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困り果てる

「困ったことですね」

「まったくだ。神聖皇国と戦争など、なんとしても回避しなくてはならん。厄介だな」

「けれど、最悪の事態とまではいかない、という事だけは幸いとも言えましょう」


ことの渦中に置かれた帝国、その頂点に座する皇太子、皇帝、皇妃が言葉を交わす。

それぞれに、深い溜息を吐き出してはいるが、この事態において何故なのだろうか、その声と言葉に含まれる感覚は鬼気迫った様子を窺わせないものだった。

彼等の背後に立つ、宰相や帝国軍元帥、各々の近衛騎士団の団長など、帝国の行く末を司る重鎮ともいえる立場の者達が、キリキリと痛む胃を押さえたり、眼差し鋭く怒気や闘気を高めていたり、としている最中、その中心にあるとは、全くもって思わせない姿だ。


重要な会談が行われる際に使用される皇宮の一室、その中にドンと存在感を発する巨大なテーブルが設置されている。彼等三人は信頼を与え、忠誠を受け取る部下達を背後に控えさせ、その巨大なテーブルの片側に三人が横一列になって着席している。

その向かい側に座するのは、近隣一帯に強大な影響力を誇っている帝国をもってしても、疎かにする訳にもいなかい、何よりも重要とし、何よりも警戒せねばならない存在である、神聖皇国の正式なる使者だった。三人の聖騎士の制服を纏った人間が彼等に完全に対極するよう椅子に着席し、その背後には三人という数から漏れたとして聖騎士が一人立ち、その両側には部下・弟子と名乗った聖騎士の制服ではない、それでも身奇麗に揃いの服装を纏った人間が立つ。


そんな存在を前にしても、しかも事の渦中にある相手、しかも被害者という立場の側にある存在を前にしても、皇帝達は言葉を改めることもせず、配慮をいう言葉をまるで忘れてしまったかのような態度で飄々と口を滑らせる。

皇帝の右後ろで、考えを読ませないように無表情を常としている通常をすっかりと忘れ、青褪め、冷や汗をだらだらと流している宰相が、胃を纏う服に皺が寄るのも気にも留めずに押さえつけている本当の理由は、もしかしなくとも、この皇帝達夫婦・親子のせいなのかも知れない。


「幸い、本当に?」


「ロゼ・ディクスが故意に、もしくは我が帝国の命を受けて、このような大罪を犯したのではないと、神聖皇国ひがいしゃの側から提示して下さったのですもの。これを幸いと言わず、何と言うのです?」


ねぇ、と皇妃セレイアは、なんとも言えない微妙な表情のまま静かに向かいの席に着いている聖騎士達へと投げ掛ける。


「…もしも、そうでなかったのなら。我等は帝国に対し、全力を持って返礼致している所でした」

席に着いた三人の内、皇帝に向かい合う形で中心に座していた若い聖騎士が口を開いた。その言葉は帝国側からしてみれば、最悪としか言いようのない、物騒なもので。それを神聖皇国から派遣されてきた聖騎士やそれに準ずる立場にある者達が占める使者の一団を率いる立場に就く少年が、にこやなか笑顔を浮かべて、爽やかにも聞こえる声で言ってのける。その相反する表情と声が、より一層恐ろしさを増した。

この少年の容貌をした聖騎士、帝国へと到着し皇帝に対面した際には帝国側が彼の隣に立っている壮年の聖騎士こそが率いてきた者であろうと予想する中、アスという名と共に自身の立場を軽々と名乗り、帝国側を唖然とさせ、度肝を抜いた。そんな彼だからこそ、気負った様子も見せず飄々を自分達を対応してみせる三人に、まるで喜劇を見ているかのように表情を緩め、その口元に淡い笑みさえ浮かべていた。アスよりも年嵩に見える、彼以外の聖騎士達が表情をきつく引き締め、帝国側を睨みつける様子を隠そうともしていない事を考えれば、普通ならば一団を率いる基準となる年齢などを無視して、一団の年少側から数えた方が早そうなこのアスが一団の長に選ばれたのも当然のように、同じ戦う立場にある近衛騎士達や元帥は感心していた。

「私共と致しましては、神聖皇国、神聖皇帝の名の下に、可及的速やかに、ロゼ・ディクスを引き渡して頂きたいのです。彼女が置かれているであろう状況を鑑みれば、それは彼女の為でもある。私達は、いえ我等が主君、神聖皇帝閣下はロゼ・ディクスを救いたい、そう仰せられました」


そして、それが早ければ早いほど最悪の事態を回避出来る。

アスはにこやかな笑みを保ったまま、帝国側に柔らかく、けれど確かに命じた。

そう、それは命令だった。


神聖皇国は勇者をその祖とする血筋を頂きに置く、魔たる存在、魔界に相反する、地上のよすが。国という枠組みに組み込まれてはいるものの、その影響力、権限は全ての国々、全ての人々の上にある。神も無く、神の子たる勇者無き現代においては、神聖皇国、そして神聖皇帝こそを神を崇める人も多い。

