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彼女から彼への請求

ファックラ

エーリス

トロー

ジェメッリ

クレープス

リェフ

ビルゴ

ヴェスーィ

シェイゾ

トクソティス

エゴケロス

ヴァダリェーイ

ツイブイ

えぇっと、それに…


つらつらと聞こえてくるのは弟の声。

可愛い弟の一人であるムウロの声を間違う筈はないが、だが突然魔道具から伝わってきたその声が示す単語の意味を理解するまでにはいかなかった。

それはムウロの声が伝わってくる魔道具を手にしているビアンカだけでなく、この場にたまたま集まっていた気安い弟妹達も同じようで、ビアンカが回した視線の先で首を振って、肩を竦めて見せたりしている。


『銀砕大公』アルスには数多の子供が居るのだが、その子供等きょうだいたちを取り纏める役目やその母親達を管理する役目、果てには一族の財布の管理を担っているのは第二子、長女であるビアンカだった。それは魔狼のみならず魔界全土に知れ渡っていることで、アルスやその子供、配下に対する苦情や請求は全てビアンカの下へと集まってくる。

それもこれも、役にも立ちそうにもないビアンカにとっては只一人の兄ケイブや、そもそもにして誰もそんな話を持っていこうとも思わない父アルスに次ぐ地位に生まれ着いてしまった為、ただそれだけの理由だった。


ムウロの通信は、そんなビアンカを指名してのものだった。


「ビア姉ちゃぁん。ムウロ兄ちゃんから」

図体ばかりが立派な暢気な、そんな所の愛らしいとも思えてしまう末のシュラーに通信具を手渡される時には、すでにビアンカは分かってしまった。自分を指名してくるという意味をこれまでの経験から重々承知していた、が今まで滅多にそんな事をしたことのなかったムウロからという所にビアンカは興味を引かれた。

いつもなら、無視を決め込んでいるところだ。

頼み事があるのなら、物言いたいことがあるのなら、直に対面して言えばいいではないか。

というのが、長女として一族の奥行を取り仕切っているビアンカの考えだった。それは一族全員に言い聞かせてある。それを無視するのならば、話など一切耳を傾けてやる必要は無いのだ。

だが、ビアンカ自身の興味を引いたのなら別の話。

話くらいは聞いてあげようかしら、と。ビアンカは、自身の下へと通信具を渡しにきたシュラーの頭をよしよしと撫でて褒めながら、そこから聞こえてくる声に耳を傾けた。


そして聞こえてきたのは先程の、すぐには意味を理解出来そうにない単語の羅列。

珍しく戸惑いを含ませているムウロの声にも気を引かれはしたものの、それよりもやはり気になるのはその単語。

「待ちなさい、ムウロ。それは一体な、」


「あっ、あぁぁ、うぇムウロ兄ちゃん、もしかして大変?」


ビアンカが姿を見る事の出来ない、何処か遠くに居る事だけしか分からないムウロに問い掛けようとした時、気の抜ける声を発したのは、その声に見合わぬ、この場に居る兄弟達の誰よりも年嵩の、立派な図体をしている末の弟シュラー。それまで大人しく、自分よりも幾分も背の低い姉ビアンカに頭を下げてまで撫でて貰い、緩ませていた表情をハッと瞬かせ、そしてニヤニヤと笑い出した。

「シュラー。貴方、あの言葉について何か知っているの?」

「知ってるよ~でも、いいのかなぁ言っちゃって。ねぇねぇムウロ兄ちゃん」

通信具に向かって、言っていいのか、と尋ねるシュラーは確実に面白がっていた。尻尾に火をつけられた仕返しでもしようと思っているのか、だがシュラーは一つ思い違いをしている。

知られて駄目なら、ムウロは馬鹿ではないのだ、自分から連絡してくる訳がない。

こうして連絡をいれ、それらの名前を出している時点でシュラーの面白がる言動には何の意味も無くなっているのだ。

「おい、馬鹿。馬鹿は馬鹿だってことは知っているが、それ以上馬鹿をするようならもう一度、いや数十年ずっとパスティス兄上の説教でも喰らうか?」

先程までビアンカの柔らかい手による優しい手つきで撫でられていたシュラーの頭を、兄の一人であるグルデンが鷲掴みに。その上で、ゴリゴリという不気味な音が頭の中で鳴り響くように力を込めた。

姉上を煩わすな、さっさと吐け。

グルデンのその青筋が盛り上がっている腕は無言で、そう語っていた。


「お止めなさい、グルデン。それはそれで愛らしいかも知れないけど、それ以上はシュラーの頭の形が面白いことになってしまうわ」

「イタイ!イタイタイタタタタッ」

話す!話すから離して兄ちゃん!!!

