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高貴なる女性の訃報

《なにを馬鹿なことを》

シエルの『遠話』による効果によって部屋の中に降り注ぐように響いたレイのその声は、その声音だけで呆れ果てている様子がはっきりと分かるものだった。

だがシエルには、その嘲け笑っているかのようにも聞こえるその声が、聞いて苛立つわけでもなく、失望されたと怯えるでもなく、ただただ安堵出来るものだった。

「そ、そうだよね」

《まぁ、レイ。シエルちゃんはただ、私のこと、そしてお姉さまの事を心配して連絡してくれたのよ。そんな風に言うなんて!》

もう聞けないかと思っていた声が部屋に響く。シエルはその声に、何時も通りに朗らかで、何の異常も感じられないその声に、顔をくしゃくしゃに歪め、ポロポロと涙を流した。

《しかし、姉上。この、私、『麗猛公爵』レイがこの世にある限り、我が最愛なる姉上がこの世から損なってしまうなど、絶対に在り得ぬということは自明の理。そう、姉上を心配するのは良き心掛けとは思いますが、その死を僅かにでも信じてしまうなど、私に対する侮辱でしかありません》


《もう、レイったら。シエルちゃん、ムウロ、驚かせてしまって、心配させてしまってごめんなさい。私は本当に大丈夫だから》


「はぁ、本当だよ。驚かさないでよね、姉さん。」


ポロポロと流れ落ちる涙に声を出すことも出来なくなっているシエルに替わり、ムウロが非難の言葉を姿の見えぬ姉に投げ掛けた。


《ごめんなさいね、本当に》


《姉上が謝る必要など、一切御座いません。姉上はただの被害者。責められるべきは姉上が傷つく隙を与えてしまったカルロであり、聖騎士共であり、間に合わず姉上のお怪我を手当てする事しか出来なかった私にあるのです。皆が不甲斐ないばかりに、御痛わしい事に》


何故だろうか。

それはムウロだけではなく、その声を耳にすることになった全員が気づいたことだと思う。

レイのその声はディアナを案じている、嘆いているように装いながらも、何処か声音の中に嬉しげなものが聞こえるのだ。うっとりと蕩けるような、悦びが見え隠れしているような。

まだ事情を把握してはいないムウロには、その兄の悦びが何処から来ているのか、図りかねなかった。





ムウロがシエルの下に駆けつけたのは、つい先程のこと。

「ムウさん!ムウさん!」

シエルの呼び声の、尋常ではない様子に顔色を変えて現れたムウロは、慌てた様子でシエルと、周囲の面々を眺め、確かに尋常ではない、鬼気迫った空気を感じ取った。

「ディ、ディアナちゃんが、ディアナちゃんが、」

「姉さん?」

皇帝の近衛騎士であると名乗ったイヴァン・オータスの言葉にシエルはただ、呆然とするしか出来なかった。頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、彼の言葉を上手く受け入れ、理解することも難しい。

シエルがその言葉の意味を困惑しながら理解しようと、端から見るのなら呆然と固まっていた間に、食堂の中にはシエル達家族と、近衛騎士二人、そして親族であるという理由でルーカス、この6人だけとなっていた。

最後まで渋っていた村人達も立ち去った後に、ようやっとシエルの意識は戻ってきた。

そして、じわりと目に涙を滲ませ、声が枯れ果てそうな程の声量で叫んだのだ。

その呼び声によって現れたムウロに、シエルは突進するように抱きつき、彼の「どうしたの」という問い掛けに混乱した頭から飛び出してくる言葉を口から吐き出した。

勿論、そんな状態での言葉など、シエルの焦りと困惑で要領を得ない話となってしまっている。そんなシエルに代わって、ジークが冷静な-といってもその表情には少しだけ影が生まれているのだから、彼もまた動揺しているのだろう-落ち着いた口調を辛うじて保っている、今耳にしたばかりの話そのままの説明に、ムウロは頭を抱えた。

有り得ない。

だが、近衛騎士という滅多やたらには主の下を離れる筈のない地位にある騎士がこうして、派遣されてきているという事実。


「…シエル。一度落ち着いて、姉さんに話し掛けてごらん」


えっ?

シエルが驚きに目を見開いて、ムウロを見上げた。

ディアナが殺された。それを聞いた瞬間は胸がドクンと大きく跳ねたムウロだったが、すぐに頭は冷静さを取り戻した。おかしい、と。

いくら魔力を人間以上、魔族であっても高位に位置付けられる程の量を保持している、ロゼ・ディクスであったとしても、あのディアナを殺すなんてことが簡単に出来るものだろうか、と。

ムウロ達が迷宮に入っている間に、地上ではそれ以上の時間は経っている。この近衛騎士達が派遣されてくる時間、そもそもに神聖皇国から帝国へと連絡が向かう時間を考えれば、確実におかしな事がある。それがムウロの頭を占めてしかたがない。