その神聖皇帝の今代を産んだ母親である皇太后を殺した。

それを行ったのが、帝国に属する、しかも公的な立場を持っている存在であったとなれば、一体どうな事態になるのか。

分からない者は、少なくともこの場にはいない。

この世界ちじょうの全てを敵に回しては、いかに力を重んじる事で築き上げた勢力を誇る帝国といえど一溜りもない。


だが、帝国側はその言葉に安堵することも出来ない。


引き渡すロゼが何処に居るのか、誰も知る者がいないのだ。

「引き渡すにしても、何処に居るのやら」

「彼女が派遣された街で発見されたクイン・ドグマの遺体とその周囲に手掛かりは無し。共に発見され、辛うじて生きてはいたクーロン氏族がダイアンはまだ治療中。クーロン氏族の治癒力を持ってしても後数日は掛かってしまうとか。彼が片言でも口を開けるようになったなら、何か手掛かりをつかめるやも知れないのですがね」

「ブライアン。お前の『目』は何も映さぬのか?」

この場に居るのは、ブライアンの『目』の秘密を知る者ばかり。いや、聖騎士達は知らぬ筈ではあるが、皇帝の言葉に驚かぬところを見れば、聞かされて来たのだと思われる。

半分、とはいえ『目』の力は大きい。

その力をもってしても何も分からぬのか、と皇帝は怪訝の目を息子に向けた。

「…見えません、ね。何も」

「何も?」

ブライアンのその返答に、帝国側のみならず、聖騎士達も眉を顰めた。

『勇者の欠片』が通じない?

それが示す意味は。

「何かに妨害されている、ような?でも、そうなると『勇者の欠片』持ちが関わっていることになる。ロゼは違うからね」

さぁ誰だろうか。

「シエル様、でしょうか?」

ディアナ様の御友達であり、ロゼの妹でもある。

疑うような言葉をアスは口にするが、その声は一欠片も疑っている様子を含んでいない。

「あの子は違うよ。こういう使い方を知らないだろうからね」

「では誰でしょうね。『右目』を妨害するとなると、貴方の母君か、それとも『左目』か」

「あら、シャラは絶対に違います。彼女が我が子に仇なす訳が無いじゃありませんの」

本来の『右目』であるシャラを庇う言葉、それを口にしたのが息子でも、成せぬ仲であった皇帝でもなく、いわゆる恋敵という立場にあたるセレイアであったことが、この場に微妙な、気まずい空気を生み出した。


その空気を切り裂いたのは、聖騎士のその言葉が本当なのか、その真偽を疑い続けて居た者だった。


「ロゼが何者かに操られている、というのは本当の事なのでしょうか」

そんな事ありえぬ筈なのに、と青褪めた顔で恐る恐る口にしたのは、ロゼの上司にあたる魔術師団団長。

聖騎士によってもたらされた話の全てを聞き、しばし自身の頭の中であらゆる可能性を考えに考えていたが、どうも魔術師団長はその話の始めからして信じられない。

その想いがとうとう弾け、声となったのだ。

ロゼは人ではありえぬと言えてしまう程の強大な魔力を持っている。それこそ、魔術師団長も到底及ばないものだ。それは彼女の攻め手でもあり、また守り手でもある。強大な魔力が無意識の内に、彼女に害を成そうとする毒も魔術も、何もかもを妨げる。

もしも、聖騎士がもたらした話が本当なのだとしたら、それは彼女以上の力を持つ存在による事態でしか有り得ない。

そんな存在が本当に在るのか、と。

「閣下の言葉を、疑う気か?」

一人立ったままの聖騎士が怒気を露にして、魔術師団長に今にも飛び掛らんと、腰に下げた剣に手を添える。

「はい。なにせ、彼女に殺された本人がそう仰せですから」


殺される前に少しだけ、言葉を交わしたのだそうです。そして、殺される瞬間にも確信を持てたと。


その言葉は普通に考えれば、なんとも可笑しいものでしかない。

殺された者の証言など有り得るものではないのだから。

だが、今回においては勝手が違う。神聖皇国の皇太后という名に隠されている名は、『夜麗大公』の愛娘たるディアナ。人ならば死ぬところであっても、彼女にはいかように回避する術があった。

それを明かすことが出来ぬからこそ"殺された"という事になっているが、事実として死んではいないのだから、ディアナの証言という、何よりも確かなものが存在する。


「だけど、それは公には出来ない言葉でしかない。すでに広がり始めているものをどう止めるか」


ロゼによる皇太后殺害は人目のある場所で行われた。

大罪を目の前にした彼等の口が止まることはなく、瞬く間にその話は広がってしまっている。

帝国には今、厳しい目が向かっているのだ。しかも、それはこれから先、ますます大きく、そして多くなっていくだろう。

まさか、死者ディアナの言葉を使う訳にもいかない。

それは帝国の命令ではない。ロゼの意思ではない。色々と言い訳を用意することも出来るが、怒りと恐怖に支配された人々に、それが神聖皇帝のものであろうと制止の言葉が通じるとも思えない。


それこそ、元凶であるロゼを帝国の人間が捕らえ、神聖皇国によって断罪を、人臣が目にする形で降さない限りは、そのうねりは止まらないだろう。


だが、それは帝国側にしても、神聖皇国側からしても、望むものではないのだ。




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