしている姿に、それがやはり噂の少女だとバックは考えた。

「この上に用事があってね。姉さんに頼んで連れてきて貰ったんだ」

バックを差していたムウロの指が、今度は頭上に向かう。

「あぁ~えっ?上って、何処ですか?…あれ?もしかして、もしかしなくても、あれ?地上?」

この迷宮の、何処かの階層に届け物にでも来たのか。バックは始め、そう思った。

指で123と、バックは何処の階層なのかと示していったが、そのどれにもムウロもシエルも反応を示してくれない。そして、嘘だと言って、という思いで最悪の場所を口にすれば、そうだと二人は頷く。

「ちょ、ビアンカさん!?」

「父上様の加護、ムウロの護りがあるのです。最悪なことにはならぬでしょう」


少なくとも、お前達にまかせるよりは安全でしょう?


ビアンカの冷たい眼差しが、バックに突き刺さる。

護るということに不安があるというよりは、違う意味がそこには含まれているようだった。

「うっ、そ、そんなことは…」

その含まれた意図に気づきたくもなかったが気づいてしまったバックは、しどろもどろと目をそらす。

暫くすると、はっとバックは反らしていた顔を正面に戻した。

「そういうことはまた後っていうか、旦那にどうぞ!」

そして、強張った表情でムウロを見た。

「あの化物と、やり合おうなんて…」

「そんな事は僕としても絶対に避けるよ」


「化物?」


バックの言葉に答えるムウロの表情は、うんざり、嫌悪、そんな想いがありありと含まれている。

「化物って?」

行くのは迷宮を抜けた先の、地上にある人間の国。しかも、その中心に近い場所だとシエルは聞いている。そんな場所に、魔族であるムウロに、見るからに魔族と分かるバックが、心底に嫌そうにするような化物が居るのか。

嫌そうな顔が過ぎて睨むようになっていた目でバックを見ていたムウロに、シエルはその不思議を問いかけた。




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