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集う

ぷよん、ぷのん、と何とも脱力を呼ぶ音を放ちながら、それは目の前に浮かべた一枚の紙を見ていた。

その紙はふよふよと、そよ風一つ吹き抜ければ飛んでいってしまいそうな、空中に何の支えもなく浮かんでいる。


「ん~あ~だりぃ」


まぁ誰か行くだろう。

ジッと紙に書かれた字を辿っていたそれは、たった一言そう言うだけであっさりと、今まで見ていた紙を伸ばした手のようなもので弾く。

すると、それまで不安定な様子ながらも動くことなく空中に留まっていた紙は、小さな風にあっさりと運ばれ目の前から消えていった。


青紫色の弾力ある巨大な物体が、草原の上で温かな日差しを浴びて気持ち良さそうに寝転ぶ。

「あぁ~いいなぁ~此処。暫く、此処で寝てるか」

自堕落極まりない言葉をそれは漏らした。

紙に書かれていたのは、それの立場を考えれば無視するには危ういものだった。

だが、それが分かっていても、どうにもやる気が出ない。

というよりも、自分の他にも五人も同じ立場の者達が居るのだ。自分一人欠けていたとしても、何の障りがあるものか。

「終わったら帰るか」

自身が居を構える領土も城もどうにでもなれ、とそれは思い、うつらうつらと閉じてしまえばいいと誘惑する瞼に従おうした。


「父さん…これはちょっと…無視するのは不味いんじゃぁ…」


ふくよかな青年が足音を立てて、瞼らしきものをゆっくりと閉ざしたそれに近づいてきた。

苦言を投げ掛けてくる青年をちらりと瞼を僅かに持ち上げてみれば、その手に先程風に流した一枚の紙を掴んでいる。

その言葉の内容から、紙に書かれていた文字を読みながら来たのだろう。

ふっくらと主張する頬を引き攣らせ、顔が青褪めて見えるのは青年の本来の姿の色を反映してか、それとも心情を的確に表情に漏らしているからなのか。


顔にそこまで心情を表すのは俺に似たんじゃないな、絶対に。


そう思ったそれはふと、懐かしき妻との思い出を脳裏に走らせた。

出会ったばかりの頃はまだ爵位も得ていない、異様な程の力を持ってはいたものの、ただのスライムでしかなかったそれにさえ、ビクビクと涙を滲ませて怯える様子を隠そうともしなかった最愛の女。

スライムなど本来ならば近づくことも出来ない、魔界でも有数の実力を秘める種であるフェニックスの女が、スライム如きに怯え、逃げようともしたのだ。

あの時の衝撃を彼は生涯忘れることはないだろう。

変わらぬ姿形に宿った今の彼女も、それはそれで愛している。

が、それでも出会ったばかりの頃の彼女を忘れることは絶対に無い。

そして、その彼女に似ている一人息子の事も彼なりに可愛がっている。


「ん~まぁそう大した問題じゃねぇよ」


それよりも、と息子ヴェルティへ笑みを向ける。

スライムの形体の際、表情などは分かり難いことこの上ない。すぐにその動きを判別して理解出来るのは、同族であるスライム達か、表面ではなく内面から心を読み取る力を持っている者達くらいだろう。

半分はフェニックスとはいえ、父に似て生まれついた息子にはその表情の動きはすぐに読み取れるものだった。


「一家団欒ってぇのも、大事な時間ってぇことでいいじゃねぇか。これであいつも一緒で、ついでに孫なんてぇのもいれば最高じゃねぇか」

まだか、と口にする。

「……母さんが一緒なんて、絶対に無いよ。それと、これは絶対に大した問題だと思うよ」

父親の言にヴェルティは寂しげに表情を曇らせるしかない。

自分がまた幼い頃に消え、そして生まれ直してきた母が、一家団欒に参加するなんてことは有り得ない。夫が居る事、子供が居る事も認めていない上に、隙あらば息子夫婦を殺そうと試みている人だ。

