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考え方の違い

ひゃぅ

「いやだわ、気付かれたっ」

「えっ?」


声をあげて泣き出した子供達にしがみつかれていたビアンカが、小さな悲鳴と身震いを起こし、そして上空を見上げたと思えば重苦しい声を喉から絞り出した。


「気付かれた、って。姉さん…」


「パパは今、バック小父さんと上で人間達を叩いてる真っ最中の筈だよ?」

「やっ。父ちゃんだし…。迷宮の主なんだから、階層の中の事はすぐに気がつけると思うし」


「帰る、帰るわ!」


会ってたまるか、とビアンカは鬼気迫る表情で、子供達の手を優しく剥がし、立ち去ろうと試みる。

自分が感じたそれを間違いとは思わず、迅速に逃げようとするビアンカ。そんな母親に戸惑いながらも、その判断は可笑しなものではない、と二人の子供も認める。

だが、母親をあっさりと帰してしまう訳にはいかない。

父親のように完全に避けられている訳ではない子供達だが、その父親が目を光らせ、あわよくばなんて企んでくるせいで滅多には会うことが出来ない。

此処でビアンカを帰してしまえば、十年、百年の単位で顔を合わせることが出来なくなる可能性が高かった。

二人はまだいい。今、会えている。でも、他の兄弟達は?


クリーオとビアンカの間には八人の子がいる。

とはいっても現在、生きているのは七人だけ。すでに二人の第一子、長男は死んでいた。といっても、病気や怪我などが原因で、ということではない。その死因は老衰だった。

伯爵位を持つ父親クリーオは老いが遅い。大公の子として強い力を持ち、又、夫の深い愛と共に影響下に置かれた母親ビアンカも同種族の者達とは異なる時間に生きている。だが、それが二人の子にそのまま受け継がれるとは限らない。二人の長男は母親似で、普通の魔狼族としての寿命を全うして、三百年程前に亡くなっている。


残った七人の兄弟。

年は大きく離れているが、兄弟仲は悪くはない。

六番目である次女カランナ、七番目である五男デルタは、他の兄弟達も母親似会わせてあげたいと考えた。


「ママ!お兄ちゃん達にも会ってあげて」

「す、すぐに兄ちゃん達、呼んでくるから!」


二人の子供達の必死な願い。

それに心が動かないなんてことは、夫を嫌いはしても、子供達は例え父親似であろうと関わらず愛しているビアンカには有り得ない。

だが、今はそれ以上に、夫の顔をみたくない、という思いが勝っていた。


「あの子達に会いたいとは思うわ。でも、あれと遭遇してしまうかと思うと、絶対に無理!」


「母ちゃん、俺がんばるから。なんとかして、父ちゃんを止めるから!頼むよぉ!」

デルタが説得を試みるが、ビアンカが首を縦に動かすことはなかった。





「ねぇ、ムウさん」

親子の必死の攻防、それを静かに見守っていたシエルは分からないことがあった。

「ビアンカさんはなんで、あんなに会いたくないのかな?」

夫婦喧嘩というものに、シエルはあまり縁が無かった。

父と母は、主に父が傍目にも分かりやすい程に愛していて、喧嘩することなど滅多にない。いや、殆ど無いと言っても過言では無い。

村人達が夫婦喧嘩をしたと口にしている事はシエルも見たことはあるが、一日二日で治まる程度のもの。喧嘩中も同じ家に帰っていた。

今、目の前でビアンカが見せているような様子を見せる、そんな夫婦喧嘩などシエルは目撃したことがない。

それを気づけば、そうなってしまった原因が気になる。

「簡単に言うと、性格の不一致?」

ムウロのその言葉が、んーっと考え込んだ後のものであることを考えれば、そんな一言で済む問題では無いだろうと、シエルにもピンときた。

「?」

「いやぁだってね、なんて説明すればいいのか…」

んーっとまた、ムウロは悩む。


説明しようとすれば出来る。だが、それをそのままシエルに教えてもいいのか、と考えると言葉が出てこないのだ。

シエル以外ならば、そんな気遣いなど勿論しないのだが。


「本人達の、ある観点における考え方の違い。個人として、というか、それぞれの生まれ持った種族とかそういった性質の違い、というか。…どこまで言っていいのか…」



うんんー。


「ビアンカさんはおじさんやムウさんと同じ、魔狼。クリーオさんは?」


悩むムウロにシエルはそう尋ねた。

辺鄙な村から離れたことが無い世間知らずなのは自覚してい

るが、魔族に関する本などを読んだりと少しなら勉強している。そう思うシエルは、種族の名前を聞いたなら何か分かるかもと聞いたのだ。


「正式な種族としての名前は無いんだよ。彼の父親が始まりという、まだ本当に極僅かな数しか、それと認識される存在はいないんだ」

多分、シエルの持っている本にも載ってないんじゃないかな?


