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反省すれど、後悔は無し

「我々の要求はただ一つです。ロゼ・ディクスの身柄を神聖皇国へ。それ以外は何も、望んではおりません」

ですから、とアスはにこやかに笑う。


だが、その両隣、そして背後では、アスのような笑顔は一切なく、厳しく顰められて表情を隠そうともしない顔が並んでいる。

彼等はあまり、アスの提案するそれを受け入れているわけではないと、その表情から知れた。

ロゼを極力傷つけることなく、それがアスが帝国側へと示した、神聖皇国が公とした、神聖皇帝の決定。さらに言うのならば、今回殺されたという事になっている皇太后ディアナの願いであるのだ。

だが、それを簡単に彼等が受け入れることが出来るわけがない。


彼等、聖騎士にとって、ディアナは実母と同じ程に大切な、母のような存在なのだ。

幼い頃より忙しい父母に代わり、一箇所に集められた彼等を育て慈しんだのがディアナだった。


そんな彼女を害された、とあって落ち着いていられるものなど、聖騎士の地位にあるもの、それに準ずる立場にあるもので一人としていない。ディアナが皇太后として神聖皇国にあった年月を考えると、そう思う聖騎士は若い年代だけではなく、すでに現役から降りたもの達にまで及ぶ。

しかも、それが起こったのは、ディアナの立場と担っている役目を思えば当たり前のことではあるが、神聖皇国の中心でのこと。

あまりにも、あまりにも、聖騎士達を嘲笑っているかのような事態に、彼等の心が荒ぶらずにはいられない。


それが例え、思慕するディアナの願いであったとしても。敬愛し忠誠を誓うカルロの命であったとしても、彼等はきっとロゼを目の前にすれば、攻撃せずにはいられないだろう。


「ですから、きっと帝国はロゼ・ディクスの家族に何の脅威も起こらぬよう、考慮して下さると我々は思っております」


だが、そんな周囲の隠そうともしていない感情を気にも留めず、アスはさくさくと話を進める。

彼が口にしたのは、この件によってロゼ本人以外にもたらされるであろう事態から、彼等を護るように帝国へと要請するというものだった。

神と同等の信仰を集めている存在を害したモノへと向かう、正義感を被った悪意。

これまでの積み重なってきた人間という存在に関する知識、経験からいえば、その悪意がその家族、友人、果てには住んでいた場所にまで向かうことは明白なこと。

その悪意から護れ、と神聖皇国は帝国へと要請する。

ここで聖騎士が動くことも可能ではあるが、それでは余計な騒動を起こす可能性もあった。何より、聖騎士達がそれを受けることに難色を示したのだ。

ロゼ・ディクスを追う役目こそを担いたい、と。憎きロゼ・ディクスの家族に接触して、平常心であれる自信もない。

それが例え、ディアナが親友だと言うシエルであっても。


「あい分かった。確かに、ロゼが接触を図ってくることも考えれば、関わりのあった存在に見張りをつける必要もある」


ブライアン、と皇帝は息子の名を呼んだ。任せる、と言葉には出さずとも、そういう意味なのはその声の響きで皆が理解した。

「兄であるシリウスは事態が終わるまで隊舎にて、近衛達の監視の下で謹慎。グレルも呼び戻して、魔術師団にて謹慎。ディクス家にも近衛一人と兵を派遣して見張らせる。あとは、母親と妹の暮らすミール村にも誰かを派遣しましょう」

御二人の近衛も貸して下さいね、とブライアンは笑う。


事に当たるに至っては、信頼出来る、実力が確かである存在が必要だった。

そう思えば、皇帝、皇妃、皇太子が選び出した近衛騎士達を頼るのは当たり前のこと。

だが、皇太子であるブライアンの近衛騎士ばかりを割いてしまえば、本来の役目である皇太子を護ることが疎かになってします。ブライアンの言い分に、皇帝も皇妃も、異議を唱えることもなく、承諾の意を示す。


「ミール村にいらっしゃるシエル様への御説明は、ディアナ様が直々に為さいますので。もし、よろしければ、派遣される方々も送る手助けもする、との事です」


「ありがたい御言葉で」


ブライアンが、帝国側が、そういう判断をすることをすでに分かっていた。

まるでそう言っているかのように、アスがにこやかに申し出る。

だが、ブライアンはそれを口元に笑みを浮かべ、あっさりと退けた。

「でも、帝国がちゃんと動いているということを示す為にも、堂々と彼等には歩いて貰わなくては。その方が、馬鹿な真似をする人間は減るだろう」

「そうですか。では、そのようにディアナ様に伝えましょう」

「いや」

それもまた分かっていた。アスは、ディアナの申し出を退けたブライアンに憤慨するでもなく、気分を害した様子もみせずに頷き、あっさりとその意見を受け入れてみせた。そして、その申し出への断りをディアナへと伝えようと、懐から遠方との会話を行う為の魔道具をアスは取り出した。

だが、それもまた、ブライアンによって制止を受ける。

「この件に関して、シエルに頼みたい事がある。私を彼女の下へ、運んで頂きたいと御伝え頂けますか?」

「この件に関して、ですか?」

ようやくアスの、余裕に満ちた笑みが崩れた。

ブライアンの申し出は、彼をもってしても予想出来ていなかったのだ。


「そう。彼女を頼るのが、一番安全で確実な方法なんだ」


「おイタが過ぎると、またお仕置きされるわよ、ブライアン」

ニタァと悪巧みを楽しむ笑みを深めたブライアンに、セレイアが母親らしく注意を与えた。

「腕一本では、反省出来なかったの?」

「反省はしていますよ、母上。だから、今度はちゃんと保護者にお伺いを立てようと思っているんです」


「ディアナ様を悲しませるような事には、なさらないで下さいね」


シエルに何かあれば、ディアナが悲しむ。

アスはそう、ブライアンに釘を刺す。

再び笑みを深めたブライアンがその釘をちゃんと承諾したか、はっきりと見定めることは難しかった。アスは表情を渋めながら、それでも要請に答えてブライアンの言葉をディアナへと伝えた。

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