シュラーが頭の上のグルデンの手に自身の手を重ね、握り潰そうとしている手をどけようと奮闘するも、ピクリとも動きはしない。目端に涙を滲ませて痛みを訴えたシュラーは、先程の面白がっていた様子も何もなく、謝り、降伏を示した。


グルデンの手が頭から離れ、それでも小さな痛みがまだまだ頭を襲ってくる。

しくしくと涙を流しながら、痛みを訴えている場所をシュラーは擦る。涙で滲んでいる目を持ち上げたシュラーはひっと息を呑んだ。

ビアンカは優しさを滲ませた目でシュラーを見ていた。

だが、その背後では、この場に集まっていた兄弟達が全員、鋭く細められた目と口元に浮かべた笑みをシュラーへと向けていたのだ。何よりも、最も苦手としている兄パスティスのにこやかな、それでいて重苦しい圧力が放ったれている笑顔が、シュラーの尻尾をぶわっと逆立たせた。


「さけ!酒の名前だよ!!しっかも!すっごい高級品!こんなくらいで馬っ鹿みたいな値段がついてる酒の名前だよ、全部!!」


こんなくらい、とシュラーが親指と人差し指で造り出したのは、一口二口分が注げるだけのコップ。

その瞬間、ビアンカを始めとする兄弟達の脳裏に浮かんだのは、父アルスの姿だった。暢気な赤らめた顔でヒラヒラと手を振ってみせる、ここ近年頻繁に見かけるようになった威厳もひったくれもない、駄目親父と呼ぶことも吝かではない『銀砕大公』の姿。

「ヴェスーィってのが一番凄いんじゃないかな?王様でも滅多に手に入んないってやつだよ、確か」

兄ちゃん飲んだんだ…いいなぁ誘ってくれてもいいのに。

シュラーは暢気にそんな事を言うが、ピシリッというすぐ近くから聞こえた不穏な音をしっかりと耳にしてしまったグルデン達シュラーを除いた賢明な兄弟達の顔は引き攣った。


「ムウロ」


そう手の中の通信具へとビアンカは語りかけた。

丸い球体の通信具には何時の間にか、ヒビが入っていた。

「酒を嗜むなとは言わないわ。でもね、お酒とはその味、匂いなどを楽しむものよ。だというのに、そんな愚かな所を父上様に似るなんて、どういうことなのかしら。ネージュ様にどう申し開きすればいいのかしら。ムウロ、自分が楽しんだ分は自分でどうにかなさい。払えぬというのなら、誇り高く、毛皮だろうが内臓だろうが売り払ってでも、自分で用意なさいね。なんだったら、フレイ様に連絡を入れておいてあげましょうか?」


魔狼一族の財政は全て、ビアンカが取り纏めている。

そのせいか、あっちやこっちで父であり一族の長であるアルスの仕出かした全てへの対価の請求、あちらこちらで馬鹿をやらかした兄の後始末の請求など、ビアンカの下へと持ち込まれてくる。

他にも様々な事柄に関する管理なども担っているビアンカは暇ではない。

その上で、馬鹿のように値段が張るとシュラーの拙い説明でも理解出来る酒に関する、きっと代金などの請求なのだろう、そんな請求を支払うことも、話し合う余地もビアンカは持ち合わせていなかった。

まさか、一番まともだとばかり思っていたムウロから、ということに少しだけ首を捻りはするが、あの父の息子なのだ。残念な所が受け継がれてしまったのか、と残念に想いながらもビアンカは冷たく突き放し、その勢いのまま通信具を破壊しようと試みた。


まって、まって。


通信具から漏れ聞こえてくるムウロの声など、何度も無理を押し通していく兄ケイブのそれにそっくりなような気がして、聞く耳など生まれなかった。


だが、

《勘違いしないで。これらを呑んだのは僕じゃないから。父上、父上に決まってるでしょ?それに、これらのツケを全て無かったことにしてもいいって》

そんなムウロの声に、ビアンカは通信具を破壊することだけはやめた。

そして、父をどう問い詰めるかなどを考えながら、ムウロに話しかけた。

「それはどういうことなのかしら?」と。





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