父の願いはヴェルティの願いでもあるのだが、それが実現することがあるなどヴェルティには信じられないものだった。

それよりも、と話題を変えてヒラヒラと見せる紙に書かれた内容の方がまだ、現実的なものだった。

「めんどくせぇ」

「父さん!」


「まったく。迎えに来て正解であったな」


無理矢理にでも移動させようにも、人型の手ではスライムの肉を掴むことも難しい。かといってスライムの姿を取ったとしてもどうしようもない。

そもそもにして、『暴護大公』という名を冠するスライム相手に、その意に反した動きを強いることは難しいことだ。

ありあらゆる攻撃を無効とし、跳ね返し、同格たる大公位にある方々とて『暴護大公』ロキの前であっては力尽くで事を成すのは困難であるといわれている。

どうしたものか、とヴェルティが眉を顰めていると背後から頼もしい声が聞こえてきた。


「ガルスト様!!」

「げっ」


「全く。あのカサンドラが皆を集めようというのだ。どう考えても一大事であろうに。ほれ、行くぞ」

それは『毒喰大公』ガルストの声だった。

手を杖に沿えて立っている姿は頼りないとも思える老人の姿ではあったが、ヴェルティはそうは思わない。姿形などが魔族に、特に大公位を始めとする高位の爵位を有する者達に適応出来るものではないと知っているからだ。何よりも、大公達の中にあって父である『暴護大公』の次に、ヴェルティは『毒喰大公』と親しく、その恐ろしさや頼もしさをよく理解している。


「何で来んだよ」

だりぃな、とロキは悪態をつく。

あまりな態度にヴェルティは父を横目で睨むが、その程度でロキが怯む訳もない。

「此処は私の迷宮だ。本来ならば、お前が居る事こそが問題なのだぞ?」

まったくと溜息を吐き出すガルストに、ヴェルティは申し訳ない気持ちで一杯だった。

「父親が息子ん所に遊びに来て何が悪いってぇんだよ」

「それならば、私が娘の所に顔を見せて、そのついでに夫婦の生活を邪魔しようという困った男を回収しようというのも、別に問題はないではないか」


「御手を煩わせてしまい、本当に申し訳御座いません、ガルスト様」

「そう堅苦しくならずとも。我が森に生まれた娘の夫ならば、私にとっても息子も同じ。もっと気楽に、の」


しゅるしゅると黒い蔓がガルストの足下から生え始める。

「そら、ロキよ。皆も集まろうとしておる。我等も向かおう」

段々と数を増やした黒い蔓が青紫色のスライムの体を、持ち上げる。

「おい、こら!離せ!ってぇか、運ぶだけでいいだろ!毒を盛んじゃねぇよ!!」

よく見れば、黒い蔓と接する青紫色に透明な部分が、じわりじわりと黒く変色を始めていた。

「お前ならば易々と毒にやられはせんだろ。何、カサンドラの下に行くまで大人しくしておってくれれば死にはせん。毒もきちんと解いてやろう」

「おい、こら!クソジジイ!!」

「爺はお前も同じだろうに」

ホッホホ、とガルストは笑って受け流す。

「それではの、こやつは預かっていくぞ、ヴェルティ」

「よろしく御願いします」

深々とヴェルティが頭を下げている内に、ガルストと黒い蔓に吊るされたロキは姿を消していた。


「あら、御義父様は行かれたの?」

「うん。ごめんね、母さんといい、父さんといい。迷惑ばっかりかけて」


家へと帰り、夕食の準備をしていた妻クロッサに思わず、ヴェルティは謝罪の言葉をかけた。

母からは命を狙われ、父は迷惑を顧みず入り浸ろうとする。

苦労ばかりかけていると、ヴェルティは申し訳なく思う。

「いやね。私は何が何でも貴方と添い遂げるって気持ちなのよ。この程度の障害、何のその、よ!」

むしろ刺激があって燃え上がるってものよ、と笑ってくれるクロッサに、ヴェルティはますます惚れ直すのだった。


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