ムウロのその言葉に、シエルは籠の中に仕舞ってあった本を取り出した。

シエルが勉強に使い、色々を知る為に今も大切にしている本。

ムウロと行動を始めてからは、ムウロや出会った人々に尋ねれば答えて貰えた為、それのページを捲ることは少なくなっていたが、ムウロにそういわれてしまえば確認せずにはいられない。

ムウロも一緒になって、確認作業を手伝ってくれた。

パラパラパラと、シエルでは文字一つも読むことの出来ないスピードで本を捲る。それぞれのページの内容を速さも気にせずに確かめていくのは、ムウロの役目。魔狼として生まれついた、人とは懸け離れた目。それは特に、動くものを視認する時に力を発揮する。


「…あぁ、詳しくはないけどそれっぽい事は書いてあるね」


それはムウロには予想外だったらしい。

書いてないとそれなりの自信を持って言ったというのに、さわりだけでも書いてあった。ムウロは純粋に、シエルが所有する古びた本に感動さえ覚えていた。


「何処?」

「このページだね」

ムウロが手を伸ばして、シエルが手を止めたページから何十ページも遡ったところを開いた。


この本が誰によって記されたものなのか、それは分からない。

だが、シエルが読んでいるのを隣で見ていたアルスやムウロは、人間が書いた物ではないのでは?と思っている。それだけ、人間が知ることはないだろう、魔族でも若い者達は知らぬだろう、というようなことまで書いてあるのだ。永くを生きている魔族が書いたものでは無いか?そう考えているのだ。


その内容の多くは、その項目について絵や図を用いて、事細かに説明している。

だが、今回ムウロが見つけ出したページは他のページとは違う書かれ方が成されていた。

それはまるで、幼子にむけるような物語のように綴られていた。





大戦が起こる前の頃、フランケンという人間が居た。

フランケンは大切な人を失い孤独に狂い、大切な人を取り戻そうと試みた。死んで、甦る。失意に沈んでいた中で、そんな命を持つ魔族をその目に映してしまった事が、フランケンの心を完全に壊し、狂わせてしまった。

フランケンが完全に心を壊し、そう決意するまでには、取り戻す為に必要不可欠な大切な人の体はすでに腐り消える程の時間が経ってしまっていたがそれでも、狂ったフランケンにはもう、そんなことは何の問題にもなりはしなかった。

失ってしまった肉体はもう一度作ればいい。

幸いにも、その為の材料は惜しみなど必要無い程の大量に、フランケンの目の前を通り過ぎていく。

あぁ、あの手はあの人にそっくりだ。

あぁ、あの足の指は。あの首。あの目。あの耳。

フランケンは、大切なあの人との大切な思い出に浸りながら、あの人にそっくりで完璧な材料を手に入れていった。

それを丁寧に丁寧に、一針、一針、あの人を想いながら。

フランケンは大切な人を取り戻す肉体をまず、作り上げた。


それは孤独に狂った一人の人間の、狂った所業。


ただ、それだけで終わりを迎える筈だった。

だが、それはそれで終わりはしなかった。

フランケンのその行いに興味を持った存在があったのだ。

魔王。

まだ魔王が幼い子供であった頃だ。見た目は幼児であっても、その力も心も、すでに子供のそれとはかけ離れていた。魔王はフランケンの行動を面白がり、フランケンに力を貸し与えた。

数多の異なる命から刈り取られた欠片で組み上げられた空の人形。魔王はそれに命を入れてやろうとフランケンに囁く。

狂ったフランケンは、これで完璧にあの人が戻ってくるのだ、と喜んだ。大切な人瓜二つとなった身体に入るのは、あの人だけしかいないと、狂ったフランケンは信じたのだ。

だが、魔王がそれに吹き込んだのは全くの無関係な、そこら辺で拾った、という人の命。

フランケンの大切な人の姿をした、数多の命を消し去って繋ぎ合わされた肉体のそれは、大切な人とは似ても似つかぬ言葉で性格で、記憶で、フランケンの目の前で動き始めた。







「材料に人だけでなく、魔族のそれも幾つか使われていたんだ。その為に、この造られた存在は強い魔力などを持っていた。陛下は彼を魔族の一人として認めた」

「それで、この人がクリーオさんのお父さん?」

「うん、そうだよ」

読み終わった文と先程のムウロの言葉、二つを合わせて考えたシエルは驚きの顔でムウロを見上げた。

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