「姉さんについての事で、兄上が何も起こさないのはおかしい。」


それだけの時間があったのなら、あの兄なら神聖皇国一つ、帝国一つ、破壊の限りを尽くす程度のことはしているだろう。

弟であるムウロはそう予想する。

自分の支配下にある全てを、吸血鬼族、魅了によって支配した者達、そしてムウロ、カフカという弟達を動員して、狂おしい程の破壊をもたらすだろう。

そして、破壊を尽くした果てに、何を、どんな禁忌であろうと、どんな代償を必要とすることであっても、何が何でもディアナを甦らせようとすることだろう。

それだけの事が起こっていたのなら、まず間違いなく、何処に居ようがムウロの耳にも届く。

だから、それが行われていないのなら、ディアナに何かあったとは考えられないだろう、とムウロは考えた。


ムウロのその言葉のままに、シエルは『右耳』を。

ディアナちゃん、と強く強く呼び掛けた。


そして返ってきた言葉。

《はいは~い。どうかしたの、シエルちゃん?》

なんともお気楽な、死んでゴーストになったという可能性もなきにしもあらずではあるのだか、流石にこんな明るい死者は居て欲しくは無いと思えるディアナの明るい声が返ってきたのだ。

これにはシエルとムウロのみならず、その声を初めて、シエルの『遠話』の効果によって耳にすることになったヘクス、ジーク、ルーカス、そして二人の騎士達も呆気に取られて、目を見開いていた。


えっ、えぇ!!


安堵よりも、心配の声を上げるよりも、まず真っ先に驚きが出てきたのも、仕方無いことだと言えるその声。

そして、その声に続いて聞こえてきたレイの声、そして嘲笑を含んだ言葉、その後に続いた憤りを露にした言葉に、シエル達はただただ呆然と聞くしかなかった。






ムウロの予想通りと言ってもいいのだろうか、レイは確かに動き出していた。シエルの力はディアナへと繋げている。レイとも確かに繋げることも出来るが、今はただ、ディアナにだけ。

それだというのにレイの声が聞こえてきたということは、ディアナの傍に実際レイが居るということだ。

その素早い行動には流石としかいいようはない。

「それで、姉さん。皇太后殺害、ってどういうことな訳?」

近衛騎士がこうして、わざわざ兵を率いて、人払いをする前に声高々に口にしたのだから、神聖皇国皇太后殺害、帝都警邏隊隊長であるクインの殺害は、人の世としては公然とした事実ということになっているのだろう。

でも、その皇太后である筈のディアナはこうして生きている。

それはどういう事なのか、ムウロは尋ねる。


《…そのままの意味よ。人ではないから助かったけど、あれは普通の人間だったらまず助からない状態だったわね。だから、公としては皇太后は死んだという事になったの》


胸の真ん中を一突き。

しかも、滅多にはない皇太后の外出時を狙ってのそれは、息子だけでなく、聖騎士や神聖皇国中枢の人々だけでもなく、一般の民達による人目に晒される中、起こってしまった。

誤魔化しきれるものではなく、何とか回復する様子は隠しきったものの、人である筈の皇太后は死ぬしかなかったのだ、とディアナは説明してくれた。

「一突きって、本当に大丈夫だったの?」

「でぃ、ディアナちゃん?」

その声に異変は見受けられない。だが、その説明にあった通りに、胸を一突きとなると。魔族でも即死する可能性が高い急所だ。

決して肉体的に強いとはいえない姉が、それを受けて無事といえるのか。


《攻撃されるって分かった瞬間に回避策をとれたの。それに、カルロや皆、レイまでが血を一杯くれたから、今は傷痕も残ってはいないわ》


《姉上の御為ならば、その程度のこと。出来ることなら、他の者などには頼らず、私一人の血肉を喰らって頂きたかった》



「ディアナちゃん!あの、本当に、お姉ちゃんが…」

一番、ディアナの無事を確かめることが出来たのなら一番に、聞きたいことがシエルにはあった。

ディアナとクイン、この二人を殺したとされているのがロゼであると、イヴァン・オータスは言った。

ロゼが。シエルの姉が、シエルの友達と、姉自身の婚約者を。

それは本当なのか、とシエルは聞きたかった。


《…えぇ、そう。私の体を貫いたのは、シエルちゃんのお姉さまで間違いはないわ》


そんな。

それはシエルだけが漏らした言葉ではなかった。

ヘクスが口元を手で押さえて俯き、ジークも表情を渋めながらヘクスの肩を抱く。

ムウロとルーカスも、なんてことだ、と驚きを隠せない様子を露にした。


その情報をもたらした二人の近衛騎士達は、それを知っていたからこそ驚きもないものだと思われたが、何故か表情をより一層強張らせ、唇を噛むなどの様子を見せた。


この面々の中で一番、冷静で居られる立場にあるムウロが、その騎士達の可笑しな姿に気づき眉を顰めた。ただ、それを何故だと尋ねる前に、ディアナの次の言葉が降り注いだ。


《ただ、》


「ただ?」


ディアナのその言葉は、これまでで一番の驚きをこの場にもたらし。

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